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貴く翔べ  作者: 風雷
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第三章「舌禍啾々」(1)

■二章までの主な登場人物

・ユマ

 本編の主人公。突然、異世界に迷い込むも、ローファン伯爵の娘アカアによって保護される。女闘士クゥの奴隷となったキダを救うために、竜機戦を受ける。


・キダ

 ユマの悪友。ユマと同じく、オロ王国に飛ばされるが、不運に見舞われ奴隷の身分に落とされる。自らの自由を勝ち取るために、ユマとともにクゥに挑む。


・アカア・ヤム・ローファン

 ローファン伯爵の娘。礼儀正しく、穏やかな性格だが、時々、貴族特有の酷薄な一面を見せる。


・リン

 ユマにつけられたローファン伯爵家の使用人。


・クゥ・フェペス

 闘花とあだ名される女闘士。ヤム家(ローファン伯爵家)に強い怨恨を持つ。


・シャナアークス・オルベル

 ユマとキダに竜機の操作を教えるため、王宮から派遣された王宮名誉闘士。火術に秀でているが、ユマ、キダとの決闘に敗れる。


・ヌル

 アカアの護衛。ユマを目の敵にしている。


・ローファン伯

 ヤム家の当主でアカアの父。近年、勢力を拡張しているガオリ侯に接近している。何者かの暗殺を企んでいるようだが……


・ホルオース

 フェペス家に仕える壮年の男。敵対しているはずのローファン伯と密談したことを、ユマに疑われる。


・エイミー

 銀髪赤眼の美少年で新興貴族のガオリ侯に仕える。金貨数枚という高価な(ほうき)を買うために市場に出るが、額が足りずにユマに金を借り受ける。


・謎の声

 ある日、ユマの脳内で言葉を発するようになった謎の声。闘争を忌むような台詞が多い。



「うああぁ――!」


 突然、やり場のない怒りを空中に放ったシャナアークスは、竜機が壊れんばかりの力で手を振り下ろした。拳から血が噴き出すまでそれを続けた後、竜機を降りた彼女はユマたちの方を見ることなく、無言で闘技場から去った。

 ユマは多少の後味の悪さを覚えた。シャナアークスの教えを受けなければ、ここまでこれなかったという思いもある。どちらかというと、彼女には嫌悪を覚えていたが、せめて一言くらい声をかけて欲しかった。

 そのことをキダに言うと、彼はユマをたしなめるような口調で言った。


「シャナアークスは、俺たちに負けたんだよ。そんな相手に声をかけても惨めなだけだろう?」


 一度勝敗が決まれば、それがそのまま人を分かつ。時々、人は思い出したように、勝者と敗者の間を美化しようとするが、両者の溝を埋める何かがあるとすれば、争いを克服できない人とは何なのだろう。勝敗の狭間にあるのは断崖の如き格差であって、そこに情をはさめば怨恨以外の何も残らない。両者が勝負の果てに絆を深めるというのは、敗者に敗北を忘れることを強制するに等しい。勝負の正しいあり方があるとすれば、両者は勝敗の結果について沈黙すべきだ。それが、敬意というものだろう。勝負の世界に「対等」という概念を持ち込む者がいたとすれば、愚者でしかない。今のユマがこれにあたると、キダは遠まわしに忠告したのだ。



 竜機を下りた後、ユマは水飲み場に向かうキダを呼び止めた。


「昨日、何かあったのか?」

「どういう意味だよ?」


 キダが首を傾げたので、ユマは昨日の出来事をかいつまんで話した。

 ユマはローファン伯によるクゥ暗殺計画を確信しているが、想像色が強い点は否めない。不確かなことをキダの耳に吹き込んでしまうのも忍びなく、暗殺の話は伏せて、ホルオースがローファン伯に内通しているという情報だけ伝えた。


「ホルオースが……いや、待てよ」

「やっぱり、何かあったのか?」


 キダの話では、昨夜、クゥはシェンビィ公の娘と会うために、公爵邸に向かったが、帰りが遅くなったので、キダを含む数人が迎えに出かけたという。出迎えた時の彼女の顔色は周囲の者が訝るほどに悪かったという。


「フェペス家はシェンビィ公と縁があるのか」


 対してローファン伯はガオリ侯と親しい。激しく対立しているというシェンビィ公とガオリ侯の下に、それぞれフェペス家とヤム家(ローファン伯)があるということは、いささかきな臭い話である。


