表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴く翔べ  作者: 風雷
32/115

第三章「舌禍啾々」(10)

 ヌルとはぐれてしまったユマは、王都の夜道を歩くのが初めてであるものの、これまで闘技場とローファン伯爵邸の間を何度も往復しており、特に道に迷うこともなく帰途に着いた。

 やがて、見覚えのある景色が広がった。

 閑散とした住居は、わずかに人の営みを感じさせるが、昼には市の立っている場所だ。


(エイミーは(ほうき)を買えたかな?)


 と、ユマは銀髪の美少年のことを思い出した。この場で彼と出会ったからだ。

 よくよく考えてみると、エイミーがガオリ侯爵家の者であるという証拠はない。それにも関わらず、ユマは彼に大金を貸し与えた。ユマはあの時、無条件でエイミーを信じたが、後から思い返してみると、自分の軽薄さは異常であることに気づいた。まるでエイミーに魅せられたようで、今になって自分の正気を疑った。



 ユマの目が、小走りする男を捉えた。

 特に何も考えずにその者を目で追ってみたところ、ユマは思わず声を上げそうになった。

 ホルオースだ。ユマのように黒マントを羽織っていて、フードをかぶっているが、口元の髭がユマのよく知るものだった。

 急いでいるようにも見えず、とはいえ何やら口元から張り詰めた空気が漂ってくる。

 ユマがホルオースを追おうと一歩を踏み出したとき、


――やめよ、豎子(じゅし)


 と、心中で声が響いた。

 ユマはその声を無視した。クゥの傍にいるべきであるホルオースが、今ここで何をしているのか。ユマが不吉を感じたのは、彼が既にクゥを殺したのではないかという予感からだった。

 ふと、街道を行く馬車に気が付いた。護衛の者が小走りで寄って来て、


「無礼だぞ。道をあけよ!」


 と、高慢な口調で言い放った。ユマはホルオースを目で追いつつ、馬車に道を譲った。馬車が通り過ぎると、ユマは小走りでホルオースの後を追った。

 ユマが見失う寸前のところで、ホルオースは人気の少ない路地に入った。ユマは彼に五十歩ほど遅れてそこに入った。

 暗い、何やら湿り気さえ漂う裏道だ。

 尾行する内に、ユマはホルオースの影を見失った。曲がりくねった道だから、当然と言えばそうだろう。

 ホルオースを捜して小道をさまよう内に、ふと夜光をはじく様な銀色が目に飛び込んできた。


「エイミー!」


 ユマは、思わず、突然視界に入ってきた人影に声をかけた。エイミーは驚いたように立ち止まり、首を傾げつつ、じっとユマを見ていた。


(そんなに、おぼえにくい顔か……)


 と、ユマは苦笑した。エイミーは、よほど他人に興味をもてない性質なのだろう。


「あっ!」


 自分を呼び止めた人物が誰であるのか、ようやく理解したらしい。エイミーは走り寄ると、いきなりユマの手をつかみ、


「箒……買えた」


 と、はしゃぐように言った。こぼれるような笑顔とはこのことを言うのだろう。無表情なエイミーしか知らないユマは、エイミーが弾ける様に喜んでいるのを見て、驚きとともに、自分のやったことへの多少の満足を覚えた。いきさつはよくわからないが、箒を買い付けることはエイミーにとって死活問題だったらしい。


「それは良かった」


 何故、エイミーがこんなところにいるのか、その疑問を口にするのを避けるようにして、


「じゃあね……」


 と、エイミーは一言だけ置き捨てると、すぐさまこの場から走り去った。


「あっ!お……おい」


 ユマが振り返ると、長い路地であるのに既にエイミーの姿がなかった。エイミーの代わりに、鼻を鈍く突くような臭いだけがその場に残った。


(何だ。これは?)


 不愉快な臭い――エイミーのものとは到底思えない殺伐とした空気だ。


(嫌な予感がする……)


 ユマの直感はそう言っていた。ホルオースを追おうとしたときも、心中の声はユマを止めた。予感というのは時に、人の行動に干渉するほどの力を持つものだが、今のユマは予感より理性が勝った。

 突然現れ、突然消えたエイミーに多少混乱したユマだったが、ホルオースを尾行するという本来の目的を思い出し、再び歩み始めた。



 歩き続けるうちに、周囲が突然騒がしくなった。やがて、道の向こう側にいくつかの灯りが見えた。何やら怒号のようなものさえ聞こえてきて、尋常な空気ではない。

 ユマは、胸騒ぎがした。これは予感の類ではなく、現実に起こっていることから推測したものだから、遅すぎると言うべきだろう。ユマは、自分の尾行がホルオースにばれたのだと思った。

 彼は灯りを避けるようにして、大きな道に出た。人ごみに紛れればそれほど安全な場所はない。だが、日が落ちれば家の外を出歩くものは多くなく、ユマはより広い暗黒の中に飛び出たに過ぎなかった。

 灯りが近づいてくる。ユマは走り出した。

 何度も振り返りながら走ったため、足元がおぼつかず、何かの拍子に(つまづ)いて転倒した。


「痛っ!」


 すりむいた肘から、血が滲んでこないか心配だったが、ユマが足元に転がっている何かに目を移したとき、体が凍ったように動かなくなった。

 死体である。

 一瞬、クゥのそれを想像したユマだったが、死体をよく見てみると、男であり、高価そうな衣服を着ている。更には頭に冠をつけていることから、この死体は貴族であることがわかる。胸元に血が滲んでおり、恐らく刺殺されたのだろう。

 ユマは、自分の予想が大きく外れたことを心のどこかで喜んだ。ホルオースはクゥを殺そうとしていたわけではなさそうだ。となると、表ではヤム家と対立するフェペス家が、外から見えないところで関係を持とうとしていることになる。そこがユマにはわかりにくい。


「ホルオースめ……」


 彼は一体何をしているのか――と、ユマが混乱した頭を整理しようとし始めたところで、眼前の道からおびただしい炬火があらわれた。ユマはたちまちにその者たちに囲まれた。よくみると、先ほどすれ違った馬車の護衛たちだ。


(これは、もしかすると最悪なんじゃないか?)


 ユマは心中でとぼけた台詞を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