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ID 1059-83152462158422 Yukimura Sanada.
Set…
Latitude:35.660678517911784
Longitude:139.69918727874756
Shibuya Tokyo JAPAN.
ID、名前、座標と地名が表示される。デジタル独特の緑色が暗闇に光る。その光で、男の顔が照らされた。行先に間違いはない。
「Yes.」
彼の発した声に、本人であることが認証される。機械的な無機質な女性の音声がカウントを始めた。
「Ready…3…2…1…Dive.」
直後。
ハッチが開き、男は両腕を広げて空へと身を委ねた。
目下に広がるは夜景。東京渋谷のネオンが、目を眩ませる。周りを見渡せば、六本木ヒルズ、東京タワーに東京都庁、東京スカイツリーも肉眼で確認できた。暗い森は代々木公園と新宿御苑だろうか。ぽっかりと開いた闇色の穴が、まるで地獄へと誘うかのように口を開けている。その真上であれば、闇に飲み込まれてしまいそうだった。
高度5,000メートルオーバーからのフリーフォール。夜空のスカイダイビングではない。実際、彼はパラシュートを背負っているわけではなく、グライダーで空を飛ぼうとしているわけでもない。ジャケット、シャツにデニムのパンツ。全身黒ずくめで、手にしているものは一本の日本刀。
落下速度も距離も、死は確実。目の前に迫っていたが、彼にとっては関係のないこと。夜でも人の往来の絶えない渋谷のセンター街へ彼は降り立った。音も衝撃もなく、その場で垂直に跳び、降りたかのように。誰ひとり、怪我もしていなければ、振り向きもしない。身長180センチ弱、引き締まった体はしなやかで、プロモデルと並べても引けをとらないだろう。しかし、存在自体しないかのように誰も気付かない。ぶつかることなく、正面から来た男も女も、人間はすっと抜けていく。
彼は人ではない、魂そのものだった。
見えるはずがないのだ。でなければ、運の悪い人間を巻き込んだ大事故である。人間で言えば霊体の彼に、力のある人間以外に、見る事もできなければ触れる事もできない。
ゆっくりと彼は振り向いた。その顔には、般若の面がつけられていた。万が一のマスクである。同時に路地から顔を覗かせたのは、恐竜・ティラノサウルスの形をし、タール色のジェルがどろりと溶けたような半透明の怪物。当然、人間には見えていない。誰も気づきはしない理の不具合。そのため、踏まれても人間には害はない。今のところは。
男は手にした刀を構えた。鞘に使われた漆の黒がぬらりと光り、ネオンの色を滲ませる。彼が生前から手にしていた徳川家康の恐れた妖刀・村正。使い慣れた得物である。
不具合が、大きな口を開けて鳴いた。耳を劈くような不快な声だ。力のある人間であれば、耳鳴りくらいにはなろう。
「よく溜めこんだものだ……」
理性も何もない不具合は、男へ向かって全体重を使い、突進してきた。体重を乗せるためにゆっくりと動き出す体を見ていられるほどの余裕が、この男にはあった。相手が向かってくるなら、ただ待てば良い。大きく開けた口から覗く牙を避け、続く斬撃に不具合の首は落ちた。地へ染み込むようにどろりと溶けて消えた先に、クリーム色で七色に煌めく石が一つ。掌ほどの石は水晶の原石のような形をして、四方八方へと柱が伸びている。拾い上げると、見た目に反して、ずっしりと重かった。着けていた面を、額へと押し上げながら原石を色んな角度から観察する。
「100時間……少し足りないくらいか」
これは真理の石と呼ばれているもので、この世界を形成しているひとつだ。
「これじゃ、生身の悪意から精製した方が早いんじゃないの? 幸村様なら簡単でしょ?」
幸村と呼ばれた男の影から、飄々とした男が現れた。言動は無邪気な子供のようだ。外見も言動と同じく派手な格好をしている。長い癖のある金髪をポニーテールに縛り上げ、左目を眼帯で覆っていた。その眼帯からは、大きな一本の傷跡が隠しきれずに見えている。黒のデニムにショッキングピンクのフードつきパーカー、臙脂のレザージャケットにワークブーツとラフな格好であるが、選んだ組み合わせが派手である。
