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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第四章 兄と息子と妹の友
41/73

4-4

 後鳥羽院と鎌倉幕府の戦は、後に「承久の乱」と呼ばれるものに違いない。順徳院はそれを回避させたいと思っているようだ。今の状況を冷静に分析し、正しく判断を下そうとしている。やはり、賢い人だ。そう思った、その時。

「あなたは、それで良いのですか」

 隣から、鋭い声がとんだ。

「この世の中央にあるべきお父上やあなたを差し置いて鎌倉が悠々とのさばる様を見て、あなたは悔しくはないのですか」

 孝己が、拳を震わせて身を乗り出していた。振り向いた定家が何を言い出すのかと顔を顰めている。順徳院も軽く目を見張って、無礼者の従者を見つめていた。口を開きかけたのを、畳み掛けた孝己の言葉が封じる。

「血気盛んではあれどお父上は非常に頭の切れるお方。覇王の威厳を持ち、世を統べるに相応しいお方。お目通り叶わぬ立場の者ですが、定家様よりそのお話は重ね重ね伺っております。自分すら畏れ多くも存じ上げているのです。殿上の方々が知らぬわけがございません。実朝様のお立場、源氏でありながら北条の中ではあまりよろしくないと伺っております。あなたが実朝様を説得すればもしやご理解をいただけるかもしれません。いくら源氏の奥方の実家とはいえ、それだけで北条がのさばって良い理由などないはずです。ここで北条を許せばこの先永劫、朝廷への権力復帰は危ぶまれましょう。今立ち上がらずして、いつ立ち上がるとおっしゃるのですか」

 紅潮した頬で切々と訴えかけるその姿を、信じられない思いで見ていた。

 なぁ孝己、お前、自分が何を言っているのか、どれだけ過激なことを言っているのかわかっているのか。戦争をしろと、して負けてしまえと、そう言っているんだぞ。多くの血が流れる。多くの人が死ぬ。それをお前は今、推奨しているんだぞ。

 止めようと足に力を入れかけた時、思い出した。

『俺が何を言い始めても黙ってて』

 まさか、これは。

「……定家、この子どもは何ですか」

 蒼白の順徳院が、唇を震わせていた。

「我の弟子だ。不躾な振る舞い、後でしかと仕置きをする故、何卒容赦いただきたい」

 返す定家の声も硬い。ゆるく首を振って、順徳院はもう一度孝己を見た。

「子ども。私がそれをひと時たりとも思わなかったと思いますか」

その瞳には、強い炎が宿っていた。

「何度も考えました。あなたが想像している以上に、何度も。父上の気持ちは痛いほどわかります。私とて、父上を世の頂点へと押し上げて差し上げたい。ですが、不可能です。今では敗色があまりに濃すぎる。無駄に人を死なせてしまう。実朝殿ももしかしたら。それに、何よりも、父上をより苦境に立たせてしまう。分かっている以上、父上を止めざるを得ないのです」

 出ていきなさい、と彼は続けた。孝己を見て、静かに、けれど有無を言わせぬ口調で。それは、命令だった。

「定家に免じた、最大の譲歩です。今すぐに、出ていきなさい」

「……それがあんたの答えか、上皇」

 孝己のその声は、諦観の念に満ちていた。だが、知っている。それは、上皇の意に従うということではなく。

「なら、俺は俺の最大の譲歩の結果に従い、その歪み、正させてもらう」

 順徳院が兵を呼ぶよりも早く、孝己の〝護り葉〟から伸びた光が彼を絡めとる。右の手首を支えるように左手を添え、孝己の声が室内に響く。

「我は〝つむろぎ〟の血を継ぐ者なり。我我が血に於いてこの世の歪み綻びを繕い紡ぎて正す事を宣す」

 もう幾度となくこの台詞を聞いているけれど、今回ほど苦い思いで聞いたことはない。実朝殿の時からわかっていたはずなのだ。〝つむろぎ〟は、歪みの前には絶対的に正しい。それがどれだけ平和をもたらそうと、人の命を長らえさせようと、争いのない時代を築こうと、歪みは歪みでしかない。


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