「シェンビィ公の娘のクララヤーナはクゥの従姉妹(いとこ)だ。それよりもクゥだ。あいつ、馬車の中で泣いてたんだ。昨日は聞き間違いかと思ったんだが、今思い直せばすすり泣いていたのかもしれない。いや、やっぱりありえないか……」


 キダは言葉を濁した。彼は平素のクゥを見ているだけに、闘士として名を馳せる彼女が涙する様を想像できないのだろう。


「クゥは一人だったのか?」

「いつもはホルオースが付くんだが、昨日は他の用事で出かけていたらしいからな。でも、誰か一人は供についていたはずだ。ああ見えても、一応お嬢様だからな。一人で外出したりはしない」

「うーん、そうか……」


 ローファン伯が殺そうとしたのは、クゥではないのか。だが考えてみれば、王すらが注目するほどの試合を前に、伯爵ともあろう者がそんな幼稚な策略を行うだろうか。クゥが死ねば、真っ先に疑われるのは領地を賭けているローファン伯であり、ユマが圧倒的に不利なのだから余計に疑いは増すだろう。自分がローファン伯であってもそのような浅はかな真似はしない。

 だとすると、やはりホルオースが鍵であるように思える。昨日盗み聞いた会話からしても、刺客役はヌルではなくホルオースだろう。


――術士がいるとは知らなかったぞ。


 ものすごい剣幕でヌルに当たり散らすホルオースのことを思い出した。


「昨日、クゥの近くに術士がいなかったか? しかも手練らしい」

「うーん……そういえば、シェンビィ公は術士の家系らしい。クララヤーナはフェペス家に生まれたが、術の才能があったらしくて、結構前にシェンビィ公が養女にしたような話をどっかで聞いたよ。彼女も術士なんじゃないか?」

「凄腕か?」

「いや、見た感じは普通の女の子だ」

「嫌に物覚えがいいな。はは、さてはよっぽどの美人だな」


 キダはフェペス家で働いているとはいえ、まだ日が浅い。にもかかわらず、他家の情報を仕入れているともなれば、クゥの従姉妹が美女であったからだろう――と、ユマは自分の視点でキダを見た。


「誰が! あんな性悪餓鬼、いくら顔が良くても俺はごめんだ!」



 クゥとクララヤーナは仲が良い。クララヤーナが王国最高の権威を持つシェンビィ公爵家の養女となってからは、二人の身分には天と地ほどの差が出来たが、それでもクララヤーナはクゥを臣下のごとく見下すことをしなかった。クララヤーナはクゥより五歳下の十三歳で、二人は幼い頃から実の姉妹のように仲が良かった。

 だが、彼女の敬意はクゥ個人に向かうだけで、普段のクララヤーナは手がつけられないほどに我侭(わがまま)な女らしい。


「美しさと、性格の良さというのは、ある程度を超えると反比例するらしい」


 と、キダはクララヤーナ評に付け加えた。十三の娘を可愛いではなく美しいと言ったところに、クララヤーナの際立った美貌があらわれているとも言える。

 ある日、彼はクララヤーナを訪ねたクゥに付き添っていったが、シェンビィ公爵邸の門前で立って主の帰りを待っているときに、階上から落ちてきた何かが、キダの頭に当たった。

「うわっ!」

 慌てて頭上を振り払うと、長細い何かが地面に落ちた。それがうねっていて、しかも細かに動いているのを見たとき、キダは顔を青くした。頭上から降ってきたのは百足(むかで)だった。心臓が縮み上がるとともに、頭上からまた何かが降ってきた。ゴキブリ、羽虫、芋虫……周囲の者達も悲鳴を上げながらその場から退散した。

 キダもそれに倣ったとき、突然、地面が消えた。自分が落とし穴に落ちたと知ったと同時に、階上から少女が(わら)い転げる声が聞こえた。


「運が良かったな。時々、石が降ってくることもある」


 と、自分を引き上げてくれたシェンビィ公爵家の使用人が言った。



「そりゃあ、災難だな……」


 ユマは表情をつくろうのに困った。キダが虫類を異常なほどに恐れているのを知っている彼にとっては、気の毒すぎて、あまり笑えない。


「奴隷に穴を掘らせて、そこに糞小便を溜めて、客人を落とすのが楽しみなんだそうだ。『穴姫(あなひめ)』様っていうのが、彼女のあだ名らしい」


 キダは怒りを押し殺すような口調で言った。自分が虚仮(こけ)にされたのがよほど腹に据えかねるらしい。


「よほど歪んでるな……」


 ユマは少し、そのクララヤーナという少女と会ってみたくなった。彼女の歪み方は異常だが、どこか子供じみた人間臭さを残している。ローファン伯爵邸で暮らしていると、自分が人間に囲まれているという気分が薄れてくる。ユマは、それに恐怖を感じはじめた自分に気づいた。


