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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第六章 兄と家族と院と歌人、その再会
62/73

6-7

 院にはたくさんの妃がいる。当然たくさんの皇子・皇女がいて、その一人がのちの順徳院だ。そのたくさんの妃の中で、特に愛した女性を、尾張局という。更衣という、決して高くない地位にいながら院に愛され、しかし息子の命と引き換えにするように三ヶ月後に亡くなってしまったという。まるで『源氏物語』の桐壷のようだったらしい、とは、佳乃が瞳を潤ませてまで語ったことだ。当時の院の悲しみ方は尋常ではなく、それから七年ほど経ってもまだ、政務の傍らで折に触れ思い出すらしい。

「尾張様のお書きになった文を見せていただいたの。少し褪せてしまっていたからつむろいで元通りにしたら、すごく喜んで下さって。仕組みを話したら、『その力で、尾張を生き返らせることはできるのか』って。約束したの。私をここに置いてくれる代わりに、尾張様を死なせてしまった歪みを必ず探し出して、必ず生き返らせるって」

 そんなことできるわけがない。そう、否定はできなかった。だって、実際に孝己がやってのけたのだ。

それが歪みによるものである以上、死んでしまった人間も生き返らせることができる。そう、歪みのせいならば、だ。

「本当に、歪みなのか、それ」

「うーん、今の私にはわからない。でも、歪みは歪みを呼ぶっていうから。これだけ大きな歪みが生まれているんだもん、それがもっともっと大きくなったら、引き寄せられて出てこないかなーって」

 さらっと言い放ったけれど、こちらはギョッとするしかない。

「お前、歪みを、わざと放置してんのか」

「うん」

 おかしい。そう思うのは、孝己が歪みを正そうと必死になる姿を見ているからだ。他ならぬ佳乃のために。佳乃を助けるために。時に、非情だと非難さえされるほど冷徹に、彼らの甘く優しい夢を切り刻んできたのに。

 助けたい佳乃が、甘く優しい夢を叶えるために歪みを育てている。後鳥羽院の歪みが大きかったから出てこられなかったのではなく、自分の意志で、この世界に留まり続けている。

 あんまりに衝撃的で、言葉も出ない。そんな様子を知ってか知らずか、針を進める佳乃の手は止まらない。そのまま、さも楽しそうな顔をこちらに向けた。

「それだけじゃないんだ。小父様の頼み事」

「……何だよ」

「テーカがね、最近ちょっとずつ、院のそばから離れ始めているんだって。でも、突然過ぎて、絶対おかしいって。院にとってテーカは大事な従者でいつまでもそばにいてほしいから、おかしくなった原因を探してもとに戻してくれって」

 息をのんだ。予想が確信に変わる。やっぱり、佳乃の言うところの定家は佳乃の父親だ。歪みをこれ以上広げないように、と孝己が言っていた。佳乃はその思惑に、気づいていない。

「確かに最近になって、歪みの大きさがあんまり変わらなくなってきたんだよね。テーカが関わっているんなら原因を突きとめなくちゃ……慧一?」

 軽く顔を覗きこまれて、は、と我に返る。駄目だ、ここで佳乃に気づかれちゃいけない。ゆるく首を振って「何でもない」と返す。

「ちょっと、安心していた。俺は佳乃がこっちで辛い目にあっていないか心配だったからさ。あんまりにも元気だから、拍子抜けしたっていうか」

「そりゃそうだよぉ」

 コロコロと笑いながら、針の手を止めた佳乃が片手をおばさんよろしく上下に振る。

「だって、あっちの世界と違ってこっちには私が必要だって言ってくれる人がいるんだもん。私のしたことに喜んでくれて、私を頼りにしてくれる人がいるんだもん」

 嬉しそうな、本当に嬉しそうなその表情に、どうしようもなくやりきれなくなって。

「俺は?」

 ふ、と口を突いて出た。虚しく転がって、佳乃の前で止まるその言葉を追いかけるように、もう一度。

「俺や、孝己は? その、『あっちの世界』に含まれるのか」

 佳乃が黙り込む。手だけがさくさくと進んで最後の玉留まで終わり、見事に元通りの服が出来上がる。

「はい、できた」

「佳乃」

 差し出された着物ごと手を掴むと、びくりと震えた。

「帰るぞ」


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