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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
序章 兄と双子
5/73

序ー5

 終礼が済んだ後、いつもはすぐに向かう部活をサボり、クラスメートを見送りながら教室の机に腰掛けていた。窓の外を葉桜の欠片が風に流れて飛んで行くのを、ぼんやりと見つめる。双子は共に六時間目から復帰したそうだ。共に異常なし、特に佳乃は何事もなかったかのようにピンピンしているらしい。今頃ゆうちゃんに誘われた吹奏楽部に行っているはずだ。そして、弟の方はと言えば……

「慧一っ!」

 ほら、来た。

「おー、もう大丈夫なのか?」

 怒気も顕わに近寄ってきた孝己は、噛みつきそうな表情でこちらを睨みつけた。

「本返して」

「本?」

 何の事だかお兄さんさっぱりワカラナイナー。小首を傾げて見せると襟首を掴まれた。痛い。

「ふざけないでくんない? 俺の鞄から古い本、勝手に取っただろ。返して」

 瞳が憤りと焦りで揺れている。それがわかっていて俺はことさらゆっくりと、それを鞄から取り出して掲げて見せた。

「あぁ、これのことか……っと」

「返せ!」

 取り出した途端跳びつかれて慌てて高く持ち上げる。あいにく俺のが身長は高い。まだだ。まだ返すわけにはいかない。

「中身の真っ白な『小倉百人一首』」

「!」

 縋りつく手が僅かに止まったその隙にもうひと押しをかける。

「今日佳乃が倒れた原因も『百人一首』だ」

 本を掲げた手はそのままに、反対の手で襟首を掴み返した。― 〟兄〝を、舐めんな。

「孝己、お前倒れるまで一体何やってんだ。お前だけじゃない、おじさんだって何か隠している。佳乃は知らないらしいが、無関係じゃないんだろ。教えろ。この一週間とちょっと、何をしていた」

「……慧一には、関係ない」

 見開かれた目が、次いで苦しげに歪んで逸らされる。それがこちらの苛立ちを更にあおった。

「今さら、毎日背負われて帰っているくせにその言い方は何だ。俺が何も知らないままどれだけ心配しているか分かってんのか。俺はなぁ!」

 蘇るのは、幼き日の記憶。優しかった記憶。

「俺は、お前ら二人を任されてんだよ! お前らの母さんから!」

 肩が大きく震えた。襟首を掴んでいた手が勢いよく振り払われる。その勢いでよろけたはずみに手の力が緩んで、本が― 落ちた。

「!」

 窓枠に当たって開き、そのまま外へと放り出される様が肩越しにスローモーションで見える。茜色に染まりながら二階の高さから落下を始めるそれに手を伸ばしても、届かない。その瞬間、伸ばした手の横を黒い影がためらいもなく通り過ぎた。

「孝己!」

 弾みすらつけずに飛び降りた彼の手首を、咄嗟に乗り出して伸ばした両手がかろうじて捕える。宙吊りになった孝己の反対は本の端っこを捕えていて、少しだけ安堵した。が、その時。

「孝己! 慧一君!」

 ありえない声が地上で響いた。こちらに向かって走ってくるのは、本来ならここに来るはずのない人物。

「おじさん!?」

 なぜここに。そう続くはずの言葉は、切羽詰まった声音に打ち消された。

「駄目だ来るな!」

 俺ですら怯んだその声に、それでもおじさんは足を止めない。止めないまま、手を伸ばす。孝己がその本を胸元に引き寄せようとした一瞬前、勢いよく地を蹴った彼の指先が、

「駄目だ! ……定家(さだいえ)!」

本の端に、触れた。

 

 突然、孝己の胸元が淡く光った。その光は彼の腕を駆け、同じく放たれている本の光と繋がり、さらにそれに触れたおじさんを光らせる。そして、反対側の手を掴んでいた、俺をも。

「!?」

 思わず目を閉じた次の瞬間、妙な浮遊感が俺を襲い、何かに押し込められるような感覚がのしかかってきて……ふと、消えた。

「……慧一。もう手、離して良いから」

 何言ってんだよ、手を離したらお前落ちるだろうが。

「平気。……目、開けてみたらわかる」

 そうして、おそるおそる目を開けてみた俺は、口まで、顎を落とすのではないかというほど開けることとなった。

 足元には草が青々と茂り、その周りを木々が覆っている。前の少し開けた空間からは、見事な夕焼けに染められた瓦屋根や板葺屋根が碁盤目状に建ち並ぶ様子が見えた。

「慧一。手、痛いってば」

「……孝己。なんだこれは。夢か」

「夢って痛覚存在しないんじゃなかった? なんならその頬つねろうか」

 言葉はいつもどおりでも、声に覇気がない。頬へと手を伸ばしてきた彼は、哀しげな顔で苦笑していた。

 手を離してやって、そこで初めて、もう一人の存在に気づく。教科書や資料館でしか見たことのない衣装を纏った知らない男は、目が合うなり口元に弧を描いた。


「この姿でははじめまして、だな、慧一。― ようこそ、古の京の都へ」


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