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貴く翔べ  作者: 風雷
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第八章「アルンを殺せ」(2)

 ユマがルガ達の隠れ家から去った後、彼らは今しがたの不思議な男が仲間にするに足る器であるかどうか、話し合っていた。

 ユマ(ユーユ)を最も好意的に評価したのは彼と将棋を打ったルガである。


「躊躇が最も人を殺すことをよくわきまえている」


 ルガのユーユ評は短いが、実に元傭兵らしい。


「奴の将棋の指し方を見て言っているのだろうが、あれほど危うい采配も無いぞ」


 仲間の一人が切って捨てる。


「……しかし源五だ」


 そう呟いたルガの真意を汲んだ者はひとりとしていなかった。

 ユーユの采配の危うさは否定のしようがない。ルガはユーユの予想外の反抗を誉めたくもあるが、戦術は勢い任せで拙さばかりが目立った。だが、直にユーユと対戦したルガは盤面には現れない相手の変化を読み取っていた。

 確かに、一見ユーユという男は軽い。だが彼と目が合うたびに、男の眼光に深い澄みが満ちて行くのが、ルガには何故かたまらなく悲しかった。そしてそれは同時に優しくもあった。父が遠くから我が子を見つめるような、そんな視線である。あるいは、一個の人間が同等と呼ぶべき存在に向かってこのような視線を投げかけることは、それこそ傲慢だろう。だが、ユーユという男が表面に抱え込む危うさが、彼自身の孤独をさらに悲しく彩っていた。


(独りだ……)


 そうであることに違和感が無いということが、ルガがユーユと名乗る男に瞠目する理由の一つであった。

 何かを気負っている。それでいて実に孤独であるということは、この男が負う責任の重さが尋常ではないことを意味している。世間知らずの跳ねっ返りが、衆目の前で天に唾してみせるような薄っぺらな孤独ではない。永遠にふさぎ込むような、それでいて誰にも気づかれぬほどに静かな力みである。言ってしまえば――凄まじく陳腐だが――何の見返りも無い愛のようなものを、ルガは感じ取ったのである。少なくともルガはこれまでの人生体験からユマをそう評価した。


(どこかの貴族? 族長? あるいは――王?)


 そんな男がどうしてティエレンに落ちて来たのか――などといらぬ想像を働かせてみようという遊び心が芽生えぬ間に、ルガの脳裏に一人の男の名が浮かび上がった。


「いや、まさか――」


 何か言いかけたルガに周囲が注目した瞬間、何者かが部屋の扉を開いた。

 ほんのひと呼吸の間、部屋内は沈黙で満たされた。

 何故その者がここにいるのか、どうやってこの場所を知ったのか、見張りはどうしたのか――あらゆる疑念が一瞬で最悪の結論にたどり着いた。

 深く青い髪、猫背であることは脇においても随分と小さな背丈、睨め上げるように引きつった目――その者の風貌を、この場の誰もが知っていた。


「アルンッ――!」


 最初に飛び出したのは、思考にふけっていてこの場の誰よりも隙を突かれたに違いないはずのルガだった。

 屋内であることなど気にも留めず、ただ眼前の怨敵にぶつけるためだけに両手から火術を繰り出したルガの肉体が、一瞬の間に壁に叩きつけられた。


(今までのアルンではない)


 そう思ったのはルガだけではなかっただろう。何せ、アルンとは何度も決闘を行い、勝ちとも負けとも言えぬような争いに身を投じてきたのだ。


「思ったよりも危険な男だ、お前は――」


 少し高い声である。アルンの声は、聴く人に威厳よりも狂気を感じさせた。それもそのはず――ルガほどの巨漢を反対側の壁まで殴り飛ばしたのだ。単純に筋力を増す術法は、いつかのシャナアークスのように火術士に多く見られるが、ルガ達が知るアルンは火術士ではなく、雷術を得意としていた。火術は熱や勢いを司るが、雷術は電気や鋭さを司る。早い話、人が雷術でもって誰かを殴り飛ばしたなら、体に大穴が空いていないとおかしいのである。もっとも、それほど強力な雷術をアルンが会得していたなら、彼は街のごろつきの統領としてではなく、殺戮者として名を馳せていたことだろう。

