5-3
「わぁぁぁ!」
清原先生は部屋を出たらしく、誰もいない。その中へ、佳乃は先ほどの怯えはどこへやら、歓声を上げて駆け込んでいく。奥と左の本棚はどうやら見ないことにしている、というか眼中にないようで、右側の衣装に駆け寄って目を輝かせながら出しては仕舞いを繰り返している。
「むかしのきものたくさん! けいいち、これどうしたの!?」
「佳乃、ちょっと落ち着け、好きな服持ってで良いからそこ座れ」
えぇぇ、と口を尖らせつつ、気に入ったらしい紅の着物を両手に抱えてソファに腰掛ける。そこでようやく、ここも本で囲まれた場所であることに気づいたらしい。顔を強張らせた彼女の前に、震える手で一冊の本を置いた。ごめん。これから、お前にとって一番酷なことをする。
「佳乃、これが何か、お前知っているよな」
両親と双子の兄が入り込んだ『小倉百人一首』。それを目にした瞳が凍るのを見ながら、さらに重ねる。
「お前のママがこの中に囚われたまま、二年も出てこない。パパもだ。佳乃のそばにいたのはパパじゃない。二人を助けようとがんばってきた孝己も、さっき戻ってこられなくなった」
「……パパ……たかみ……」
感情の読めない声が、家族の名を呟く。そうだ、と頷いて、本を佳乃の膝の上に置いた。
「俺も手伝うから、だから助けよう、佳乃。お前の、“つむろぎ”の力で」
つむろぎ。その言葉が佳乃の耳に届くや否や、彼女は膝上の本を掴むと、
思い切り投げ飛ばした。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴が室内を駆け抜ける。
「佳乃!?」
「いや!! いやぁぁぁぁ!!」
腕に抱いた着物も放り投げ、扉に向かって突進するのを直前でどうにか阻む。
「いやぁ!! どいて!! だして!! ここからだしてぇ!!」
「落ち着け!」
抱き込んで抑えようとしても暴れて手が付けられない。髪を振り乱して叫ぶ姿を半ば呆然と見下ろす。どうして。どうしてこんなに。何があったんだ。こんなになるほどの何が、佳乃とこの本の間にあった。“つむろぎ”を拒絶するほどの、何が。
「どうしてそんなに嫌がるんだ! たかみもパパママもこの中にいるんだぞ!」
「しらない! よしのはしらない! いやぁぁ!!」
「知らないって!」
どうしたら良い。手を本に触れさせて「開け」と言わせられれば、あとは問答無用で送ってくれる。けれど、この状態では到底無理だ。佳乃は絶対本に触れようとしない。力尽きるまで待っていられる時間も余裕もない。
「家族ともう二度と会えなくなっても良いのか!」
無理やり掴んだ肩を揺すって問うと、ひたり、と彼女の動きが止まった。
「にどと……?」
「そうだ。佳乃が動かなかったら、もしかしたら、孝己にもパパにもママにも、ずうっと、会えなくなるかもしれないんだ。そうしたら佳乃は、独りぼっちであの家に暮らさなくちゃいけない。そんな寂しいのは、嫌だろう?」
だから頼む佳乃。助けてくれ。力を貸してくれ。沈黙する後頭を見つめながら祈る。
だらん、と下がった手がややあってゆっくりと動き出した。左手がゆっくりと胸元へ、そこにかけられた葉型のペンダントへと伸びていく。
「佳乃……」
良かった。これで、孝己たちのもとへ行ける。双子が揃えば絶対にどうにかなるはずだ。自分にも、何かできるはずだ。




