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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第一章 兄とつむろぎと将軍
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一章 兄とつむろぎと将軍

 状況を、整理しよう。

 放課後の校舎の二階にある教室で、俺と弟分の孝己は「中が真っ白な百人一首の本」を取り合い、窓から落としてしまった。そしてそれを取ろうと孝己が窓から身を投げ、その手首を俺が掴み、何故か現れた孝己のおじさんが孝己がかろうじて捕まえた本に触れた。そこまでは、理解している。問題は、そのあとだ。

 今いるこの場所はどう見方を変えても学校には見えず、しかも夢でもないらしい。そして目の前に立つ見知らぬ男はその光景をこう説明した。

『ようこそ、古の京の都へ』

「京の都……京都、なのか?」

「さよう」

「いやまて、京都ってこんな……いや、そもそも京都ってなんで」

 京都には修学旅行で行ったくらいだが、それでもわかる。もっとビルがたくさんあって、建物だってこんな古く……あぁそうか、そういえば古のって言っていたか。じゃなくてなんで昔の京都って話だ。いや違う、この男誰だ。

「慧一、気持ちはわかるけれどちょっと落ち着いて。一から説明するから」

 肩を揺すられてようやく、思考が支離滅裂になりかけていたことに気づいた。そのまま抑えられるようにして腰を下ろすと、隣に孝己が並んで胡坐をかいた。謎の男は立ったまま、近くの木にもたれる。

「まず、慧一が今いる場所についてだけど」

 一度瞑目して深呼吸する。そして、孝己は今までに見たこともない真剣な顔でこちらを見た。

「今俺たちがいるのは推定平安時代末期から鎌倉時代初期の京都。でもタイムスリップとかじゃない。ここは― 本の、中だ」

 あぁそうかここは本の中かそれなら昔の京都とか平安時代末期とか言われても納得……

「いやいやいやいやできるかぁ! なんだそれ、本の中って、中って、もう、それ、何!?」

 何、としか聞きようのない。もっとも対する孝己はこのすさまじい混乱っぷりを想定していたらしい。不意に目の前に垂れ下がったものがあった。

「……何だ、これ」

 彼の手から下がって揺れているのは、紐を通された百円玉くらいの大きさのガラスの葉だった。中で小さな光が幾つも揺れている。……その光の色には、見覚えがあった。

「これは〟護り葉〝っていう、まぁ、安全に本の中に入る通行手形みたいなもん。で、何で俺がこれを持っているかっていうと」

 声が固い。顔が強張っている。らしくもなく緊張しているな、と思った。いや、緊張というよりこれは……恐れ、か?

先ほどよりも深呼吸を多めにして、その言葉は彼の口から勢いよく飛び出した。

「俺が本の中に入ることができる力を持っているから。母さんの家系によく出るらしいんだ。本の中に入って、その世界を体感したり、修復したりする力。〟つむろぎ〝って呼ばれている」

「……つむ、ろぎ……?」

「そう。繕って紡ぐから、合わせて〟つむろぎ〝」

 そこで、沈黙が落ちた。風が吹いて木々を揺らし、ついでにこちらの髪も煽っていく。

 頭の中で孝己の告白を十回くらい繰り返した。〟つむろぎ〝という力を持つ、幼馴染。漫画でありがちな展開だ。実は幼馴染は超能力者でした。……残念ながら、漫画の設定は全てがフィクションではないらしい。でも笑えない。笑い飛ばせない。なぜなら、俺自身がその力に巻き込まれて、こうして信じざるを得ない状況に陥っているわけだから。

 それに、いつもマイペースで頑固でひょうひょうとしているこの弟がこんなに怯えたような雰囲気を醸しているのだ。本人上っ面は平然としているが、手が白くなるくらい握りこまれているのがばればれだ。……こんな孝己相手に、信じられないと突っぱねられるわけがない。

