「さて、本日のご依頼は二十七歳女性」
「さて、本日のご依頼は二十七歳女性」
「はあ」
今日も今日とて神様とアイベルは泉のほとりで向き合っているのだった。
「はあ~肩が凝って困るわあ~この大きすぎる胸、どうにかならないかしら~」
「チッ!」
「舌打ち」
「気のせいです」
「いや気のせい違う」
依頼内容を話した途端、アイベルのやけに大きな舌打ちが神様の耳に飛び込んでくる。そんな大きな舌打ちをしておきながらいけしゃあしゃあと気のせいですとのたまうアイベルはなにやらいつも以上に不機嫌な様子だ。
「だいたい神様も神様でなんで二十七歳女性のマネして言うんですか気持ち悪い」
「気持悪い言うな、相変わらず仏頂面のお前に笑いを提供しようとしてやったんだろうが」
「余計なお世話ですよ笑えないですし、つーかそれ依頼じゃないですただの胸糞悪いでっかい独り言ですよ」
「えっどうしたのお前、いつも以上に機嫌悪くないか?」
「気のせいです」
いやだから気のせいじゃないだろ、という思いは神様の口から出てこなかった。気のせいです、と言うアイベルからとてつもない異様なオーラが放たれているのを感じ取ったからである。不機嫌という言葉だけでは言い表すことの出来ないそれは思わず神様の頬をひきつらせるほどの迫力だ。
「で?その胸糞悪い独り言に対して神様はどうするんです?削ぎますか?」
「猟奇的」
「そんな女ほっときゃいいんですよ、心の底では持たない者をあざ笑ってる女に慈悲なんかいりません、削ぎます?」
「削がないで」
「けっ!モトナリさんとこの出戻り女が、わたしに嫌味を言う暇があったら自分が捨てられた原因を考えろってんだ」
「あのもしかして聞こえてない?」
神様が青ざめながらも必死に打つ相槌を聞いているのかいないのか、アイベルは怒涛のごとく”モトナリさんとこの出戻り女”への文句をしゃべり続ける。おそらくそれが、二十七歳女性の正体なのだろう。
「昔っからわたしのこと下に見やがってあのクソ女、会うたび会うたび小さいだのちいちゃいだのうるせえんだよ小さいのはてめえの了見だっつーの」
「あの、もしもし…」
「わたしもれっきとしたはたちになったんだから!いつまでも舐めやがって!」
「えっはたち!?」
「ああ!?」
「ひっごめん」
思わず叫んでしまった驚きの声にアイベルがようやく神様の方へ視線を向けたが、その形相は憤怒の色すさまじく神様の声がひきつる。
しかし恐怖と同時に神様は困惑していた。今聞こえたことが、信じられないのだ。その困惑が恐怖する神様になんとか口を開く勇気を与えたのである。
「え、あの、はたち?う、うそだろ、どう見ても14,5の…」
「ああん!?」
「ひえっごめんなさい」
神様のなけなしの勇気は再びアイベルに睨み付けられたことで簡単に失われたのだった。
アイベルの顔や身体はどう見ても14,5の少女だ。―もっとも声にドスをきかせて神様を睨み付けたアイベルの形相はどう見ても14,5の少女ができるそれではないが―
神様の怯えた様子に、アイベルは少しずつ冷静さを取り戻していったのか、大きく深呼吸する音が聞こえる。
「…すみません、ちょっと、興奮しすぎましたね」
そんなことはない、という気休めの言葉は神様には言えなかった。アイベルは明らかに興奮しすぎだったし、とてつもない恐怖を与えられたからだ。どれだけの恐怖だったかというと、神様がいまだにアイベルの顔をまともに見られないほどである。
「神様が、そう言うのも無理はないんです、わたしの体は14で成長が止まってしまいましたから」
神様は心の中で「え…」とつぶやいた。
「14の時にね、なんか体に違和感を感じたんです、そしたら次の年も、その次の年も身長が伸びないんですよ、それだけじゃない、体中のどこも、かしこも、全然成長しないんです」
聞きながら神様は、まさかと思うのだがいまだに声が出ない。
