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貴く翔べ  作者: 風雷
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第五章「貴人チルーク・ティエル」(6)

 ファルケ・ファルケオロの来訪の翌日から、邸内がやけに騒がしくなった。ローファン伯は早朝から馬車に飛び乗り、度々屋敷に顔を見せるのだが、きびきびと家臣に指示を下すとすぐさま飛び出すといった形で、家全体が彼に振り回されているように慌しい。


(俺はまた大変なことをしでかしたな)


 光王の勅令を授かって来たファルケ・ファルケオロに対して相当な無礼を働いた以上、屋敷を追い出されるくらいのことは覚悟していたのだが、今のところローファン伯からの呼び出しは無い。

 それとは別に、ユマが密かに爽快だったのは、両家の争いを静観していたファルケオロ公爵家にいらぬ無礼を働いて、ローファン伯側に悪印象を与えたと思ったからだ。アカアのことを考えれば申し訳ない気持ちになるが、この度の一件で損な役回りに徹したユマとしては、ローファン伯にも多少の苦労を背負ってもらわないと気が済まない。

 ユマは、相変わらず不憫なほどに暇そうなホウに声をかけては、馬車を借りて街へと繰り出し、噂を拾い歩いたり、オルベル邸を訪ねたりして、王宮を取り巻く勢力を洗いなおした。

 現在のオロ王国には、光王の他に絶大な権力を持つ大貴族が三つある。シェンビィ、ファルケオロ、トグスの三公爵だ。それとは別に光王から厚い信頼を寄せられているガオリ侯がいる。シェンビィ公爵家は超のつく名門貴族で、領地の広さでいえば他の追随を許さない。ファルケオロ公爵家は隣国のペイル共和国が王政だった頃の王家の子孫であり、家格の高さで言えば光王と同等である。代々オロ王家との距離が近く、ファルケ・ファルケオロの祖父である当主は宰相職にある。ただし、現在は重病にあり、光王の信頼の厚いガオリ侯とシェンビィ公が等しく宰相代行を行っているといっても良い状況にある。最後のトグス公爵家は、代々シェンビィ公爵家とは犬猿の仲で、先代の頃に勢力が衰え始めたこともあってか、他の二家に対抗するために急成長を始めたガオリ侯を支援している。

 何度も繰り返すことになるが、本来は子爵だが現在は騎士爵に過ぎないフェペス家と、その没落の直接の原因であるローファン伯爵家との因縁の対決が、実は既存の大勢力であるシェンビィ公爵家と、新興勢力であるガオリ侯爵家の党争でしかないことは、川辺で洗濯をする少女達の口から聞けるほど、明らかなことだった。今回はガオリ侯側の勝利に終わったが、それがシェンビィ公の没落につながるとは考えがたい。

 では、ユマが、フェペス対ローファンの対決に何の意味があったのだろうかと考えてみると、これが実にわかりにくい。

 ひとつ明らかなのは、ローファン伯側の目的のひとつがシェンビィ公の家臣暗殺にあり、シェンビィ公の与党のひとつであるフェペス家ですら、それに賛同したという事実だけである。ただし、フェペス家当主バトゥの話を信じるならば、シェンビィ公家臣暗殺の実行犯である――と、ユマは思っている――ホルオースは、独断でそれを行った。

 フェペスが汚名を被るのも、ローファンが領地を失うのも、大局にはさして影響が無い。だが、フェペス家側の賭け金である一家の娘クゥに視点を合わせると、各家の腹の内が若干だが見えてくる。

 ローファン伯は、ティエリア・ザリの事件で明らかなように、フェペス家の家宝である「(めしい)のエメラルド」を欲している。クゥがそれを継承したと思い込んだ彼は、再び家宝を奪おうとしたとしてもおかしくは無い。十年前とは違い、今回は合法的にそれを行えるということも、魅力ではあったろう。

 シェンビィ公に視点を変えると、彼の三男はクゥの婚約者であることにユマは注目した。大貴族が騎士爵の家の娘を正妻にとるなど考えられないことだが、シェンビィ公はローファン伯より早い時期に「盲のエメラルド」に対して手を打っていたと考えるべきだろう。ユマはシェンビィ公の養女クララヤーナの天才については後になって知ったが、彼女を通してクゥが秘めた能力を見抜いたとすれば、これは大いにあり得る。フェペス家当主はそれを知っていながら、自家存続のためにシェンビィ公に売ったのだろうか。

