6-2
パタン、という、その音は、一体何の音だろうだろうか。
まるで一瞬飛んだ意識が強引に引き戻されるように、我に返った。
そうだ、あまりに展開が怒涛過ぎて、頭が真っ白になってしまっていたんだ。
手元に置かれた『小倉百人一首』が目に入る。この本を普段持っている人は、今この中だ。つい先ほど、定家によって引き込まれてしまった。
向こうには佳乃がいる。二年間本の中から出てこない、幼馴染の片割れ。彼女に、孝己はもう合っているだろうか。先ほど清原先生に事情を説明した。ここで待っているように言われて、だからあるいは、一瞬気が抜けたのかもしれない。今は一番抜けちゃいけない時なのに、何をやっているのやら。
「待たせた」
勢いよく扉が開いて、清原先生が帰ってきた。その後ろからは。
「やっほぅ慧一君、なかなかピンチだねぇ」
双子の母親が、ひらひらと軽く手を振っていた。
「セイちゃんから話を聞いてびっくりしたよぅ。孝己もやっぱり、相当焦ってたんだねぇ」
本が置かれた机を挟んで、隣に先生、正面におばさんが座る。本の表紙を撫でながら、ちっとも緊張感のない声でおばさんが言う。そういうところが、こんな時でも、少しだけ、苦手だ。
「どうしたら、俺、何ができますか」
身を乗り出そうとして、蘇り、躊躇った。
同じような台詞を、二年前に、同じ人に対して言った。
『あの、俺に、できることは』
あの時はバッサリ切られた。ない、と。
では、今回は?
「大丈夫だよぅ、慧一君」
見透かしたように、おばさんが笑う。
「今回は君にもできることがある。というか、私だけじゃぁあの子に拒まれちゃって入れないから、君に力を借りるしかないんだよねぇ」
そう言って、彼女は一転、酷く冷めた表情をした。
「私の大事な大事な人を二年も独り占めして、そのうえ孝己まで連れて行くんだから。いい加減、わがままなお嬢様には目を覚ましてもらわなくちゃ」
あぁそうだ、この人は、前から佳乃に厳しかった。そして、佳乃も。




