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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第一章 兄とつむろぎと将軍
7/73

1-2

 夕暮れに染まるやたらと広い通りを駆け抜け、板葺の家の間を縫って走る。帰る途中なのだろう、烏帽子を被った男たちがすれ違いざま怪訝な顔でこちらを振り向くのが気配でわかる。京の町並みが近づいてきた頃、急に前を行く二人が「走るぞ」の一言だけを置いて走り出した時には何事かと思ったが、一人目の怪訝な顔を見て納得した。この格好はこの時代にはあまりに奇怪だ。呼び止められて変な注目を集める前に、ということだろう。

 それにしても、と走りながら周りの建物に目をやる。平安時代の京都といえば、もっとこう、華やかできらびやかな世界が広がっている印象なのだが、実際はそんなものとはほど遠いありさまだ。一軒の敷地は確かに広いが、家はまるで柱を立てて屋根をのせただけのような簡素なものが多い。垣根もある家は整えられ、ある家は伸び放題に任せている。時折布を屋根代わりにし四隅に柱棒を立てた露店が出ているが、時間帯もあり大方店仕舞いをしていた。コンクリートで舗装されていない道は強い風が吹くと砂が舞い、都全体をぼんやりとした雰囲気にさせた。先ほど平安時代末期から鎌倉時代初期、と孝己が言っていた。とすればこの京は、源平合戦があり、源氏が鎌倉に幕府を置いた辺りの京、ということになる。絢爛な時代を終え廃れたか、それとも元より絢爛はほんの一部だったのか。

 幾つもの路地を走り抜けてそろそろ疲れが出てきた頃、ようやく定家が足を止めた。

「ここなら、一晩くらいは過ごせるであろう」

 ここ、と示された家は、確かに一晩くらいは過ごせるだろうがそれ以上はお断りしたいような、ざっくりと言ってしまえばあばら屋、だった。幸い垣根がほどよく高いおかげで中は見えなそうだが、表門は傾げ、半開きになった扉の間から勢いよく茂った雑草が覗いている。それらをまたぎ時には踏みながら、定家と孝己は平気な顔で家に上がっていく。定家はともかく、孝己はけっこうこういうの気にする性質だったと思ったが……慣れだろうか。

「早く」

 縁側から靴を脱いで上がった孝己が手招きをするので、俺は慌てて表門の敷居を跨いだ。

 板張りの床に腰を下ろそうとすると、奥から定家が何かを両手に抱えてやってきた。前触れもなく投げ渡されたそれは広がってまとわりつき、もがいている俺を見かねた孝己がはぎ取ってくれる。

「さんきゅ……何だ、これ」

「この時代の服。これ着ないと俺たち、どこにも行けないから」

 そう言うなり彼は衝立のようなものの裏側へと回り、数分もしないうちに着物姿で出てきた。白い小袖の上に紺を重ね、同色の袴をはいている。決して似合わないわけではないのだが、和装といえば七五三か夏祭でしか見たことがなかったため、やはり違和感は残る。そして違和感といえば、もう一つ。

「……着替えるの早くないか? それも〟つむろぎ〝の力のうちか」

「そんなわけないだろ。慣れただけ。ほら、慧一も着替えるよ」

 心底呆れたような目をした孝己に衝立の向こうに連れて行かれ、脱いだ傍から手際よく小袖と深緑を重ねられる。……本当に、慣れた手つきだ。こういうの面倒がりそうなのにいつの間に、と思いかけたところで、孝己がこの世界に何度も来ていることを思い出す。

「できた。着心地悪いかもしれないけどがまんして。……何?」

 気づかないうちにまじまじとその顔を見ていたらしい。片眉を上げた彼になんでもない、と誤魔化し笑いを返すと、ならいい、とさっさと踵を返して戻っていってしまった。やれやれ、と腰をかがめ、これまで着ていた服を孝己のそれの隣に畳んで並べると、知らずため息がこぼれた。……本当に、ここは全く違う世界だ。衝立の向こうに半分見える紺色の背中が、なんだか知らないものに思えた。

 衝立の向こうに戻ると、西日の差す部屋の中で何やら二人が言い合っていた。

「俺が行くって言ってるじゃん」

「馬鹿者、今回に関しては我の方が適任であろう」

「あんたに何かあったら困るのこっちなんだけど」

「ならば」

 唐突に定家がこちらを向いた。

「いつものように二人で行くか? 慧一を置いて?」

「それは駄目だ!」

 遊ぶような声音に孝己が食いつく。その目がやはりちらりとこちらを向いたので、どうやら自分は無関係ではないらしい。

「何の話だ?」

 割って入ると、渋面で口を閉ざした孝己に対し、定家が軽く肩を竦めた。

「都内の様子を探る算段をしておった。今の暦が全くわからぬのでは動こうにも動けぬゆえな。そこで、こやつか我か、どちらが行くべきかを論じておった」

「探るって、それ、いつ行くんだ」

「これから」

 夕方の時間帯。現代であればまだまだ活動時間内だ。

「別に問題ないだろう、三人で行けば良いじゃないか。人手は多い方が良いだろうし」

 何の気なしに言った台詞だが、返ってきたのは盛大なため息二つ分だった。

「慧一、この時代、夕方過ぎたらわりと物騒になる。丸腰でうろうろしていたらそれこそ攫って下さい襲って下さいって言っているようなもんなんだよ」

「加えて言うならば、夕暮れ― 逢魔ヶ時を過ぎれば妖がはびこる時間でもある。信じる信じないはともかくとしても、我も賛成はせぬな」

 へぇそうか随分と物騒な時代だなぁじゃぁ大人しくしておくのが一番かぁ……と納得しかけて、目を剥いた。つまり。

「孝己! お前まさかそんな危ないところに一人で行こうとしていたのか!?」

「……大丈夫だって、〝護り葉〟があるし」

「あっても駄目だ! だいたい、探るったってこの時代の人間じゃない孝己がどうやって探るつもりだよ。お前こっちの暦とかちゃんとわかっているのか? 万が一変な疑いかけられて捕まったらどうするんだよ」

「……捕まる前に逃げてくれば良いだろ」

「それで下手打って明日以降の動きに支障をきたしたらどうすんだ!」

 さらに畳むと見る間に膨れ面になった。そのままぷい、と横を向いてしまった孝己を見て、定家が吹き出す。そして肩を震わせながらとどめをさした。

「だから言ったであろう、今回は地理にも暦にも精通している我の方が適任である、と。兄弟揃ってここで大人しく待っておれ」

「ほら、定家の言い分のがまっとうだよ。待っていよう」

「……わかった」

 不本意、と顔に書き付けたまま唸るように返事をした彼は、その代わり、と呟くなり止める間もなく定家ににじりよって胸倉を掴んだ。

「……あんたに何かあったら全部おしまいなんだ。それだけは、肝に銘じておいて」

 低く告げられたそれに、定家が返したのは余裕のある笑み。

「無論」

 そうして彼は身を翻し、夜には戻ると言い置いて、この家から出て行った。

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