 フェペス家は、本当に故地ティエレンを取り戻したかったように思える。ただし、やはりホルオースのローファン伯への接触は気になる。これは、ローファン伯ではなくその後ろのガオリ侯とのつながりを求めたとみる方が正しいが、シェンビィとガオリという真っ向から対立する大勢力の間で綱渡りを行うのは、フェペス家が小貴族であることを除いて考えても、危険過ぎる。


(それで独断か……)


 フェペス家当主はホルオースの独断を知りながら放置していた。どちらの勢力が勝利しても生き残るための保険がけを、彼自身が責任を追及されないように配慮しながら行ったのだろうか。


(待てよ。ガオリ侯は何を考えている?)


 彼の目的がただ単にシェンビィ公の鼻をあかすだけということはあるまい。ユマの頭からこびりついて離れないのは、ガオリ侯爵家の人間であるエイミーの存在だ。あの、少女と見紛うほどの美顔の少年は、窮地にあったユマを救出した。これがガオリ侯の命令によるものであることは考えるまでも無いが、ユマは自分自身に危険を冒してまで救出する価値を見出せない。シェンビィ公が家臣暗殺の罪をローファン伯の向こうにいるガオリ侯に擦りつけようとしていたと思えば、納得するに足る。


「駄目だ。頭が痛くなってきた。ホウ、そこで止めてくれ」


 ユマは見晴らしの良い高台にある通りに馬車を止めると、露天商のように路傍に腰を下ろした。


「えらく広い道だな。戦車でも通るのか?」


 市街の中心を通っている割には、五乗の馬車が横並びに通るほどの大道である。視線を落とせば、緑と白の石を交互に敷き詰めた石畳が延々と続いている。

 ユマはホウから受け取った水筒に口をつけながら、正面にそびえ立つ巨大な建造物に目をやった。

 病的なほどに白塗りされた三角屋根が特徴の、神殿がごとき厳かな建物がそこにある。勿論、試合が終わってからは時間が有り余っているユマは、ここがオロ王国の最高学府精霊台(せいれいだい)であることを知っている。

 貴族制というものは、ユマにとっては前時代の遺物でしかない。だが、この精霊台に限っていえば、術研究の才能に秀でた全ての者に対して、門戸が開かれている。学費も無償で、精霊台に通うことを夢見て田舎から上京する術士の卵達が、王都やその周辺にごまんといる。ユマの知る人物では、クゥやシャナアークス、クララヤーナ、それにファルケ・ファルケオロなどは精霊台に通う現役の生徒である。生徒が同時に闘士でもあるのに多少の面白みを感じるが、その内容自体は殺伐としている。

 ユマは、恐らくこの大陸に住む人が初めて見たならば驚嘆するに違いない巨大な建造物――高さ二十メートル、幅に至っては百に至るのではないか――を、平然と眺めていた。それもそのはずで、数百メートル級の高層ビルに囲まれて生活していたユマにしてみれば、


――機械も使わずに、ご苦労なことで……


 と、ねんごろに声をかけてやる程度のものに過ぎなかった。ただし、見慣れぬ屋根の形や装飾の類は見ていて飽きない。

 オロ人が誇ってやまない巨大建築である精霊台に可愛らしさを感じつつ、ユマは思索に戻った。


(まずは、簡単にまとめよう。クゥの取り合いをしていたのは、シェンビィ公とローファン伯。ティエレンでもめたのは、フェペスとローファン。シェンビィ公の家臣を殺したかったのは、これは多分ガオリ侯……あるいはフェペスとも利害が一致した。シェンビィ公はそれを利用してガオリ侯を追い詰めようとしたが、俺が逃げ出したことで失敗した。いや、待てよ。フェペスはガオリ侯に接近するふりをして、ローファン伯をおびき出した。だが、実はシェンビィ公から離れる気はさらさら無くて、俺を実行犯に仕立てることでローファン伯に罪を着せた。あのまま俺が戻らなければ、試合は確実にクゥが勝っていたし、暗殺の首謀者はローファン伯で決定していただろう。となると、今回の馬鹿騒ぎの黒幕は……)


 いつの間にか、何かの影が自分自身を覆っていた。気づけば日が傾いている。


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