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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第一章 兄とつむろぎと将軍
14/73

1-9

 その影まで見送ってから、声だけで孝己を呼んだ。顔を見たら、余計なことまで言いそうで怖かったから。

「実朝殿に、何が起きたんだ。これから、どうなる」

「簡単に言えば、彼の中から将軍を降りる、という選択肢を過去ごと消した。この先は、史実の通りだ」

 だから、彼の中から俺は、俺たちは消えたのか。その選択肢を知っているから。史実の流れへと戻された彼は、和歌集だけを残してそう遠くない未来に死んでしまう。あれだけ好きだと言っていた京を去り、和歌を歌い続ける日々を手放して。

 聞いてはいけない、聞いてはいけないと思いながら、耐えられなかった。

「……実朝殿は、あのまま将軍を降りることもできたのか」

 忘れてはいない。孝己は彼にこう言ったのだ。「それは、多分、優しい未来だ」と。

「将軍を降りた実朝殿は望み通りに京で歌を歌って穏やかに生涯を送る。そういう未来が、あのときあり得たのか」

 答えは、ない。

 言い募ろうとして、やめた。こいつを責めるのは、こいつの望みを非難することと同じだ。それに、俺だって実朝殿を説得した。例えわけがわからずしたことでも、足手まといになりたくない、という俺の望みを優先させたことに変わりはない。

黙り込んだ俺を見やって、孝己が軽く目を見張ったのを視界の隅にとらえた。はぁ、と大きなため息を一つつき、背中へと手を伸ばすと思い切り叩きやがった。

「いっ!!」

「何て顔してんの。終わったから、着替えて。帰るよ」

 そのまま衝立の向こう側へと消える彼を目で追いかけた後、いつの間にやら隣に並んでいる定家へと視線を向けた。

「……そんなに、変な顔しているのか?」

「さながら、そうとも知らず死地に赴く息子をそうと知りながら見送る親の如く」

 ひどく、納得した。

「それは……ひどい顔だな」

「左様。理解したなら早う着替えて参れ」

 定家に追いやられながら、そういえば、と問いかけた。

「定家、さっきまでどこにいたんだ」

 あの大変だった時に何故いなかった、という非難も若干込めてみる。すると彼は首を竦めた。

「家の外で待機しておった」

「は? 何で」

「孝己曰く、今回は我がいると歪みに悪い影響が出てますます面倒くさくなるから近寄るな、ということだ」

なるほど。確かに、もしあの場に定家もいたら、実朝殿は彼にすがっていたかもしれない。

今度こそ追い立てられて衝立の向こうで着替えて出ると、制服姿の孝己と和装の定家が並んで待っていた。今ではその光景がひどく、不思議に思える。

「慧一、手」

 促されて反射的に出した手を、彼の細い手が握る。反対側で定家とも― こちらは渋々、といった具合だが― 手を繋ぐと、彼は目を閉じて一言、述べた。

「― 閉じよ」

 途端自分の身体が弾かれるような感覚が押し寄せた。古びた柱や荒れた庭、着替えに用いた衝立、目の前のあらゆるものが全て急速に遠ざかっていき……やがて、ぽん、という軽い音と共に、俺たちは芝生の上へと投げ出された。

 茜色の空と白い建物が視界一面に広がっていた。その建物に見覚えがある、と思ったら、なんてことはない、自分の学校の校舎だった。……帰ってきた。理解するなり、飛び起きた。

「孝己!? 定家!?」

「……いる」

「同じく」

 握られた手に力がかけられ、その向こうで着物から伸びた骨ばった手がひらり、と振られる。

周りの風景をざっと見る。頭上のカーテンが踊る教室は、おそらく孝己と争って落ちかけた場所だ。二人そろって落ちた、という形になっているのだろうか。目立たないところで良かった。本当に良かった。腕時計を見る。向こうではほぼ一日経っていたのに、こちらの時間は落ちかけた辺りからさほど経っていない。帰ってきたのだ。元の、俺たちの世界の、同じ場所、同じ時間に。

「……なんかよくわからないけれど、良かった……」

 安堵の息をつきかけて、あれ、と思う。そういえば。

「定家、着替えなくて良かったのか」

 その格好で出歩いたら好奇の目に晒される上に、下手したら職質にかけられる。俺たちの格好が向こうでは奇異に映るのと同じように。だが、彼の応答で思い出す。

「こちらでの我はこやつらの父親だ。我を知らぬ者はそのように見るだろう。かつて主が見ていたようにな」

 それから彼は立ち上がり軽く裾を払うと、寝転がったままの〝息子〟を見下ろした。

「では、我は先に帰る。夕飯の希望はあるか」

「……佳乃が野菜炒め食べたいって言ってた」

「承知」

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