表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴く翔べ  作者: 風雷
99/115

第八章「アルンを殺せ」(4)

 ユマは予期せぬ尾行に気づくほど勘の良い男ではない。

 故に突然彼が立ち止まったのは別の理由からだった。


(ふざけた街だ)


 淡い怒りを覚えた――というのも、狭い路地に入った途端に三人の男と出くわしたからだ。いずれも見た事のある顔だと思ったが、すぐに誰であるのかわかった。


「よお、昨日はやってくれたな」


 言われずとも、昨日チタータ達を襲っていた男たちで違いない。ユマがよく憶えているのは火術を扱う男だったが、彼の姿は見えない。見よう見まねとはいえ弩発を食らったのだから二、三日は立てないだろう――とたかを括ったところにユマの弱さがあった。

 ほんの微かに――ユマは背後の熱気を感じ取った。咄嗟に身を反らせたユマの眼前を小さな火球が横切った。


「あっつッ――!!」


 問答無用。背後からの奇襲である。この街の若者は決闘遊びにかまけているというのがユマの認識だったが、もはやただの治安崩壊にしか思えない。


「死ね、侵略者に味方するクズ虫め! ティエレンのためにも、死ね!」


 笑いがこみあげてきそうな台詞を吟味している場合ではない。ユマは既に選択を突きつけられている。戦うか、逃げるか。とはいえ既に前後を囲まれている。


(突破するか?)


 ユマは――恐らく他の者達には見えないであろう――宙を漂う風精を数えながら、クゥから見て盗んだ空術の原理を思い出していた。

 「風と火の術」とはクゥをよく知らぬ者達が彼女の編み出した新たな術体系を呼称したものであるが、前にも述べた通り、実態は違う。

 空術の一つである弩発は圧縮した空気を敵に打ち込む術であり、そこに熱を操る火術の要素は存在しない。圧縮という形を変える力は金術の領域であり、それを発して相手を貫くのは雷術である。そして全ての術体系の基礎である風術がそれらをまとめる。つまり空術は「風と火の術」ではなく、「風と雷と金の術」と呼ぶのが正しい。ちなみにシャナアークスが得意とする火尖は火術と雷術の混合である。弩発は雷金風の術をほぼ等しく操るのに対し、火尖は九割以上は火術に頼り雷術は補助でしかないところが、前者が空術と新たに分類される所以である。

 複数の術を同時に均しく操るのは、やはり相当な難事である。ユマが気にしたのは、空術でもって眼前の不良どもに相対すると、上手く加減ができずに相手を殺しかねないということだ。より殺傷力の高い火尖などはもっての他だ。実際、昨日は緊急時とはいえ弩発でもって彼らの一人を打ち破ったが、その威力はユマの予想を超えていた。他の術士とは異質の力を自覚するユマだが、何の訓練も無しにそれを操れるという思い上がりは早々と打ち砕かれた。


「侵略者だぁ? お前ら、俺がいなかったらあの女に何をするつもりだったんだ? え? 答えて見ろよ」


 ユマは、口調とは裏腹にいたって冷静である。時間稼ぎになれば何を言ってもいい気分だったが、喧嘩というものは一度始まってしまえば激流のようにただ過ぎ去るのみである。

 聞く耳持たぬとでもいうように、今度は前の三人が得物を手にして襲い掛かってくる。これにはユマも流石に粟立った。そしてそうなった自分自身を鑑みた結果が、次の行動を決した。


(よし、逃げよう)


 不良たちの誰にも重大な傷を負わせずに彼らを制圧するのは無理と判断したのだ。今なら守るべき者もいない。ただ逃げれば良い――と。そして決断した後、彼らを叩き伏せる選択肢を残そうとしていた自分に気づき、えも知れぬ敗北感が全身を覆った。

 逃げるといっても、既に囲まれている。前後のどちらかを突破するのは、殺人の危険を伴う程度には緊迫した状況である。数瞬の間にユマが脱出の方向を決断できたのは、シャナアークスやクゥとの死闘が彼の中で経験として生きている証左でもある。

 ユマは自身の中に膨れ上がる奇妙な感覚に気づいていた。それはオロの術体系に対する挑戦とも言え、あるいはただの好奇心の爆発とも言えるような熱気であった。


(金ッ!)


 自らの体表付近や地面に漂う金色の精霊に、ユマは心の中で語りかける。


(雷ィッ!)