 ルガは先程の一撃で既に沈黙していた。仲間内で最も腕の立つ者がほんの一瞬でのされたのだ。他の者達の混乱は推して知るべきだろう。

 その場の全ての仲間がアルンによって打ち倒されるまで一分とかからなかった。およそ抵抗と呼べるだけのものは一切起こらなかった。いや、起こしても形になる前に潰されたと言った方が正しい。彼らの全ては凄まじい膂力で殴り倒されるか、投げ倒された。

 アジトは半壊した。最初にそこへ駆け付けた者が、攻城器でも打ち込まれたのかと勘違いするほどに――



 ユマはじっと男の話を聴きながら、途中何度も首を傾げた。


「裏切り者がいる」


 最後に男が漏らした言葉を、ユマは危うく聞き流すところだった。


(いるか? いや、いない。いや、やはりいる?)


 いるとしたら誰か――と考え始めたところで、最もそれに相応しい人物がこの場に一人いることに気づいた。


(あ、俺か)


 ふっ――と笑いが漏れたのは、余裕の表れなのだろうか。そもそも身分を偽ってこの場にいる以上、どのような嫌疑をかけられても仕方がない――などと自らを嘲る気分が無いでもなかった。


「昨晩のアルンはこれまでとは明らかに違った。誰かから新たな魔術を習ったに違いない。パソォが怪しい」


 理由を挙げることもせずに、男はまくし立てた。恐らく、ガオリの一風変わった術体系のことを言っているのだろう。


「裏切り者探しなんて、やめときな」


 先程とは違って抑揚のない声でチタータが言った。ユマは頷いたが、同時に自分が何故この場に連れてこられたのか、邪推した。


(監視されているのか?)


 男はパソォが怪しいと言った。確かにそうだろう。ユマが敵に内通しているわけはないから、その場にいなかったパソォか、チタータが裏切っている可能性は否定できない。他にも尾行されていた可能性も小さくはない。

 だが逆に、パソォとユマは襲撃を免れただけという見方もできる。ルガをはじめ主だった武闘派が一夜にして壊滅したのである。新戦力として期待されていたユマと、既存の戦力であるパソォ――ユマ自身は彼が子どもじみた決闘にうつつを抜かすとは到底思えないが――をどうやって敵の魔の手から守るかというのは、残された者達の最も案ずるところだろう。


「パソォとは連絡が取れないのか?」


 ユマが訊くと、チタータが首を振る。これが擬態であり、パソォをうまく隠した上でユマを監視するのであれば、一応筋が通らなくもない。


(いや、ルガを危険に晒している)


 ルガは死んだわけではない。怪我が治ればまた古参のローファン系移民を守るために立ち上がるだろう。この男を裏切り者と一つ所に置くのは愚策としか言えない。となるとやはり先の男が言った通りだろうか。


「ルガは生きている」


 ふと、思考が口をついて出た。フェペス復興を目論む(らしい)アルンがこれまでより強大な魔術を手にしたのなら、何故ルガを殺さなかったのだろう。他の者達も、重傷の者もいるが、二日三日の静養で歩ける程度の負傷で済んだ者も少なくない。

 妙なことを口走ったユマを、チタータがじっと見ている。


「いや、何でもない」


 嫌な予感がする。アルンについて聞いた情報は全て彼を小物と断じてよい程度のものだった。だが、現状は彼の背後に気味の悪い影が見える。それは王都でユマを散々に苦しめたものと同類に見えた。

 ユマとしては、なるべくこの争いに武ばった介入をしたくはない。領主として何か行うにしても、現状ではあまりにも準備が足りない。せめてルガが無事であるか、あるいは回復が早ければこの場を去ることもできたのである。

 おや――と、ユマは眉を上げた。何故今頃になってこれに気づくのだろう。


「医者はいないのか? 術士の方だ」


 ユマ自身、ファルケ・ファルケオロというオロ王国最高峰の医術士の世話になったが、彼女ほどに優秀でなくとも、ルガを診てくれる術士がひとりくらいはいてもいいだろう。


「全く何処の貴族様だい? そんなもの、ティエレン中を探してもいやしないよ」


 チタータの返答は冷たかった。


「いや、いるだろう。領主なら一人くらい抱えててもおかしくはない」


 勿論、ユマは自分と同道してティエレンに入った中に医術士が二人いることを知っている。


「だから、何処の領主様がチンピラの喧嘩の後始末をしようってんだい?」


 ここにいる――とユマはまたもや自分の浅はかさを笑わねばならなかった。


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