恋愛1:終章
「それで、どうだったリチャード」
「ええ、たんまり頂いてきましたよ」
ソファに深く腰掛けたクロは、穏やかな物腰で佇むリチャードを前に太い笑みをこぼした。
「今回はどれくらい搾取できた?」
「ノルマの倍はあるかと。よほど彼《神谷陽》の記憶には、私が印象的に残ったのでしょうね」
全盲の魔法使いは、クロを前に同様の笑みを浮かべる。
「おいしい仕事でしたよ、たった4回の通常魔法行使でこれだけの《記憶》を手に入れることができたのですから」
「その件に関してなんだけどな」
クロは先ほどまでの笑みを消すと、鋭い視線でリチャードを射抜く。
「魔法の馬車も問題ねぇし、クライアントとどれだけ念話を使って貰っても構わねぇ。それは《手段の手段》の域を出てねぇからな」
けどな、とクロは声を潜める。
「いくらクライアントの告白大作戦を成功させたいからってよぉ。あのにーちゃんに《聴力》と《言葉》を与えた件、それから魔法で警備員2人を昏睡させた件についちゃあ、ちとヤリ過ぎじゃねぇのか? ん?」
クロはガシガシと乱暴に頭を掻く。
「それからお前、あの《宮谷志穂》ってねーちゃんにも魔法かけただろ。にーちゃんが告白する瞬間に、ねーちゃんにも数秒だけ《聴力》を与えただろ」
「ええ、与えましたが?」
「何が通常魔法だ、立派な大魔法じゃねぇか。クライアントを含めた2人に《聴力》を与えた件、それから警備員の件は明らかに《手段の手段》を逸脱してる。あれじゃ立派な《手段》だ」
リチャードはクロの言葉を前にして、黙って穏やかな笑顔を浮かべているだけだ。
その両者のやり取りに、傍から眺めていたシロが介入する。
「私たち魔法使い派遣会社は慈善企業じゃないんだよ。クライアントに魔法の力を貸す代わりに、私たちは代価としてクライアントから《魔法使いと過ごした記憶》を貰う。いわば立派なビジネスなの」
「なぁリチャードさんよぉ、アンタは優秀な魔法使いだ。俺たちが直々に育てただけのことはある。けどよぉ……」
クロは目を細め、ドス黒く言葉を響かせる。
「こういったビジネスに私情を持ち込むのはいかがなもんかなぁ? 同じ身体障害者同士で情が移りやすいのも分かるけどよぉ?」
「……」
沈黙が3者を取り巻いた。時間にしておよそ数秒くらいだが、その沈黙はあまりに深い。
その重たい空気を作り出した張本人であるクロは、誰より早くニカッと元気な笑みに切り替えた。
「まぁいーや。お代はたんまりゲットできたみたいだしな、お前を召喚しちまった俺の責任もある。よってこの件は不問だ、以上、帰って良し」
「でもリチャード、ゆめ忘れないでよ。私たち魔法使いが欲しいのは、クライアントの《魔法使いと過ごした記憶》。それから会社のモットーとして、あくまで魔法は《手段の手段》だってこと」
「はい、以後気を付けます」
リチャードはその場で深く、深くお辞儀をすると、虚空へと姿を消した。
二人だけとなった事務所に、穏やかな少女の声が響く。
「リチャードさんもお人良しだよね、任務を完了した時点でさっさと《記憶》を奪っちゃえばいいのに、クライアントのワガママに付き合って《記憶》を貰うのを一日遅らせるなんて」
ちっ、とクロが短い舌打ちをする。
「あのにーちゃん、『明日の朝のHRが終わるまで、記憶を奪うのは待ってほしい』とかほざいてたか? 冗談じゃねぇ、こちとら商売で魔法使いをレンタルしてるんだ。空港までにーちゃんを送り届けた時点で記憶を奪ってりゃ、ノルマの3倍は手に入ったぜ。一日も経てば、魔法使いとの記憶は十二分に薄れちまう。実際にノルマの2倍程度にまで落ちぶれちまった」
「でも、リチャードはその申し出を快諾しちゃったけどね」
「やっぱアイツを召喚すべきじゃなかったかもな。客との相性が悪い意味で良すぎた」
「流石クロくん。毎回クライアントにピッタリな魔法使いを用意するね」
「うるせー」
コンコン、コンコン。
事務所のドアが、新たなクライアントの訪れを響かせる。
*
『魔法の力、お貸しします』
この世の中には困難が満ちています。
それは恋愛だとか、家族だとか、友情だとか、とにかくいろんなことに言えることで。 目標があって頑張ってても、その困難が立ちはだかって諦めてしまいそうになる。
そんな時は私たち、魔法使い派遣会社≪コマーシム≫をお尋ねください。
きっと、あなたのお力になりますから。
え? お代?
いえいえ、お金なんて取りませんよ。そんな紙切れ、私たち魔法使いからしてみれば何の価値もありませんから。
私どもは魔法をお貸しする代わりに、クライアント様から《記憶》をいただきます。
魔法使いと過ごした《記憶》であります。
妖怪が人間の《存在するという記憶》から生み出されるように、私たち魔法使いはアナタ方人間の《記憶》が無ければ存在を維持できない難儀な生き物なのです。
どうです、魔法の対価としては、お安い物でしょう?
≪恋愛1≫、終了です。いかがでしたでしょうか。
次のテーマは≪家族≫です。