「よく寝たしよく食べたしよく運動もしたんです!なんだったらバストアップ運動だって毎日欠かさずしましたよ!ていうか今でもやってます!それでもどこも成長しないんです!もう、やだあ…ほんとお…」
アイベルはついに顔を覆うとうなだれてしまった。そんなアイベルの様子に神様の恐怖も次第に薄れ、なんとか声を出せるなと思うと神様は咳払いをしてから口を開く。
「あの、もしかしてお前の願い事って」
その先を、神様は言うことができなかった。言えばおそらく傷つきまくっているアイベルを更に傷つけてしまうとわかっているからだ。
神様の肩下辺りまでしかない身長。アイベルの幼い顔を覆う子どものような小さな手。それから、今でもバストアップ運動を欠かさないのにもかかわらず、花開く前の少女のような胸元。
それらの止まってしまった体の成長が、アイベルの願い事ではないのか、と。
黙りこくってしまったアイベルが生み出す沈黙は、神様の問いに肯定を示していた。
「…だったら、何ですか」
アイベルが絞り出すような声で言ったそれは確かに神様の耳に届いた。神様が思わず「え?」と言うとアイベルがぱっと顔を上げる。その表情は神様の目に痛々しく映った。
「どうせ神様は、こんな願い事叶えられないんでしょ?言ったって意味ないんでしょ!だからもういいんですよ!どうせわたしは合法ロリとして生きていくしかないんですよお!」
「あっおい!」
ばっと背中を向けて走り出そうとしたアイベルの腕を、神様は今度こそ掴み損ねなかった。神様の大きな手がアイベルの細くて、強く握ると折れてしまいそうな腕をがっちりを掴んで引き留める。
「は、はなしてくださいよ!」
「はなさねえよ!」
神様の怒鳴り声が、泉の周りの木々に反響した。
その怒鳴り声にアイベルは肩をびくりとさせて、黙ってしまう。
「…もういいって思ってんなら、毎回カブを持ってくるわけないだろ」
規格外で傷がついたカブだけど、という神様の言葉にアイベルは何も答えなかった。答えられなかったのだ。神様の言葉があまりにも、図星だったから。
「たしかに、お前の言うとおり俺は無能な神様だ、今すぐお前の願い事を叶えることはできない」
でも、と力強い神様の声。
「俺に努力をさせてくれ、いつか、いつになるかはわからないが、お前の願い事を叶えたい、だから意味ないってことは、言わないでくれ」
神様とアイベルの間に、しんという静寂が流れた。
「…いつになるかわからないって、ほんと、とんだ無能な神様です」
「おい」
静寂の中ぽつりとつぶやかれたアイベルの言葉は、神様への罵倒から始まった。条件反射的に神様のツッコミが入るが、それに呼応したのはアイベルのふふという笑い声だった。
「でも、少しだけ楽になった気がします、こういう不満、爆発させたことなかったからですかね」
神様の目に映るアイベルの笑うその顔は、どこかすがすがしく見えて、神様はつられて自分が笑ったのがわかった。
「もういい、ってのは半分は本音なんですよ」
アイベルがそう言う言葉の調子も、どことなく悲壮感が無いような気がするなと神様は思う。
「どんなに頑張っても一ミリだって身長が伸びないなんておかしいじゃないですか、だからもう、呪われてるんだって思ったこともあります」
「呪い…?」
キレイな顔で笑ってそう言うアイベルの横で、神様がぴくりと反応を示した。アイベルがおやとそれに気が付いて神様の方へ顔を見た途端。
「それだよ!」
「どわっ!?」
がばり、と勢いよく神様がアイベルの両肩を掴むとそう叫んだ。驚きのあまりアイベルの口からも叫び声が出たが、神様がそれに怯んだ様子はない。それどころかひどく興奮している様子だ。
「そ、それってなんですか」
「だからそれだって、お前」
興奮した神様が大きく息を吸う。
「お前、呪われてんだよ!」
アイベルの口から渾身の「は?」が出た。こうかはいまひとつのようだ。