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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第三章 兄と桜と乱の先
33/73

3-6

 都に入った途端、疲弊し荒んだ空気が体に纏わりついた。道行く人々はどこか不安げな面持ちをしている。彼らの会話に耳を傾けてみれば、『京はどうなるのだろうか』『東国に行くべきではないのか』といった言葉が聞こえてくる。

「東国、か」

 眉をひそめた定家が呟いた。

「実朝に何かよからぬことがあったのではなかろうな」

 その言葉で、東国というのが今の鎌倉を指すことを知る。横目で孝己の顔を窺うと、とてもではないが声をかけるのをためらうほど険しい。彼は注意深く周囲を見渡していたが、やがて定家の袖を引き右方向を指さした。その先には牛車。ちょうど人が降りてくるところだった。主の顔を認めた定家が相好を崩した。

「あれは道家ではないか。あやつがこの都に居を構えているということは、院もいらっしゃるということ。我の記憶にあるより少し老けておるが……孝己、声をかけてきても良いか」

「……そうだね、行こう。大事なことが、わかるかもしれない」

 歯に挟まったような物言いを、定家はどうとも思わなかったらしい。心なし足取り軽く、彼のもとに歩いていく。その後ろをついていく孝己の肩を叩いた。

「何だよ、その言い方。引っかかる」

 周りに聞こえないよう声を下げると、顔は前を行く男を向いたまま、声だけが返ってきた。

「俺の記憶が正しければ、あれは九条道家。公経ともども、後鳥羽院に目をかけられていた男だ」

「……それのどこが引っかかるわけ」

「さっき、東国、と言っただろ。京の荒み方、東国……多分、この時代は承久の乱のあとだ。だとしたら、彼がなおも都にいるってことは」

「道家!」

 定家が屋敷に入って行こうとする彼を呼び止める。その声に振り返った男が一瞬浮かべた怪訝そうな顔。定家を認めるなり瞳が大きく見開かれ、ついで浮かんだのは、恐怖の面持ちだった。近寄ってくる男に恐れおののき、じりじりと後じさりする。

「な、何者だ……!」

 悲鳴にも似た誰何に、定家の足が止まる。真っ青になった彼に流石にただならぬものを感じたらしい。後ろ頭が小さく傾いだ。

「何を怯えておるのだ、道家。主らしくもない。我だ、藤原さ」

「偽りを申すな! テイカである訳がなかろう!!」

 被せられた鋭い拒絶が、改めて踏み出そうとした定家の足を縫いとめる。その勢いで彼は叫んだ。

「テイカはあの乱で院共々流罪となったのだ! ここにいるはずがない! テイカを騙る主は何者だ! なぜテイカと同じ身なりをしておるのだ!」

「……る、ざい……?」

 静まり返った空間の中、定家の呆けた声が、息を切らせて立つ男のはるか手前にぽとり、と落ちて転がる。

「どういうことだ……」

 周囲の気温があっという間に下がっていく。忙しなく吐く息が、だらりと下がった手が震える。横に並んでわかる、道家という男と同じくらい、しかしこちらは混乱に満ちた真っ青な顔。一際大きく息を吸ったのを認めた孝己が血相を変えた。

「慧一、定家を抑えて!」

「どういうこッ!」

 瞬時に動けたのは多分奇跡だ。叫びかけた定家の口を咄嗟に塞ぎ、なおも暴れる彼を身長差に物を言わせて抑え込む。その間に孝己は道家の前に進み出て、一つ礼をした。

「申し訳ございません。主は藤原定家様の縁者でして、定家様より道家様のお話を常々聞かされておりました。定家様があのようになってしまい、慕っておられた主はたいそう嘆き悲しみ……ですので道家様をお見かけし、つい先ほどのような態度を。何卒お許しいただきたい」

 いつの間にそのような設定を考えたのだろうか、彼の言い回しに淀みはない。深々とした礼を前に、道家も少し落ち着いたらしい。大きく胸を撫で下ろして息を吐いた。

「左様であったか……あまりにテイカに似ていたのでな、錯乱した。すまぬ」

「無理もございません、主は誠に定家様と瓜二つ故。それで、道家様」

 そこで孝己がちらりと視線をこちらに寄越した。まだ何事かを叫んでいる定家と、ついでいい加減黙らせろとばかりに俺まで睨む。無茶を言うな。抑えるのだって楽じゃないんだ、察しろよ。だが無言の抗議は当然の如く黙殺され、孝己はおそるおそる、という具合で問いかけた。

「主は定家様の義弟君、公経様にお会いしたく遠方より上京したのですが、どうやらすでにお亡くなりのご様子。その理由を、道家様はご存知ありませぬか」

 公経。その名前に、少し緩んでいた表情が再び強張る。何事かを口ごもるのを孝己が辛抱強く聞き出して、ようやく得た答えに、定家が動きを止めた。

「公経殿はあの乱の最中、死罪となった。院を裏切り幕府に情報を流した罪でな。院が強行したのだ。今でも解せぬ。ご自身の立場が一層悪くなると、理解していらっしゃったはずなのに」

 もう良いだろうか、と道家が半身になる。まるで、これ以上は過去のことなど話したくはない、と言うかのように。十分だ、と孝己が頷く。

「御礼申し上げます。突然の訪問、申し訳ございませんでした」

 ちらり、と定家を見るなり、男は一つ首を振ってそそくさと屋敷の中に入って行った。その影が消えるまで見送ってようやく腕の力を緩める。待っていたとばかりにふり払われた手の先で、定家の背中が大きく震えている。

「定家、慧一」

 その向こうで、頭を上げた孝己がこちらにふり向いた。先ほどの作り微笑は跡形もなく消えている。

「今から流罪の地に行くのは無理だ。だから、これから俺は、周りの時を戻す」

「……は!?」

 既に〟つむろぎ〝の能力には散々驚かされてきたが、今回はまた格別だ。

「できるのか!?」

「滅多にしないけど。ものすごく体力と気力を使うんだ。だから戻したあとしばらく俺は動けない。― 定家と慧一に全てかかっている。公経が処刑されるまでに、俺を後鳥羽院のところまで連れて行って」

 後鳥羽院。その言葉に定家が反応する。つかつかと孝己に歩み寄ると、低い声で問うた。

「歪みのもとが院にあると、そういうことか」

「そうだ」

 定家がどんな表情をしていたのだろうか。返す孝己の目は揺るがない。その目で、彼はもう一度、目の前の男に告げた。

「定家、もう一度言う。覚悟しておけ。たとえ歪んでいたとしても、ここは、あんたにとって未来の世界だ」

 返答はなく、小柄の体が黙って後退する。俺の隣まで来たとき、ポツリと、かすかな声が耳に届いた。

「……院が、流罪になどなるものか」

 瞑目して、天を仰いだ。

 すまない定家。俺は、結末を知っている。

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