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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第一章 兄とつむろぎと将軍
8/73

1-3

 定家が帰ってきたのは告げられたとおり日が落ちて少しした頃だった。

「建暦三年であった」

 腰を降ろすなり告げた定家の声はどこか感慨深げだが、歴史に疎いこちらからしてみたら、それが西暦何年なのか、具体的にどの辺りの時代なのかさっぱりわからない。救いを求めて隣を見ると、「鎌倉時代のはじめ」と教えてくれた。

「まだ源氏が将軍だったと思うんだけど」

「実朝が将軍になって十年が経つ」

「実朝……三代目か」

 さすがにこのくらいは知っている。源実朝。初代将軍頼朝の次男坊で、鶴岡八幡宮で甥に殺されてしまった悲劇の人。確か若かった気がするが、将軍になってそんなに経っているなら印象よりもっと上なのかもしれない。

「建暦三年ってことは、定家の時代と大差ないか。誰が生きてる?」

「一年後というところだ。おそらく雅経や家隆、慈円殿、公経もご存命であろうな」

「片っ端から会おう」

「然り」

 あっという間に明日の算段がついたところで、完全に置いていかれた体になっている俺はようやく恐る恐る問いかけた。

「……あのさ、もうどこから質問していいかわからないんだけどとりあえず訊いてもいいか?」

「簡潔にどうぞ」

「無茶言うな! この仕事って、どうなったら〝終わり〟なんだ」

 できることなら手伝いたい。だが、終着点がわかっていなければ手伝えない。〝つむろぐ〟のが彼の仕事なのだが、もう少しだけ具体的に聞いておきたかった。

「この世界は言ってしまえば、〝百人一首に選ばれた歌が詠まれない世界〟なんだ。だから、歪みを正して歌を詠ませることができたら、クリア」

「その歪みっていうのは?」

「〝詠まれない世界〟にしている元凶ってところ」

「正し方は? 特別な場所とか儀式とか必要なのか?」

「基本的に本人がいれば大丈夫。だいたい本人の傍に歪みがあるから。あとは、見ればわかる」

 さらに質問を重ねようとした時、目の前にずい、と差し出されたものがあった。

「その辺りにして、今日はこれを食して寝よ。明日は日の出と共に動く」

 思わず出した手の上に干物の数々を乗せると、定家は奥からまた大量の衣を持ってきて数枚を重ねて敷き、単になってその上に寝転んだ。先ほどまで着ていた衣は掛け布団代わりだ。ほどなくして聞こえてきた寝息に思わず孝己と顔を見合わせて、それからどちらともなく干物をかじり出した。無言で固いそれを咀嚼し、定家に倣って衣を敷いて寝転がる。照明代わりのろうそくを孝己が吹き消すと、とたんに真っ暗になった。こんな暗闇は初めてで、加えてひどく静かで、何だか心許ない。寝返りさえ躊躇われてじっとしていると、不意に隣から身じろぐ音がした。

「慧一」

「何?」

 自分から呼びかけたくせに、返事をすると黙りこくる。だがそのまま放置するようなヤツではないので続きを待ってやると、やがてそれはぽつり、と零された。

「……巻き込んで、ごめん」

 あまりに弱々しくて、弱々しいことが予想外で、初めにやってきたのは驚きだった。けれど、すぐに気の緩みに変わる。……なぁんだ。

 たぶんこの辺、と推測して伸ばした手が良い具合に柔らかい髪をとらえたので、思い切りかき回してやった。抗議の声に笑い声を返す。

 弱々しいだなんて、こいつらしくない。今日はそんなことばっかりだ。でも、こっちに来てからの「らしくない」の中で、一番知っている孝己だった。……良かった。知っている孝己が、ここにちゃんと、いた。

 弟分の頭上で始まった攻防戦は、騒々しさに起きてしまった定家に一喝されるまで続いた。


 そして翌朝起きたら、誰もいなかった。


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