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貴く翔べ  作者: 風雷
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第四章「怒発」(2)

 シャナアークスが室内に戻ったとき、ユマはようやく半身を起こした。


「ユマ、さっきの話だが……」

「やめよう。俺のためにも、貴方のためにも良くなさそうだ」


 ユマの声色にいつになく険しいものがあったので、シャナアークスは小さく驚いた。先の決闘のときもそうだが、いつもはへらへらと落ち着きのない振る舞いをみせるユマだが、突然きりのような鋭さを見せることがある。だが、今の彼には鋭いの一言では片付けることのできない重々しさがある。

 ユマは先ほどの医術士の言った事に衝撃を受けていた。彼はこの呪いがどこか他の魔方陣とやらに繋がっているという。それはリンではないのかというのがユマの直感だった。ユマがローファン伯の不利になるようなことを口にしようとするたび、舌が痺れてろれつが回らなくなることを思い合わせれば、黒幕はローファン伯以外に考えられない。

 ユマの懸念はリンである。

 魔方陣を破壊すれば呪いが解けるというのは、この呪いを消すということはリンを殺すという意味ではないか。思い過ごしであったとしても、リンという女がユマに呪いをもたらしたという事実は、やはり動かしがたく、それを考えると腹が煮えてくる。


「先の爺さんに礼を言いたかったんだが……」


 ユマの口調が普段のそれに戻ったので、シャナアークスもまたそれに合わせた。


「爺さんとは失礼な。あれでもファルケオロ公爵家の医術士だ」

「ファルケオロ?」

「異国人であるお前は知らないだろうが、この国には三公と呼ばれる大貴族がいる。シェンビィ、ファルケオロ、トグスがそれだ……」


 この後、シャナアークスはファルケオロ公爵家に対して小さな講釈を行った。

 ファルケオロ家は隣国であるペイル共和国の王族の末であることは既に書いた。西方人の特徴はなんと言っても黄金のように澄んだ金髪と碧い瞳だ。

 現在のファルケオロ公は老年の上に病弱であり、今は孫娘のファルケが事実上一家を運営している。ファルケ・ファルケオロという奇妙な名の女性は今年でようやく二十歳になったばかりの若輩だが、オロ王国の誇る最高の術士の一人でもある。

 シャナアークスはファルケと懇意であり、ユマを治療してくれるように彼女に頼んでみるといった。厚意としては最大級のものだろう。


「公爵のご令嬢直々にとは恐れ入る」


 ユマは苦笑した。彼には他にも公爵の令嬢に知り合いがいる。クララヤーナだ。飛ぶ鳥落とす勢いのシェンビィ公爵家の令嬢に頬をはたかれ、かたや隣国の王家の血筋であるファルケオロ家の令嬢に傷の手当てをしてもらうというのは、栄誉を通り越して滑稽であると思った。

 その後の会話でわかったことは、キダが一人で試合にのぞもうとしているということだった。


「キダが……なんで?」


 ユマは首を傾げた。


「お前を助けるために決まっているだろう」


 シャナアークスは呆れ気味に言った。ユマは、この程度のことにも頭の回らぬ男であったのか。

 彼女の話では、ユマが欠けたにも関わらず、賭けの内容は変わっていないらしい。フェペス家側が勝てば、故地であるティエレンの地を取り戻すことが出来る。逆にローファン伯爵側が勝てば、キダは奴隷から解放され、フェペス家のクゥが奴隷の身分に落とされる。

 ユマは、これ以上自分の命を危険にさらさずにキダを救うことができる。また、たとえキダたちが負けた場合も、自分さえ無事ならこの世界に持ち込んだ珍品奇物で金をつくり、キダを買い取ることが出来るかもしれない。最大の難点はユマがシェンビィ公に目をつけられたことだが、これはガオリ侯に取り入るしかない。

 ふと、自分の想像の暗さに気づいたユマは、吐き気を覚えた。


「なるほど、つまみ出されて当然だ」


 と、一人ごちたのだから、会話を投げっぱなしにされたシャナアークスは少し不快を見せた。つまみ出されたというのは、先にクゥの試合に対して難癖をつけたことを指している。ユマもまた、キダやクゥの命を賭けて試合を行おうとしていたのだから、殺すな――などと偉そうなことを言えば、それこそ偽善だろう。あのとき会場にいた者たちはユマの正体に気づいていないようだったが、ユマにとってはそれは些事で、自分が思わぬ発見をしたかのような顔をしている。



 ユマとの会話に疲れを覚えたのか、やがてシャナアークスが腰を上げた。


「これから闘技場に行って来る。キダはお前のために闘う。お前の代わりに見届けてやらねばなるまい」

「待て――!」


 ユマは思わずシャナアークスの袖をつかんだ。


「人を呼び止めるのに、袖をつかむものじゃない」


 シャナアークスがたしなめるように言ったが、ユマはそれを意に介さずに強い声で言った。


「クゥに決闘を申し込んだのは俺だ。俺が行かずに事態を収拾できると思うな!」


 確かにユマの言う通りだ。だが、彼の言葉はどう考えても現実に即していない。このまま闘技場に行ってシェンビィ公に見つかりでもすればその場で取り押さえられるかもしれない。


「その体で何が出来る?」

「何も出来なくてもいい。キダひとりだと必ず死ぬ」


 ユマはシャナアークスに勝ったくらいでクゥの実力を過小評価はしない。キダひとりでは勝算が全く立たないとも思っている。ユマは、ヌルの存在をあえて口に出さなかった。


「ふふっ、はははっ――」


 言葉にせずとも、シャナアークスの笑声は既にユマに語っていた。


――では、ついて来い!


