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そうやって一学期をどうにか乗り切り、夏休みを二家族でバーベキューをしたり部活に精を出したりしながら過ごし、緊張を抱えながら二学期に入る。俺と孝己が部活の時は常に図書館をめぐっていたという佳乃は、それでどうにか気力をためたらしく一日も休まず学校に行った。相変わらずクラスでは独りのようだが、それでも露骨さはかなり減ったらしい。孝己のところに茶々を入れに来ることもなくなったようだ。どうかこのまま、良い方向に向かいますように。そう願っていた。
「慧一、来て」
二年の教室に険しい顔の孝己が駆け込んできたのは秋半ば、放課後の学園祭準備の只中だった。
「佳乃がやらかした。折角最近穏やかになってきたのに」
一緒に作業していたクラスメイトに詫びて抜けさせてもらう。連れてこられたのは図書室だった。俺たちの姿を認めた司書さんが後ろの扉を示した。
「今、そこに鍵をかけてこもっているわ。落ち着いたら開けてねって言ってあるから、少し待っててもらえるかしら」
司書室の隅にあるテーブルを囲んで座ると、孝己と司書さんが聞いた話を教えてくれた。
「やっぱり、本絡み」
やれやれ、と首を振る孝己は、明らかに疲れていた。
「本が絡むと短気で頑固になるから困る。今回だって、決して気持ち良いものじゃないけど、大事にはならないはずだったんだ」
この中学校は学園祭とは言いつつ学習発表会に近い形式をとっていて、何か一つ大きなテーマを設定して、それについてクラスで分担して調べて発表する。俺のクラスは地域発展、孝己のクラスは日本の伝統工芸、佳乃のクラスは日本の歌がテーマだったはずだ。伝統工芸はともかく歌は大変そうだなと思っていたが、佳乃は得意分野らしい。
「歌って、昔からある和歌も入るんだよ」
そうやってウキウキしながら語っていた。ところが、その感覚がクラスに受け入れられなかったらしい。
「国語の先生は是非、と推していたのだけれど、一般的に、今の子は歌っていえば現代の歌をさすでしょう。変遷とか傾向とか歌詞の特徴とか、凝りだすとキリがないからって、削られてしまったようなの。担任の先生も仕方がないだろうとおっしゃったそうで」
他の古典和歌担当の子は納得したのだけれど、佳乃だけはどうしてもそれができなかったらしい。食い下がったところを突かれた。
「そうだよねー。和歌なんて妄想の塊だもんねー」
それは、誰がぼそりとこぼした言葉か。あっという間にさざ波が広がった。
「え、そーなの」
「お仲間と仲良く妄想に浸りたいだけでしょ」
「何だよ、自分の妄想に俺らを巻き込むんじゃねーよ」
「気持ちワル」
鎮火したはずの火が、音を立てて燃え上がる。その前で、佳乃はただ硬直していたそうだ。チャイムがなり我に返るなり、この図書室に駆け込んだということだ。
「佳乃のクラスに陸上部いるでしょ。俺はそいつから聞いた。お前も大変だなーとか言うから殴ってやろうかと思った」
憤然とした孝己の声を聞きながら、扉を眺める。人の噂も七十五日という。でも、七十五日過ぎたところで、その噂が根絶したわけではない。どこかに根の端っこが残っていて、ふとした瞬間に急激に成長し、以前より強力な毒素を含んだ禍々しい花を咲かせるのだ。
「何であんなに、頑ななんだろうなぁ」
あまりに不器用すぎる彼女が哀れでならなかった。
「俺たちだけは、一緒にいてやらないとな」
しょーがないね、と言った孝己も、姉に甘い。
「別に離れる理由もないしね。というか、家族だから離れようがないけど」
カチャリと鍵が開く音がしたので、孝己と頷きあって立ち上がり、その扉の前に並んでノックした。
「佳乃―、入るぞー」
開けた扉の向こうで、佳乃の真っ赤な目から再び涙が溢れ出した。そのまま泣き崩れそうになった佳乃を抱えて、室内のソファに座らせる。司書さんから借りたタオルで顔を拭ってやると、途切れ途切れにこう訴えたのだった。もし、自分たちがいるこの世界が、別の世界では小説の中の世界だったとしたら―。




