2-12
いつものように一足先に帰ろうとした定家を、司書室の扉を開ける前に呼び止めた。「なんだ」という彼は、今日随分と多くの自分を晒したせいか、ものすごく不機嫌そうだ。その様子で、推測がほぼ確信に変わっていた。定家が、あれだけ式子内親王の世界へ嫌がっていたわけ。
「定家、もしかして知っていたんじゃないか? 内親王の歪みには自分が関わっているって」
「当然であろう」
返ってきた声は最高に不貞腐れていた。
「若き日の我が何度、あの御方に自由を見せて差し上げられたらと思うたと思う。それこそ喉元まで出かかったこととてあるのだぞ。あの御方に歪みがそうそうたやすくできるとは思わぬ。だからこそ、真先に我を疑った。彼女の歌ではなく彼女を捕ろうとした我をな。そのような見苦しい己を見たいと思うか?」
「……思わない」
「であろう? 今の我は妻子もある。仕えると定めた主もある。過去の妄執にとりあっている暇などないのだ」
「定家、妻子持ちだったの!?」
「何だその目は」
てっきり独身かと思っていたが、子どもまでいたとは。どおりで、双子のあしらいが上手いわけだ。しかも仕える主がいるという。この男が内親王以外に誰かに頭を下げる姿など、想像つかないのだが。
「定家が仕えている主って、誰?」
尋ねたのは興味本位だった。ところが。
「我に勅撰和歌集の編纂を命じた院に決まっておるだろう」
「は?」
「この時代では『後鳥羽』と呼ばれておる」
「……は?」
思わず孝己を見ると、怖い目と緩く振られた首が何も言うな黙っていろと訴えかけているのがわかった。生唾を飲みながら、誇らしげに胸を張る定家を見返す。何やら、とんでもない爆弾を探し当ててしまったような気がした。




