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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第二章 兄と歌人と忍ぶ恋
21/73

2-6

 道すがら言葉少なな定家から聞き出した情報によると、この堂は平家の敷地ではなく、後白河院の命で御所の中に建てられたものらしい。そんな偉い場所に入っても良いのかと聞くと、「我が父上の使いと称すれば問題ない」とのこと。実際鎧姿の役人と思しき人間に呼び止められた孝己が、何の怪しさも感じさせない声音で「俊成様の使いで参りました。書状はここに」と告げ、懐から折られた紙を半分ほど見せると、その男はあっさりと頷いて道を空けてくれた。ありがたいことこの上ないが、それにしてもここの警備ザル過ぎないか。せめて書状を開いて確認するくらいはすべきだろう。

 若干の申し訳なさと疑問を抱きながらも、堂内に一歩足を踏み入れる。途端に眼前に広がった光景に、控えめながらも声をあげずにはいられなかった。

 中学の修学旅行で来たはずのこの場所は、同じ場所とは思えないほど色に溢れていた。天井には朱の枠で囲まれた中に、美しく舞う鳥や水面に咲き誇る蓮の花が描かれている。ずらりと並んだ千手観音像は欠けることなく黄金に輝き、その前に並べられた数々の木像は知っていなければ到底木から作られたとは思えない。それはもう、今にも床に錫杖を打ちつけそうな、銅鑼が響き渡りそうな、空へと羽ばたきそうな、動いて説教を、あるいは戦いを始めそうなほどに。約九百年後には失われる光景に、空いた口がふさがらない。思わずしみじみと呟いた。

「〝つむろぎ〟の能力を歴史家が手に入れたら、絶対本の中から戻ってこないよなぁ……」

 きっとありとあらゆる調査を行って復興手段まで考えた上で、ようやく帰るという選択肢を思い出すのだろう。それを聞いた孝己がさらりと答える。

「実際いるらしいよ、そういう人」

 日本の寺社が当時の色合いを取り戻す日は、そう遠くないのかもしれない。

 中央の巨大な本尊を前に、「使いで来た」という体裁を整えるため正座で手を合わせる。香の香が漂う、静かな空間。片目だけで孝己を見ると、眉間に若干皺が寄っている。今後の段取りを考えているのか、何かの気配を探っているのか。一度閉じて反対側の目を開けると、そこでもやはり定家が眉間に皺を寄せていた。式子内親王とのことを思い出しているのだろうか。俺の両側がそれぞれしかめ面で手を合わせている。気づいた瞬間空しくなった。普通こういうのって無心になって穏やかな気持ちでするものではないのか。どちらも余計な念が入り過ぎだろう。願わくは、この二人に安寧の日々を。

 足の痺れを誤魔化しながら立ち上がり、即座に見抜いた孝己からの攻撃をかわしていると、定家が無言でこちらに背を向けた。そのまま畳を歩いていくので慌てて呼び止めると、彼は半分だけ顔をこちらに向け、読めない表情で淡々と答えた。

「日が落ちれば暗くなる。燭台と火を用意する」

 そのままさっさと行ってしまったが、あの雰囲気はやっぱり気になる。独りにしておいても良いものか。いや、多分駄目だろう。

「孝己、俺定家と一緒に行くわ」

 その発言は予想できたらしい。彼はあっさりと頷いた。

「なら俺は周りの様子を探ってくる」

「危なくなったら」

「わかってるよ」

 かくして二人と一人で長い長い堂の左右へと別れることとなった。


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