 ユマは傷痕のうずきを殴り捨てるように起き上がると、傍に置いてあった黒マントに身を包んだ。まだ大分痛むが、思ったより身体が軽かった。三大貴族のひとつに仕えるだけあって、先の老医術士は優秀なようだ。



 ユマが馬車に乗り込むと、シャナアークス自らが御者をつとめた。


「さあ、飛ばすぞ!」


 勢いよく馬に鞭打つと、馬車が飛ぶように走った。その勢いにユマは車内で転倒しそうになった。


「待った。先にローファン伯爵邸に寄ってくれ」


 ユマが突拍子もないことを言ったので、シャナアークスは思わず口をあけた。


「どういうことだ?」


 ローファン伯に会うのであれば闘技場に行けばよいだけだろう。ユマもそれくらいはわかっているはずだ。


「死して冠ぬがず――というやつだ」

「はは、お前はこれから死にに行くのか?」


 全くもってユマという男は何を考えているのかよくわからない。だが、今はそれが小気味よくもある。キダを救う事に躊躇いを見せなかったユマを見直したこともある。


「俺は、ローファン伯の臣下じゃないってことさ……」


 そう言ったユマの頭上には既に五位冠は乗っていない。

 馬車が走ると、路傍でたむろしていた小鳥が勢い良く飛び去った。

 道中、ユマはクララヤーナに対して行ったのと同じ質問をシャナアークスに向けた。


「ローファン伯は何故、フェペスの宝を狙ったんだ?」


 ユマが騒動に巻き込まれる遠因となった争いである。先のクララヤーナの説明だけでは納得がいかないのは確かだ。


「『(めしい)のエメラルド』のことか。ローファンは田舎者だから、ハクが欲しかったのだろう」

「家宝ごときで、ハクがつくのか。奪ったものでも?」


 ぴしゃりと、手綱をふるう音が響く。


「ユマよ。フェペスの家宝をそこいらの宝石と一緒にしてはいけない」

「わかってる。(ほとばし)るほどの魔力の塊。それがフェペスの宝だろう」

「違うな。正確には、高濃度の精霊結晶のことだ。わが国でも有数の貴族にしか伝えられていない」

「精霊……結晶?」


 風を切るほどに快速で走る馬車上での会話だから、意味のわからない単語を聞かされたユマは、自分が聞き間違いをしたのではないかと思った。


「文字通り、生きた精霊を結晶化させたものだ。その技法は大昔に廃れてしまったが、彼らの先祖の遺産だけが残っている」

「その結晶を得て、どうなる。何かの燃料にでもするのか?」

「はは、面白いことを考えるな。そうだな。例えるなら、精霊結晶は一家の守り神みたいなものだ」


 ユマは、おや――と思った。アカアの話では、この国の人間は精霊に人格を認めていない。


「精霊には意志がないはずだ」

「確かにそうだが、精霊結晶が一家を災難から護るのも事実だ。有名なのは、先に話題に出たファルケオロ家がペイル王国から亡命する際、精霊結晶である『白絹(はくけん)の竜』が火矢から彼らの乗る船を護ったという話がある」

「……ということは、ローファン伯によって没落したフェペス家は家宝に見放されたことになる」

「違うな、継承者であるティエリア・ザリが死んだ時点で、フェペス家は先祖の加護を失ったのだ」

「継承者?」

「知らなかったのか? 精霊結晶は人を選び、人に宿る」


 ユマはここでローファン伯の行動を理解した。どれくらい昔かは知らないが、彼はフェペスの娘に近づいて家宝を奪おうとした。そのフェペスの娘がティエリア・ザリであるのは間違いないだろう。つまるところ、ローファン伯はフェペスの娘ごと精霊結晶を奪おうとしたことになる。えぐい(・・・)想像だが、フェペスの当主は家宝が奪われる前に娘を処分したのかもしれない。


「精霊結晶には、それだけの価値があるのか?」

「ある。精霊結晶のために何人死のうが、人間の価値がそれを越えることはない」


 そう言った時のシャナアークスの顔は、どこか遠くを見るようであったのは、もしかすると彼女もまた、精霊結晶という絶対の価値に何かを捧げてしまったからかもしれない――と、ユマは思った。


「もう一つ、訊きたいことがある」

「何だ?」

「呪いのことだ。人間を魔法陣とする呪いは、どうすれば消える?」


 シャナアークスは一瞬、ユマの方を振り向こうとしたが、すぐに前を向きなおした。


「簡単だ。魔法陣を壊せばいい」

「どう壊す?」

「魔法陣である人間を殺すということだ」

「じゃあ、呪いを解く――とは?」


 先ほどの老医術士は、ユマを治療することで呪いを解けるようなことを言っていた。ユマはそれに一縷の望みをかけたい。


「同じことだ。呪いの痕跡から魔法陣を辿って、媒介となっている人間を殺す」


 シャナアークスも、ユマが何を問いたいのかわかっているのだろう。最後にこう付け足した。


「例外は……ない」


 ユマは感情をこめずに「そうか」とだけ相槌を打った。



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