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貴く翔べ  作者: 風雷
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第七章「決闘の街」(14)

「何を見た――とは?」


 ユマが問い返すと、パソォの瞳が怪しく光った。


「言葉通りの意味です。先の四風将棋、我々は盤面に展開する駒だけを見ていましたが、あなたは違った。もっと別のことを考えながら――いや、ルガではなく別の何かと打っているように見えたとでも申しましょうか」

「別の何かか……」


 ユマはちらりとチタータの方を見た。するとチタータはまるで心得たように「今夜は月が綺麗だねぇ」などと言いながら立ち止まり、夜空を見上げた。その間、ユマとパソォだけが彼女から離れて並び歩く格好となった。


「あの娘は賢い。それに口も堅いですよ」


 パソォには、ユマがチタータに話したくないことがあるように見えたようだ。彼はユマの懸念を取り越し苦労だと笑った。


「彼女にとっては多分退屈な話だ」

「私にとってはそうでもないようです」

「買いかぶられても困る」


 ユマの苦笑に、パソォは付き合わない。彼は本当に好奇心から訊いているようである。


「あれには違和感がある」

「あれ――とは?」


 ユマはパソォの問いに一呼吸置いたあと、答えた。


「四風将棋」


 パソォの驚く顔を予想していたユマだったが、彼がさもありなんとでもいうように頷いたのは意外だった。


「違和感とは?」

「ルールが整備しきれていない。多分だけど……」

「具体的には?」

「火風が強すぎる。あれを取れる駒はあってもいいだろう。いや、あるべきだ。例えば風風より弱いが火風だけは取れる駒、あるいは土風に弱く火風に強い駒が――」

「それは――」


 パソォは次の言葉を濁した。ユマの言うことに驚いたというよりは、何か思い当たり、それを言葉にするためにもごもごと口を動かしているようである。


「……五捷ごしょうというものがあります」

「何だ、そういう将棋があるのか?」

「いえ、将棋ではなく、占いです。南方のガオリ地方には、ペイルやオロとは一風違った思想体系があります。占術においてそれは顕著です」


 ユマは答えずに目でパソォに続きを促す。


「オロやペイルの術体系には風術の上に火、金、雷、土の四風術があります。これはガオリ以南の諸部族においても同じですが、徴風ちょうふうがこれに加えられます」

「水――じゃあないのか?」

「水ですか? 金術が液体を操ることがありますが――」


 パソォはユマが突然確信めいた声色で(文字通り)水を差してきたことに驚いた。


「ああ、そうなのか。悪かった。続けてくれ」

「徴風は全ての四風の上位に置かれます。ガオリは広く、部族によっては四風とは完全に独立して別の呪術体系を持っているものもあります」

「それで、その徴風というのはどういうものなんだ?」

「全ての四風は風精を基点とした応用に過ぎませんが、徴風は源精を基点とします。その名の通り、しるしを司るのです。徴とは言葉であり、しかも未来と現在をつなぐ言葉です」

「予言か」

「少し違いますが、それに近いでしょう」

「今気づいたが――パソォさん、あなたはガオリの人でしょう?」

「はは、田舎者ですよ」


 ユマはふと、ローファン伯の娘アカアのことを思い出した。


――ユマ先生は、面白いうたい方をされますね。


 出会ったばかりの頃、彼女はユマにこう言った。今、恐らく同じものをユマはパソォに感じている。彼の話し方は抑揚が少なく、音がなだらかである。とはいえ同じ南方出身のガオリ侯とは似ていない。ガオリ侯の「謡い方」は王都リヴォンの市民たちと全く変わらず、むしろローファン伯やアカアの方に「なまり」を感じるほどだった。あるいは目まぐるしい出世に伴い、方言の矯正でもしたのだろうか。

 とにかく、ユマにとってパソォの謡い方は独特なのである。無論、ユマが彼と会った時に感じた違和感はそれだけではない。


「どうだろう? ここはひとつ、その徴風とやらを見せてくれないか?」

「いけませんよ。徴術は危険です。下手をすると命に関わりますから」

「予言がそんなに危険なのか?」

「ですから、予言ではありません。まあ、次の機会にでもお話しましょう。ほら、もう着きましたよ」


 いつの間にやら、チタータの家の前にいた。女は痺れを切らしたのか、扉の前で腕を組んでいる。


「悪いが、あまり長居をするつもりはない」

「良いのです、ユーユ殿。いくつもの短い経験が、今のあなたには必要なのです」

「それが徴術よげんなのか?」


 ユマが笑うと、パソォは困ったような顔をした。


(俺に興味津々だ)


 まるで女に惚れられたような気分である。だが、興味が尽きないのはユマから見たパソォもそうだろう。

 例えばルガは確かに魅力的な人物である。だが、ユマの興味は彼には向かない。パソォにはルガほどに人格の厚みを感じないが、それだけにかえって彼には不思議だけがある。


「また、お会いしましょう」


 ユマは振り返り、去りゆく男を見送った。生暖かい風を顔にかぶった時、何か予感のようなものを感じた。何処かから来て、何処かへと行く――漠然としていて、そして当然極まりない予感。ジェヴェにも同じようなことを言われたが、パソォの言葉は彼ほどにはユマの精神を束縛しない。


「不思議な夜だ」


 呟きが心から漏れた。まるでそれを聞いていなかったとでも主張するように、チタータが家の扉を開けた。


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