第三章「舌禍啾々」(3)
闘技の二試合目は、どうやら術士戦らしい。
「シェンビィ公爵家は、術士の家系らしいな」
クララヤーナは、素性の知れない目の前の男を探るように見ている。ユマはそれを無視して彼女に問うた。
「……そうよ」
少女の声を掻き消すようにして試合が始まった。
二人の闘士が闘技場の中心で対峙している。一人は剣士であるらしく、長剣を抜いている。もう一人は頭に鳥の像が彫られた杖を手にしている。剣士のほうは甲冑を着ているが、杖の術士は武装していない。二人とも歳若くは見えず、壮年だ。
「いやっ――!」
術士が杖を振ると、鳥の嘴から炎が放たれた。剣士が剣をなぎ払うと、炎をかき消すように風が吹いた。逆巻いた炎が術士を襲った。
観客席のユマは、闘技試合を横目に、クララヤーナに問うた。
「ここの連中は誰でも魔法が使えるのかな?」
王都を散策してみても、ユマは魔法そのものを目にすることはなかった。だが、闘技場に来ればその片鱗を目にすることができる。魔法という技術が、民衆の実生活に浸透していないのではないかという疑問がユマの中にはある。
ユマの問いに対して、クララヤーナは面倒そうな口調ながらも、実に親切に答えた。
「そんなわけないじゃない。魔術というものは、元来貴族の持分だったのよ。それが大分昔に精霊台が開かれてから、オロの貴族が共同で研究、管理するものになったの。だから、魔術を習得できるのは、精霊台に通った才能のある人間だけ。でも、そうじゃない連中もいるわ。彼らが使っているような低級な魔術は、没落した貴族から流れ出たものね。流れの傭兵や、術闘士なんかがこれに当たるわ。質が悪いし、大した事もできないから、王宮も黙認しているの」
「貴族が魔法を独占しているのか?」
「いいえ。精霊台は才能さえあれば、誰にでも門戸が開かれているわ。でも精霊台で学べるのは技術だけ。それを生かすだけの精霊にめぐり会えるかは、その人次第よ。術に秀でた家の貴族なら、確かに有利でしょうけれど」
最後の「精霊にめぐり会える」という言葉だけが理解し辛いが、ユマの疑問はそれなりに解けた。
(なるほど、それでアカアは術が使えないのか。精霊台に通っていないから。確か、ローファン伯爵家は術士の家系ではないと彼女も言っていたしな……)
感じ入ったように何度も頷くユマだったが、試合が激しさを増すにつれ、クララヤーナの方がそちらに夢中になった。
ユマも、術士の戦いを食い入るように観ている。
――愚かなことよ。人を殺すのに、精霊が力を貸すと本気で思っている。
また、あの声だ。声は時々、意味不明なことを言うが、一貫して闘争というものを忌んでいるようだ。
剣士が術士に襲い掛かった。剣先が術士の胸を貫くとともに、人が炎の塊と化した。それは弾けるように無数の火の粉となって散ると、鳥のような形になって剣士に向かって飛んだ。剣士はあっという間に火達磨になった。気づけば、胸を貫かれたはずの術士は何事もなかったようにもとの場所に立っている。
「杖の方が負けるな……」
ユマが呟くと、クララヤーナは驚いたように彼の顔を見た。
「どうして? むしろ押してるじゃない」
どうみても、術士の方が有利に見える。ユマが何を根拠にそういったのか、クララヤーナは興味を持ったらしい。
ユマは、シャナアークスと戦った時のことを思い出していた。思い出すといっても、数時間前の出来事に過ぎないから、感覚としてまだ残っている。
彼女の火尖は確かに強烈だったが、その力には退嬰があった。火精は確かにシャナアークスによって一箇所に集められ、槍を焼き鏝のように変幻させたが、それを上回る勢いで火精が大気に逃げてゆくのも見えた。
ユマは、今闘技場で戦う術士が、シャナアークスと同類に見えた。しかも、彼女よりも力の損耗が著しい。
「術というのは、無限に使えるわけじゃないらしい」
「当たり前でしょう。人が一生のうちに使役できる精霊は決まっているわ」
「それを使い果たせば、どうなる?」
「どうにもならないわ。術が使えなくなるだけよ。そんな人は、闘技場ではお払い箱になるでしょうけど……」
クララヤーナの言っていることは、よほど基礎的な知識らしく、彼女のうんざりした口調からそれはわかる。だが、そこに人を侮るような素振りはないのがユマには意外だった。奇妙なことだが、この性格の捻じ曲がったような少女は、アカアよりも話が合うような気がした。
「あいつは、打ち止めが近いらしい……」
ユマは、闘技場の術士を指差した。彼に集まる光が急速に衰えてゆくのが見える。
「何でわかるの?」
「なんとなく……かな」
クララヤーナは目を丸くしたが、ユマのそっけない答えにやきもきしたらしく、何度も同じ事を問うた。
二人が闘技場から目をそらしている間に、決着がついた。ユマの予想したとおり、術士が精彩を欠きはじめたところを、一瞬の隙をついて剣士が斬り捨てた。
ユマは暗く沈んでゆく自分を感じた。いつか、自分の中にある感覚が麻痺して、観客と同じように誰かの死を喜ぶようになるのだろうか。
「楽しいか?」
クララヤーナにそう訪ねたときの、ユマの顔は、どこか疲れていた。
「つまらない試合よ。あなたと話している方が、よっぽどましだわ」
彼女は先ほど自分に殴りかかってきた怒りを、既に忘れているようだった。最初に会ったときのお嬢様のような言葉使いはもうしなくなっていた。どうやらこれが本来の彼女らしい。
――クゥ! クゥ!
竜機戦の準備が進められる中、闘花とあだ名されるクゥの登場を熱望する声が場内に満ちた。
「のんきな連中ね。本人の気も知らずに……」
クララヤーナが吐き捨てるように言った。
ユマがそれについて問おうとするのを拒否するように、彼女は話を変えた。
「あなた。術士の才能があるわ。わたしの家来にならない?」
突拍子もないことである。だが、ユマは即答した。
「俺は、頭に毛虫を放られるのは御免だね。でもまあ、気が向いたらそうするかもな。飽くまで気が向いたらだが……」
にべもなく断るつもりだったが、ローファン伯爵家に居辛くなったときのことを考えたがゆえに、語尾を濁すような形になった。それを迷いと見たクララヤーナは、勝ち誇ったように笑みを浮かべて、
「ふん、冗談よ。あなたみたいな怪しい人、わたしの近くに置くはずがないでしょう」
と、意地悪い声で言った。だが、言葉と裏腹に、クララヤーナがユマに興味を持ち始めたのは確かだ。