四章 兄と息子と妹の友
部活の休日活動が終わり、そろそろ空腹を訴えそうな腹を抱えながら最寄駅に降りた時、携帯電話が二件のメール着信を知らせた。
『朝言い忘れていたけれど、今日母はお父さんとディナーに行くから、夕飯は適当に食べてね!』
仕方ない、帰りはモックにでも寄っていくか。そう思いながら、もう一件を開いて、しかし前言撤回した。
『部活終わってお腹空いてるよね。夕飯食べに今すぐうちに来て』
孝己にしては珍しく気の利いた、タイミングの良い誘いだ。珍しすぎて嫌な予感しかしない。何というか、有無を言わせないというか、焦っているというか。とりあえず、行く、と返した道すがら気づいた。確か今日は、佳乃の友だちが家に来る日だ。
ケーキ、クッキー、チョコレート……机の上に所狭しと並べられたものは、夕飯、というにはあまりに甘ったるい香りを発していた。満面の笑みの佳乃と、笑みの中に少しだけ謝罪を含ませたゆうちゃんを前に、ただ絶句する。隣でげっそりしている孝己は、そういえば甘い物をあまり好まなかった。
「けーいち、よしのがんばったぁ!」
「あぁがんばったな、がんばりすぎたくらいだ」
多少棒読みになっても、この際致し方ない。いくら消費部隊として名を馳せる俺でも、極端に偏った味のものを延々と食べ続けるのは辛い。辛すぎる。
「普通の夕飯は?」
「ない」
「ない?」
珍しい。ここ一か月ほどは定家が家にいるから、きちんとした食事が出ていたはずだ。孝己が心なし憮然とした表情で答えた。
「あれ以来、軽くストライキ」
「……あぁ」
公経の歌を取り戻した世界で定家が見た未来。後鳥羽院と袂を分かち彼に憤慨していた将来の自分を目の当たりにして以来、交わす言葉数が明らかに減った。
『この先何があれど、……どこに行こうと、院と共に歌を詠み交わそう』
『我は決して院を裏切らぬ!』
自分が誓ったことを直後に未来の自分が反故にするさまはよほど彼に衝撃を与えたようだが、孝己はそれを知っても何も言わない。まるでいつかはこうなることを予想していたみたいに平然としている。……が、さすがに己の食卓事情に関わってくるとは思わなかったらしい。
「仕方ない、買い出しにでも行くか」
腰を上げると、斜め前で同じように立ち上がる姿があった。
「私も行きます」
頬にかかる黒髪を耳にやり、その下の二つ結びを揺らして、ゆうちゃんが手を挙げていた。




