プロローグ
短編集です、各短編ごとテーマを決めてあります。
まずは、≪恋愛1≫から。お時間よろしければどうぞ。
高校2年生の初夏、僕は『ヘッドホン娘』に一目惚れをした。
相手は僕のクラスメート。名前は宮谷志穂。歩くウワサ生成機とでも言おうか、とにかく話題の尽きない女の子だった。
季節外れの転校生として僕のクラスに来た彼女は、父親の転勤で何処か遠い街から越してきたらしい。
彼女は何でも出来た。転校早々に行われた考査では2位と圧倒的な点差を広げての1位を獲得し、助っ人部員として入部した女子テニス部ではシングル全国出場を果たした。
それに加えてのモデル顔負けのスタイルに、時間を忘れて見とれてしまいそうなほどの整った顔立ち。文武両道、才色兼備の完璧超人と呼ぶにふさわしい女の子だった。
ただそんな彼女の唯一の弱点と称されているのが――――彼女愛用の『ヘッドホン』。
彼女はいつだってヘッドホンをしている。登校中だって、授業中だって、お昼休みだって、放課後だって、部活中だって、果てには試験中だって。まるで『体の一部です』といわんばかりに、ずっとそのゴツいヘッドホンを被っている。その執念たるや試験監督の教師と真っ向対立するくらい。これで教師の方が折れて、彼女だけはヘッドホンを付けて良しという許可が降りてしまうのだから驚きだ。
ヘッドホン娘の彼女はクラス一の人気者だ。引く手あまたで、慕う者、憧れる者、恋する者が集い、彼女の周りにはいつも人だかりができていた。彼女と少しでも多くの時間を共有しようと、皆なりふり構わず躍起になっていた感じ。
僕はそんな連中と同じ、彼女に憧れ、恋い焦がれる者の一人だったけど。
でも、その人だかりの中に僕の姿があったことは一度たりとて無い。
才能に恵まれ、誰からも慕われ、まるで神様のご加護を一心に受けたかのような存在である彼女が、他のクラスメートとの談笑で笑顔をこぼしている様子を、僕はいつだって傍観者の如くただ遠巻きに眺めているだけだった。本当はお近づきになりたくてウズウズしていたのに。
彼女と近づいて、仲良くなりたかった。
それこそクラスメートであるという特権を使って、他のクラスからハイエナの如くやってくる男子生徒どもを押しのけて、事務的ながらもある程度のやり取りをすることはできただろう。同情からお食事をご一緒するくらいなら期待できたかもしれない。それでも僕には彼女が眩しすぎて、その前に立つ自分という存在があまりにも惨めで、どうしても彼女に近づくことができなかった。
結果、明日から夏休みである今日という日まで、宮谷志穂という少女とは一度も接することは無かった。
でも、それは仕方のないことだと思う。
だって彼女は音を愛する『ヘッドホン娘』で。
だって僕は――――『聴覚障害者』だから。