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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第一章 兄とつむろぎと将軍
11/73

1-6

「……本気、ですか」

 租借してその結果迎えるかもしれない未来を想像して、ようやく出せた声は掠れていた。

 もし譲位が本気なら、そしてこの展開が史実に沿っているものならば、彼の譲位は拒まれ彼の望みは挫かれる。挫かれたまま将軍職にあり続け、末に野心家の甥に殺されて生涯を終える。それは、それはあまりに虚しすぎるではないか。

 否定してくれという懇願さえ込めた問いに返ってきたのは、揺らがない瞳だった。

「本気だよ。譲位の旨を朝廷に告げて許してもらうために、今日は来たんだ。忍びのつもりだったんだけれど、京に来ることを知られてしまってね。追われていたのは、そのせい。何をしに来たかまでは知られていないだろうけれど、良からぬことを企んでいる程度には思われているだろうね」

「許されないとしたら?」

 手に汗がにじむ。みぞおちの辺りが痛む。言いようのない不安にかられて息が苦しい。

彼は確かに将軍には優しすぎる。先ほど自分自身が思ったことだ。色々な陰謀が渦巻く中でもがくように政治を行うよりも、貴族を真似て歌を詠み、定家に師事しながら歌の才能を伸ばして行く道の方が彼らしく生きることができるのだろう。できることなら望む道を行くことを応援したい。良いじゃないですか、と言いたい。

でもその道は、史実からは外れた道なのだ。決して叶わない望みなのだ。史実が歪んだりねじ曲がったりしない限り実現することはない。だから彼のその決断は、彼には向いているが……正しくない。

 顔が強張っているのが自分でもわかるのに、実朝殿は気づかない。気づかないまま、片目をつぶって見せた。

「実はね、すでに内々に許可はいただいているんだ。……院から」

 その時、衝立が勢いよく除けられた。

「慧一!」

 鋭い声と共に腕が引かれ、転がった俺の隣に紺色の衣が仁王立ちする。

「平気!?」

 険しい顔の孝己が、胸元で拳を作って実朝殿を睨みつけながら、声だけをこちらに寄越した。情けないことにその声を聞いただけで何だか安堵してしまう。先ほどまで感じていた言いようのない不安や気持ち悪さがあっという間に引いていく。一つ頷きながら問いかけた。

「ど、して、ここに」

「歪みの気配を感じた」

 簡潔に答えながらも、彼の険しい目は相変わらず目の前の将軍へと向けられている。実朝殿は突然の乱入者に中腰になりながら、警戒も露に孝己の視線を受け止めている。そしてやはり、声だけを俺の方に送ってきた。

「……慧一の知り合い?」

「はい、幼馴染です」

「そうか。……ずいぶんと物騒な幼馴染だね」

 どろり、と空気が動いた。泥沼に沈めてしまったかのように、身体が上手く動かない。その泥沼は、まるで実朝殿を中心にどんどんその深さを増していくかのようだった。濃く、深く、取り込んで、気がついたら自分もその沼の一部になっていそうな、ねっとりとした空気が漂っている。しかしその中で、拍手が軽やかに響いた。

「物騒なのはあなただろ、将軍源実朝。こんなばかでかい歪みを作って慧一まで取り込もうとして」

 孝己の声が涼やかに伸びる。胸元の〝護り葉〟が強い光を放って、辺りの空気を清澄なものへと変えていく。怪訝そうに眉をしかめる青年に向かって、彼は人差し指と中指を立てた右手を突き出した。

「その歪み、正させてもらうから」


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