第六章「鉄の荊」(5)
埃が層を成すほどに長らく死んだままの家で、ウォレス・ローファンは魂の抜けたようなティエリア・ザリを思うがままに玩弄した。
女は一切の抵抗を諦めていた。それが人形のようで癇に障った男は、より暴力的になった。やがて、白薔薇の貴婦人が泣き叫ぶようになると、ようやく満足したように口を開いた。
「白薔薇のティエリア。君は、貧民街の売女でさえも相手にしないような、下品な女さ。さあ、いつものように、君なりに上品に、その薄汚れた股を開いてみせたまえ」
最初は抵抗していたティエリア・ザリも、今は従順になった。一度などは睨み返しただけで裸のまま嵐の中に放り出されたこともあった。女が逃げようとすると、男は駆け寄って女を押し倒し、荒れ狂う嵐そのものになるのだった。
それでも彼女は男の荒々しさに恐怖するたびに、
「許して……お願いします。どうか……」
と哀願するのだが、彼女の願いとは裏腹に、乱れた青い髪の間から涙ぐむ目が何よりも男の情欲をそそるだけだった。
フェペス、ローファン両家ともに、二人の関係に気づくまでさほどかからなかった。
まず最初にウォレス・ローファンの父であるローファン伯が、息子が長らくローファンを留守にしていることに疑問を持った。
ローファン伯爵家はティエレンの隣にも領地を持っているが、衛星都市としては本拠のローファンから離れすぎており、そこに跡取りが三ヶ月も滞留する意味などない。
「ふん、女か……」
齢六十を既に過ぎたローファン伯は、中々血の気の抜けない嫡子を可愛がる歳はとうに過ぎている。
彼が腹を立てたのは、息子のウォレスの正夫人を名門のトグス公爵家から迎えるのに相当に苦労したということもあった。名門貴族の女は誇り高く、自家より格下の家に嫁ぐことを恥とする。ウォレス夫人が夫の浮気に気づけば、すぐさま荷をたたんで実家に帰りかねない。ローファン伯はトグス家を見限っているとはいえ、シェンビィ公と交誼を得るまでは彼らとの関係を良好に保っておきたいのは当然だ。既に嫡子は生まれているから跡取りに関しては心配することはないが、息子がどこかの女に男児でも産ませることがあれば、その女が貴族でなければよいが、そうでない場合は自分や息子の死後に一悶着起こりうる。
ローファン伯は病と称してティエレンから離れようとしない息子をこれ以上呼びつけることはせずに、護衛であるヌルに彼の監視と詳細な報告を命じた。
ヌルはウォレス・ローファンの浮気は知っていたが、その相手までは知らなかった。それにローファン伯は知らずとも、ヌルは若い主人の女癖の悪さをよく知っていたから、今回は茶目っ気が過ぎたのだろうとたかをくくった。念のため、彼は密かに屋敷を抜け出したウォレス・ローファンをつけたのだが、そこで驚愕の事実を知る。
対して、フェペス家でもティエリア・ザリを疑った人物がいた。ホルオースである。
フェペス子爵の片腕でもある彼は、ずいぶん前に子爵から黒男爵の事件に対する調査を命じられていた。彼は神出鬼没の黒男爵の正体が、フェペス家の何者かであることまでは疑っていたが、ティエリア・ザリがそうであることまでは知らなかった。その上、最近は黒男爵もなりを潜めていたから、調査自体も難航していた。
ある日、数ヶ月前に村の若者が惨殺されたという事件を調べていたところ、ホルオースは怪しい人影が馬に乗って駆けてゆくのを見た。
村人に聞くと、最近あのような人影が町外れの道をかけてゆくのをよく見るという。
二人の部下がホルオースの命で怪しい人影を追った。
そこで、彼らは全てを知った。部下は有能で、事実を知るなり小屋に踏み込んでウォレス・ローファンを殺すようなことをしなかった。彼らはまず、自分達が見たこと全てをホルオースに報告した。
ホルオースは部下の報告がとても信じられず、事実であるか何度も確認したが、数日後にティエリア・ザリを監視していた部下から彼女が屋敷を抜け出したという情報を得て初めてフェペス子爵に二人の関係を報告した。それほどに、平素の彼女は気品のある貴婦人として振舞っていた。根っからの貴族の娘というべき強さだった。
フェペス子爵は彼以上にティエリア・ザリの淫事を信じたがらなかった。やがて、証拠がいくつもあがるに連れて、彼の驚きは深い悲しみに、そして怒りに変わった。
嚇怒したフェペス子爵は、ウォレス・ローファンを殺すことを即決する。
「ただでは殺さぬ。鉄の荊の上でのたうち回る刑の処す」
フェペス家で最も残酷な刑罰を宣言したフェペス子爵は、しかしティエリア・ザリが屋敷を抜け出すところを拘束し、妹の代わりに兵をウォレス・ローファンの元に送り込むという方法はとらなかった。彼は、二人にとって最も残酷な方法、密事の最中に踏み込むことを決意したのだ。
「いけません。ヤムの若造がザリ様を人質にとる恐れがあります」
ホルオースの諫言にも耳を貸さずに、フェペス子爵はその日を待った。
庶民の格好に変装したティエリア・ザリが屋敷を抜け出したとの報が入るや、フェペス子爵は三十人の騎兵を従えて彼女のあとを追った。