「手荒いな。だが、佐助の言うとおり、その方が早そうだ」
この街には、生きた悪意の方が強く感じられた。
胸ポケットから携帯端末を取り出すと、タッチパネルを操作し、画面からは魔法陣を浮き上がらせる。そこへと原石を置くと、魔法陣と共にテレビ画面をオフにしたかのように消えた。画面には「98.7h」と表示されている。彼の予想通りだった。
携帯端末の画面を操作して浮き上がる『Calling』と表示され浮き上がる文字を見詰めた。何度目かのコールの後、回線が繋がると『Calling』の文字は消え、一人の女性が小さく映し出された。同時に佐助と呼ばれた派手な男は影に消えた。
「ご苦労、真田幸村」
始めの言葉は、男を労う言葉だった。
「ありがとうございます、アルバトーレ少将」
幸村は、敬礼をする。
「訓練生でも良かったが、丁度お前が降りる座標の下に居たのでな。手間を取らせた」
「あれくらい、面倒とも思いませんよ」
互いに口元に笑みを滲ませた。二人は上司と部下であったが、フランクな関係だった。上司のアルバトーレが、厳しい上下関係を嫌っていることと、出生のことも関係していた。彼女曰く、何でも楽しく話せる間柄である方が仕事を進めやすいのだとか。そのように言うだけあって、隊の編成や仕事の相棒の組み合わせはハズレがないし、見つけるのも上手い。極稀に、コロコロと入れ替えられる者が中には居るが、組み合わせる能力ではなく、性格などのちょっとした相性が悪い場合があるのは、仕方のないことにしておく。
幸村は、内ポケットより鈍色の懐中時計を取り出すと、時間を確認した。明治を思わせるアンティーク時計。文字は数字ではなく漢字。そして、文字盤の向こうに同じ色の歯車が動いていた。
現在、午後8時40分56秒。秒針が十二を指したとき、彼の任務が開始された。本来の時間より19分も早い展開である。
「時刻二○四一、これよりジャンヌ=ダルクの捜索を開始します」
「うん、期待している」
映像に映るアルバトーレは満面の笑みをたたえていた。向こう側の笑みに、幸村は肩を落として苦笑を滲ませる。
「期待せずお待ちいただければ、私の荷も軽くなりますが……」
「そう言うな。伊達と共に上手くやってくれると信じているよ」
その言葉を最後に、回線は切れた。
『伊達』―――― その名に、幸村は大きな溜息を吐いた。相棒は嫌いではない、相性も良い。昔からの知り合いでもある。腐れ縁であるからこその溜息だった。
携帯端末を操作し、座標を表示させる。それは地図上の座標ではない、異世と現世の座標。
幸村の手にする携帯端末は、見た目こそ人間の扱うスマートフォンそのものであるが、れっきとした魔法道具である。これには通話するための術式は勿論、転送、録音、あらゆる術式を記憶しておくことができる。魔法が使えないものにとっては必需品であるが、魔術師からすればパソコンのショートカットキーのようなものだ。あれば便利であるから持っていると言っても過言ではない。
彼は気配を消し、歩きながら座標を現世に合わせる。途端に、人々の目が彼に集中した。
「今日中に伊達と合流します?」
後ろから合流するように、先程一瞬だけ顔を見せた佐助が姿を現した。
「いや、明日で良い。気になることがあるらしいが……今日は、もう面倒だ」
「さっき任務開始するって言ったばっかじゃん! まぁ、良いけど」
思わずつっこみたくなるのもわからなくもないが、生前からの付き合いである。そこは、大げさに反応するも、いつもの事だったと思えばそれまでだった、
「じゃ、『家』に帰りますか。今からだと簡単なものしか作れないけど、夕食用意します」
「買って帰っても良いのだが?」
「アンタ、底なしに食べるから駄目」
「…………すまん」
佐助の言っていることに、何も言えなくなり幸村は小さく謝ることしかできなかった。
二人の姿が、駅へと向かって人ごみへと紛れて消えていく。
彼らの仕事が始まった。