5-2
勢いよく扉を開けると、その先の机に向かっていた清原先生が驚いたように振り返った。あぁ、そうだ、まずはこの人に言わなくては。
「先生どうしよう、孝己と定家が後鳥羽院の世界に」
開いたままの本を彼女に押し付けるように見せると、途端にその表情が険しいものとなった。眼鏡を持ち上げると、今しがた出てきたばかりの部屋に入る。扉を閉めてから後に続いた俺をソファに座らせ、対面に腕を組んで腰を掛けた。
「……詳しく聞こう」
説明している間も開いた本の頁を右へ左へと繰り続けていた先生は、一通り話し終えると眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
「……先生?」
「認めよう、確かにこれは危機的状況だ。三分の一しか埋まっていないようでは、到底歪みの力を削ぐには足りない。孝己があえて周りの歌から攻めていったのが救いと言えば救いか」
乾いた喉を必死に震わせて、尋ねたくないことを尋ねた。
「それって、孝己も、帰ってこられなくなるって、ことですか」
「……そうだ」
でも、だって、そんなことになったら、佳乃はどうなる。定家扮する父親もいなければ孝己もいないあの一軒家に、たった一人で、あの精神状態で。
「佳乃を、連れてきます」
立ち上がっていた。
「連れてきてどうする。わかっているだろう。彼女は今、“つむろぎ”の力を使えない」
「それでも! 佳乃しか、現状を打破できない! わかっているんでしょう!?」
鸚鵡返しに先生が声を詰まらせたのを見るなり、部屋を飛び出した。
司書室を駆け抜け図書室の扉に手をかけると、まだ欠片の力もかけていないのに急にそれが開いてたたらを踏んだ。
「っごめん」
「わ、すみません」
横をすり抜けるように走り出したその背中に、声がかかった。
「慧一先輩?」
聞いたことのある声。ブレーキをかけて振り返ると、目を丸くしたゆうちゃんがいた。そうだ、彼女なら、佳乃の居場所を知っている。
「佳乃は今どこにいる!?」
「え、佳乃ちゃん? 今頃教室で帰りの支度をしていると思いますけど」
「ありがとう!」
階段を二段飛ばしで駆け下り、一気に一階まで。中庭の通路を突っ切っている時、顔を上げた先にある中庭に面した教室の窓から、机に鞄を置いて教科書を詰めている佳乃の姿が見えた。回り込むのが面倒で、進路を変更し窓に駆け寄ると、叩きながら声を上げた。
「佳乃!」
目に見えてびくついた佳乃がこちらを見て驚く。窓辺に駆け寄って鍵を開けてくれるのも、今はもどかしい。
「けーいち? どーし「頼む、今すぐ来てくれ。佳乃の力がいる」
律儀に窓を閉めて回ってこようとする彼女を急かして窓から抜け出させると、手をとって来た道を走った。
「けーいち、ろうかははしっちゃだめー!」
「緊急事態だ、無視!」
「えぇぇえ! よしのきゅうきゅうしゃじゃないよー!」
「安心しろ救命活動だ!」
「よしのおいしゃさんでもないのに! どこいくのー!?」
下校間近で部活から荷物を取りに帰ってきた生徒もそれなりにいる。その間を縫って走れば当然、何事かと一瞬目を向けられる。はたから見ればどう見えるのだろうか。兄妹が手を繋いで走ってら、とでも思ってくれれば良いのだが。状況に似あわず一瞬そんなことを考えてしまった時、ようやく図書室に辿り着いた。
「……ここ」
握り返していた手の力が弱まり、そのまま後ろに引かれていく。ごめん、苦手なのはわかっている。けれど今回は、押し通させてもらう。こちらの力を強めて離さないようにすると、遠慮なく入り受付の前を突っ切って、司書室の奥にあるいつもの部屋の扉を開けた。