(アカアは良い()だ。アカアを軽蔑するな……)


 ユマは自分に言い聞かせた。アカアには確かに酷薄な一面があるが、一度としてユマを無下に扱ったことはない。アカアは確かに優しい少女だが、その優しさの及ぶ範囲が、極端に狭いだけだろう。


「ホルオースを、探れるか?」


 ユマは話題を戻した。


「いや、無理だ。あれ以降、もう家中が敵だよ。今日の試合には、俺を帯同するつもりらしいがな……」


 無理もない。主人に反旗を翻した者が堂々と家中に居座っているのだ。キダに対する風当たりが強くなるのは必至だろう。


(俺の見えないところで、相当に苦労している)


 ユマは、とてもキダのようにはできない。フェペス家の人間がヤム家に対して持つ感情は、ユマの想像を超えて激しいものだろう。そんな中で、ヤム家の陣営であるユマの友人を公言しているような男が、奴隷という身分で仕えているのだ。実際、日を重ねるにつれてキダの顔色が悪くなってゆく。ユマは今までそれに触れなかった。自分だけがローファン伯に保護されてのうのうと起居していることが、苦痛になり始めたのは確かだ。


「クゥに会えるか?」


 昨夜、ホルオースをローファン伯に使わしたかどうか、彼女に問わねばならない。


「駄目だな。皮肉だが、今の俺とまともに会話してくれるのは、ホルオースくらいだ。試合の前後に話す機会くらいはあるだろうが、必ずホルオースが近くにいる。彼女と二人きりになるというのは万に一つもない。俺は一度、クゥを襲っているから、当然だろう。それに、ホルオースがローファン伯に内通するなら、俺たちにとって悪い話じゃないだろう」



 一時間ほどしてから、席を外していたヌルが戻ってきた。


「シャナアークス殿はどうした?」


 彼は周囲を見渡しながら、やがて光精の泉が破壊されていることに気づくと、もう一度同じ事を問うた。


「今日の訓練は、もう終わりだってよ」


 ユマは両手を広げて、小さく肩をすくめた。

 ヌルは納得がいかないようだったが、組み合った状態でうち捨てられた二機の竜機に目をやると、驚いたように目を見開いた。


「ヌル、この後はクゥの試合を観る事になってるだろう?」


 ユマはヌルが新たな疑問を口にする前に、話題を変えた。


「……そうだ。だが、観客にお前が混ざっていることが知れれば、面倒なことになる。これを着ろ」


 ヌルはそういって、フードつきの大きなマントを渡した。


「はは、俺は王都の有名人らしい」


 しばらく経って、キダを迎えに来たのは、ホルオースではなく、他の使用人だった。

 キダは、ユマと別れる間際、彼を呼び止めて言った。


「ユマ、俺を見捨てるなよ」


 思いのほか、強い声だったので、ユマはむっとした。


「当たり前だ!」


 誰のためにここまでしてやっているんだ――と、心中で続く言葉に気づいたとき、ユマは小さく溜め息をついた。ユマはキダと対等に接しているつもりだったが、キダにすれば、生死の境にいるのは自分だけで、ユマはいつでも逃げられる位置にいるように見えるらしい。

 キダが言いたいのは、ユマが敵前逃亡するということではなく、もし試合に負けたり、あるいは何らかの理由で試合が中止になった場合、あらゆる手段をつかって自分を助けろ――と、念を押したのだ。試合さえ中止になれば、ユマにとって生命の危機は去る。ローファン伯の庇護を得ての穏やかな暮らしが戻ってくるのだ。そうなれば、ユマは友人を助けるために奔走(ほんそう)することはなくなるだろうと、キダは考えたに違いない。

 自分という人間が、キダにとってその程度にしかみられていないということに、ユマは落胆したが、自分が逆の立場でもやはりキダと同じことを言っただろう――と、思い直した。同時に、キダは自分にとって悪友ではあっても、本当の親友にはなれそうもないと、しみじみと感じた。


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