「……佳乃も」

 彼の双子の姉の名を出すと、ひくり、と肩が震えた。

「佳乃も、その〟つむろぎ〝って力を持っているのか」

 返ってきたのは、小さな首肯。

「でも、佳乃はそれを覚えていない。……あぁなってから、忘れている」

「……佳乃があぁなったのは、その力が原因か」

「……そうだ」

 そして、そこまで聞いてもう一つ、気づいたことがある。佳乃があぁなったのと同じ時に起きた出来事。それは。

「……おばさんがいなくなったのも、その力が原因なのか」

 二年ほど前のことだった。ある事件をきっかけに双子の母親が失踪した。そして佳乃はそれを境に、精神が著しく退化した。ずっと不思議に思っていたが。

「孝己。お前が今していることは、もしかしてあの事件の続きか」

「……そうだよ」

 ゆっくりと孝己の手が〟護り葉〝を包みこみ、強く握られる。

「慧一。母さんは失踪したんじゃない。二年前、この本の中に、閉じ込められたんだ。俺は母さんを助けるために、この本をつむろいでいる最中」

 あぁ、そうか。見覚えがあると思ったはずだ。二年前、俺もこの本を見ていたのだから。

 でも、どうやって。どこに。なぜ。聞きたいことは山とあるが、どこからどうやって聞けばいいのかわからない。切り出し方を迷っていると、仕方ない、というように肩を竦められた。

「続きは実際に本を前にして話した方が分かりやすいと思う。まずは仕事を終わらせて出よう」

「……わかった、おじさんも待っているだろうしな」

 今ここにおじさんはいない。ということは本の向こうで待っているに違いない。そう思いながら腰を上げかけて、しかしその制服の裾を引っ張られて中途半端な姿勢で止まる。

「何だよ孝己。腰が辛い」

「……いない」

「は?」

「向こうに父さんはいない」

 彼の口から「父」という言葉をすごく久しぶりに聞いた気がして目を見張る。座ったままの孝己はゆっくりと手を伸ばして、ある一点を指差した。

「慧一が『おじさん』って呼んでいるのは、あいつだ」

 振り返った先、孝己の指の先で、先程の男が眉をひくり、と持ち上げた。孝己より小柄で気難しげな顔をした、壮年の男。俺より背が高くて柔らかな雰囲気を持つ双子の父とは似てすらいない。

「冗談だろ」

「本当。この二年間ずっと、あいつが『おじさん』になっていた」

「じゃぁ!」

 失礼を承知で同じくその男を指差した。

「おじさんは!? この人は、誰だ!」

 その問いに答えたのは、近寄ってきた男だった。二人分の人差し指を握る。

「まずはこの無礼な指を折ってやろうか」

 あらぬ方向に曲げようとその手に力がこもり、そこから本気を読み取った俺は悲鳴と共に指を引き抜いた。隣で孝己が同じく抜いた指を抱え、射殺しそうな視線を飛ばしている。やれやれ、とばかりに盛大にため息をついた男はその場に仁王立ちしてこちらを見据えた。

「わが名は藤原定家。院に仕え、勅命でもって和歌集を編纂仕った」

「……は?」

「『ていか』と呼ばれることもある」

 藤原定家。ていか。聞いたことがある。記憶に違いがなければ……この『百人一首』の、撰者ではなかったか。

「……定家は命を狙われていたところを父さんに助けられて、父さんの代わりとして本の外へ出たんだ」

「じゃぁ、おじさんは……」

「この本の中で、定家の代わりをしている」

「おじさんも〟つむろぎ〝の力を持っているのか?」

「いや、ただの人。でも父さんはある意味特別だから」

 ……頭が痛くなってきた。この世界の仕組み……いや、〟つむろぎ〝の仕組みはいったいどうなっているんだ。

 脱力して座りかけた俺の腕を、逆に立ち上がった孝己が引っ張って起こす。

「行こう慧一。日が暮れる前に降りないと面倒だ」

「先行する。ついてこい」

 言うなり踵を返して歩いて行ってしまう男 ― 定家を追いかけながら、孝己と共に降りていく。山道を歩きながら、隣を盗み見た。

 母が消え、知らない男が父を名乗り、姉は幼子のようになってしまった。その中で三年間、こいつは生きてきたのか。……俺には何も、知らせないまま。

 無性に悔しく、悲しかった。


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