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神様のくせに…

「あの日、水の中で俺はお前の胸元になにか青い印が光っているのを見た」



 あの日、とは、フータローに追い回された神様を救おうと誘導したアイベルが悪口を根に持った神様に道連れとばかりに水の中に落とされたあの日のことだった。神様と向かい合って話を聞いていたアイベルが自分の胸元に手を当てて「青い印」と繰り返す。



「どこかで見覚えがあるな、と思ったんだがその場はそれどころじゃなかったし、落ち着いてからもなかなか思い出せなかったから言えなかったんだがな、今呪いと聞いて完全に思い出した」

「さっさと思い出しといてくださいよ、ほんと無能な神様なんですから」

「黙っとけよ」



 神様のスルースキルは悪口に対しては発動しないようだった。話をもとに戻すために神様がごほん、とひとつ咳払いをする。



「でだ、その青い印はずばり、魔女の呪いだ」




 神様の口から出たとんでもない言葉にアイベルの口からまた渾身の「は?」が出る。魔女って。初めて神様の口から自分は神様だと聞いたときのような衝撃である。ちなみに神様のスルースキルは「は?」には発動する。「は?」を華麗に無視をした神様は言葉を続けた。



「おそらくお前の体が成長しないのは、魔女の呪いのせいだな」

「魔女の呪いって…」



 そうつぶやくアイベルの心に、神様の言葉を疑う気持ちは無かった。アイベルが思わず渾身の「は?」をくり出したのも、魔女の呪いというとんでもない言葉を繰り返したのも、それを疑ったからではなくただ衝撃を受けたからなのだ。魔女の呪いという言葉に。



「別にお前が魔女に何かしたからってわけじゃないからそのへんは安心しておけ、魔女は気まぐれに人を呪うんだ、…まあ、魔女は何百年も昔に人間から受けた仕打ちを忘れていないから誰彼かまわず呪うってところもあるが、今は置いといて」



 神様の言葉はインパクトの連続で、アイベルは口をはさむことができなかった。もはやインパクトの暴力である。



「14の時に宿屋の客かなんかで魔女がいたんだろ、その時に呪われたんだな」

「え、えっと、で、その呪い、解けるんですか?」



 神様の動きがピタリと止まる。それが神様の答えを如実に語っていた。



「とんだ無能な神様ですね」

「やめて」



 アイベルが力の限り侮蔑の感情を乗せた視線を神様に送り付ける。神様はそれから逃れるようにさっとアイベルから目をそらすのだった。

 しばらくアイベルの視線から必死に顔を背けて耐えていた神様だったが、ふと何かを思いついたように「あ」と声を出す。



「あ、って何ですか」

「え、あーいや…うん」



 アイベルが聞いても神様は言葉を濁したまま何も答えず、ただアイベルをちらりと見やるとすぐに視線をそらすという不審な行動を見せるだけだった。アイベルが再度「何ですか」と聞いても神様はああとかうんとか言いながらその不審な行動を繰り返すばかり。一向に「あ」の内容を説明する様子はない。

 しかし問い詰めるアイベルは「あ」にさほど執着心があるわけでなかった。



「まあ、別にいいですけど…」



 アイベルがそう言ったことで、神様はようやくアイベルの顔を一瞥するだけの行動はやめてアイベルと向き合うのだった。そんな神様の表情をアイベルは読み取ることができず、やはり不審そうな顔で睨み付けてしまう。なにか気まずそうな、でも何が気まずいのかまったくわからない、そんな顔。

 そんな顔で神様が、ゆっくり口を開く。



「あー…その、俺に少し時間をくれるか、何も聞かずに」



 神様の意図がはかれないそんな言葉に、アイベルはただ不審そうに眉をひそめて「はあ…」と言うことしかできなかった。









 神様が時間をくれと言って泉の中に潜ってから、数日が経った。

 神様からの知らせはまだない。



「こんにちは、アイベルちゃん」

「ああ…神父様、こんにちは」



 泉のほとりに建つ教会の扉の前で、アイベルを見かけた神父様が挨拶の言葉をかけた。応えながらアイベルがさっと背中に規格外の傷がついたカブを隠したのを神父様は気づかないふりをしてにこやかに笑いかける。



「神様に、会えないの?」

「えっ」


 その人畜無害な笑顔で、神父様は核心をつく。アイベルはわかりやすく動揺を隠せなかった。



「僕でよかったら、話を聞くよ、さ、どうぞ」



 そんなアイベルに神父様は優しく笑いかけると、そう言って教会の扉を開く。アイベルは少しの間黙っていたが、やがて小さく頷くと教会の中へと入っていくのだった。



 見目麗しい女神様の石像が見下ろす教会の中で、アイベルの懺悔が始まる。




「神様が、何も聞かずに時間をくれって言ったときはただ、変な事言い出したなあとしか思ってなかったんだけどね」

「うん」

「でも、たった数日で、自分でもよくわからないけど、なんか物足りないなって、思うようになったの」

「そっか」



 神父様はアイベルの隣に腰掛け、その懺悔を穏やかな微笑みを携えて聞いていた。その口から出る相槌は聞く人の心に温かく響くようだ。



「だからってこっちから催促するみたいに泉にカブを投げ込むとかしたらなんか負けな気がするし…」

「でも、今日みたいにカブを持って泉に来ちゃうんだね」



 神父様の言葉にアイベルはどきとした。それから、隠していたカブを膝の上に出すとそれをじっと見つめる。見つめているとカブの傷がついた白い肌に神様の顔が浮かび上がってきた。口を大きく開けて豪快に笑う顔。その笑い顔はなんとも癪に障る。

 めき、と音がした。



「あ」

「わあ、アイベルちゃんは相変わらず力が強いね」



 思わず握りしめてしまってヒビの入ったカブから視線をそらして、アイベルはため息をついた。



「…神様のくせに」



 ぽつりとつぶやくアイベルの横顔を優しいまなざしで見守りながら、神父様はやはり微笑んでいた。



「神様がいないと…つまんないんだから」



 神様からの知らせがないまま、一週間が経とうとしていた。







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