 次いで、空気中に漂う明緑色の精霊を呼ぶ。何故、そう呼ぶべきなのか、ユマにはわからない。特に意味はない――と自分でも思った。単に呼びやすいからそう呼んだ。

 一呼吸というにはあまりにも短い一瞬に、ありったけの空気を吸い込む。同時に、ユマは自分の内に取り込まれた雷精が、体の芯を伝って足底に集まるのを感じた。いや、恐らく集めたのである。体の内に精霊を取り込む手法はシャナアークスの術法を実際に観ている。ただし、ユマが集めた精霊は、足底に至って再び体表の外に出た。シャナアークスが見れば驚くだろうか。ユマはこれが高等な術法かどうかすら判断がつかない。


「風ゥッ!」


 唇を弾くように息を吐いた。同時に、足底に集まっていた精霊もまた一気に弾けた。


「ひゃあぁ――!?」


 驚きのあまり悲鳴にも似た声を発したのは、術を披露したユマ自身だった。

 ユマは弩発の要領で圧縮した風精を、雷術で一点集束し、足底から撃ち出した。風精で方向を調整するつもりだったが、それが思ったより遥かに難事であった。

 何をしようとしたのか。


――ぶ。


 である。

 鳥のようにではない。蚤のようにである。

 もしもこの場にシャナアークスがいたとすれば大笑いしながら「発想だけは悪くない」とでも言っただろうか。空術の第一人者であるクゥが見たならどうだろう。彼女の他に唯一空術を扱う――あるいは弟子とでも言うべきユマの失態をどう受け取っただろうか。

 とにかく、最も挑戦的な選択肢を取ったユマの脳内は一瞬で大混乱に陥った。

 あっけに取られた不良どもの顔がみるみる遠ざかる。凄まじい速度で付近の家々の屋根が視界に入る。ゆうに二十メートルほどは飛んでいるのではないか。


(ウッソだろ!? こんなに飛ぶのか? どうする――着地!!)


 またもや加減を誤ったことを悔いる間もなく、次の選択を強いられる。着地に失敗すれば骨折程度では済まない。

 一瞬、体全体があらゆる力から解放された。浮いた――と感じたのもつかの間、上昇時ほどの速度ではないが、今度は重力をありありと感じるほどに体が地面へと引っ張られる。


(もう一度――)


 ユマは、今度こそはこの滅茶苦茶な魔術を成功させねばならなかった。もう一度足底に精霊を集め、着地時の衝撃を緩衝する。斜めに飛んでしまったが故に、飛んだ時点で不良たちからかなり離れている。着地に成功しさえすれば、まず彼らを撒けるだろう。

 先は金術、雷術、風術の順で発動したが、ユマは少し順序を変えた。まずは雷精を取り込み、風精を整えながら金術で圧縮する。この時のユマの一瞬の間の思考は――直感と言った方が正しいだろうが――風術の真価は異質な術体系同士の結合にあるのではないか――というものであった。

 とにかく、今度こそはユマの試みは成功した。

 民家の屋根に着地した途端、ユマの体が真横に半回転した。咄嗟に体を曲げて衝撃を急襲しようとしたのは、あるいは五点着地にも似た要領だっただろう。ただしユマの体はそれほど器用でも頑丈でもなく、咄嗟に体表の風精を操って――いわば滑った。そのまま転げ落ちそうになったが、ユマはどうにか屋根にしがみついた。屋根には大きな音には見合わぬ程度に小さな穴が開いた。

 少しの間、息を切らしていたが、すぐに己の無様さが笑えてきた。


「ははっ! バッカみたいだ――」


 ユマは、心の何処かにあった「自分は魔術の天才ではないか」という自惚れが崩れゆく音を聞いた。しかしそれは爽快ですらあった。


「痛ッ!」


 突如として鋭い痛みがこめかみに走った。着地の時に打ったのだろうか。触ると血がにじんでいた。


(いや、あの野郎か)


 先の、背後からの火術がかすったのだろう。じりじりと熱い。髪が焼けていれば大怪我に至ったかもしれないが、不意打ちを食らってこの程度の負傷で済んだのは僥倖だろう。


「ユマよ、思いあがるなよ……」


 あるいは、アルンなど怖くも何ともない――などといきがる自分自身を戒めるかのような呟きであった。

 ふと、眼下で動く人影を捉えた。

 あの不良どもめ、意外と足が速い――と舌打ちしながら、身を伏せたが、ユマが視認したのは別の人物であった。


(ナンナ……とか言ったか?)


 一人の少女が、キョロキョロとあたりを見回していた。何かを探しているようである。ユマは最初それが自分であると思っていたが、違った。ナンナは何かを探し当てたようで、路地の奥に消えて行った。


「さて、こりゃ迷うぞ」


 ユマはまたひとりごちた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