表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴く翔べ  作者: 風雷
17/115

第二章「闘士衝冠」(9)

「シャナアークスを見ろ」


 シャナアークスが駆る竜機は、ユマたちのそれに比べてやや小さい。だが問題はそこではなく、彼女の操縦方法にあるという。


「確か、あいつは火術士とか言ってたな」


 キダが思い出したように言った。火術士といっても、何もないところから火を熾したりするのを見たわけではない。キダに限らずユマも魔法のようなものを実際に見たことはなく、彼らが駆る竜機がそれに近いが、原動力が不明なだけでこれですらも立派な機械だ。要するに二人にとって、シャナアークスは火術闘士というより、竜機操縦士である。

 ホルオースがかつて言ったように、シャナアークスは操縦席に両腕を突っ込んで直に魔力――ユマが思うに源精を介した何らかの信号――を送り込んでいる。それを受けて竜機が動くのだが、彼女の竜機はこちらとは造りが違うのか、エンジン音にも似た轟音を伴う上に、竜機の踵の部分から淡く火を吐いている。駆け出すときに爆発するような音が聞こえるのは、決して飾りではなく、その力を利用して竜機の機動性を増しているのだろう。

 ユマが注目したのは、竜機自体も操縦席と同じく乗る者の意思によって形を変えるのではないかということだった。


「やってみる価値はある」


 と、ユマが言った。キダも彼の想像に興味を覚えたらしく、


「よし!」


 と頷いた。


(要は、想像力だ)


 ユマはホルオースが言ったことを思い出していた。彼の言葉は何も竜機の操作方法に関してだけではあるまい。


(キャタピラは無理だ)


 具体的な想像が出来ない。何の根拠もなく、それを思い描き、実際に形作ったとしても、多分動かないだろう。他に揺れを解消する方法があるのか。竜機を浮かせるという手もあったが、これには多大なエネルギーが消費されるに違いなく、結局はシャナアークスと同じように加速に転化したほうが効率が良い。


(これしかない)


 と、ユマが思い定めたとき、竜機の形が変わった。



(本当に素人か?)


 シャナアークスは、二人を相手にしながら、内心舌を巻いていた。彼女を驚かせたのは、二人の適応の早さだ。竜機に乗って三日目の者が、これほどに巧みな操作を行うものだろうか。だが、実戦経験に乏しいのは目に見えて明らかであり、そこでシャナアークスが得た結論は、


(竜機に似た何かを乗った経験がありそうだ。しかも一度や二度ではない)


 というものだった。二人は乗り物に乗るということに慣れている。ということは決して身分は卑しくなく、アカアが言っていたように、本当に東方の豪族かもしれない。学問のためにオロ王国を訪ねたというが、豪族の男が単身でそれを行うはずもなく、何か悪事を働いて追放されたのかもしれない。どちらにせよ、卑しい素性ではあるまい、とシャナークスは考えた。

 他に、驚いたのは、二人が高速で動く乗り物にすぐさま順応したことだ。それに、操縦席の異様な光景が彼女の好奇心を大いに刺激した。


「舵をとっているのか……奴らは馬鹿か?」


 シャナアークスが想像だにしないことだった。魔力を直に伝えれば竜機はそれだけで動く。なのに二人――特にユマは複雑な機器類を作り出し、それを使って竜機を動かしている。しかも、手馴れている。シャナアークスは風の噂でユマが馬車よりも速い乗り物を持っていることを聞いたが、ここにきてようやく噂を信じる気になった。ちなみに竜機は乗用にはほとんど用いられない。馬車のほうが遥かに利便性に長けるからだ。火術士や風術士の扱う竜機は確かに速いが、魔力の消費が激しく、長距離を駆けることは出来ない。ただし、王宮直属の精鋭部隊には竜機のみで構成されたものがわずかに存在する。彼らが大陸最高の術士たちであることは言うまでもない。

 さて、シャナアークスの眼前に広がる光景に戻ろう。

 ユマたちの乗る竜機の足が、徐々に姿を変え、やがて両足の先に四つの車輪が形づくられた時、シャナアークスは妙な高揚感を覚えた。


――実戦で己の知恵を磨け。


 と、訓示したことを実践した二人に驚いたのだ。どれほど物分りの良い者でも、何かを閃くにはまだ早すぎる。

 ユマの竜機が動いた時、シャナアークスの驚きは戦慄に変わった。

 凄まじい速さで飛び出してきたそれは、瞬く間に眼前に現れ、シャナアークスの槍と激突した。辛うじてそれをさばくと、ユマの竜機は大きく反れてあさっての方向に突進し、壁に激突して止まった。ユマは竜機の外に放り出され、光精の泉に落ちた。


(地面を滑ってきた……)


 右足を踏み込むと同時に加速し、左足で踏み込めば更に増す。それを繰り返して動くのだが、操縦席がほとんど揺れていなかったためか、キダの放った槍が恐ろしく正確だった。

 一瞬、腹の底が熱くなった。竜機を乗って数日の初心者に肝を冷やされたのが不快だった。

 だが、同時に自分でも気づかぬ間に、彼らの成長を認めていた。


(形になるかもしれない)


 これで、自分より腕が劣るくせに闘花などと呼ばれていきがっているクゥが、奴隷に落ちぶれる様を見られるかもしれない。シャナアークスは性格に粘性を持つ方ではないが、闘技場でクゥとすれ違うたびに彼女が自分に投げかける視線に侮りがあることに怒りを覚えてきた。


(弱小貴族の娘に過ぎない身で……)


 シャナアークスの方は代々王族に使える身分で、彼女自身が騎士爵を持っている。対してクゥの家は当主が騎士爵であり、クゥ自身が冠をつけるにふさわしい身分にあるわけではない。

 クゥは確かに人気があり、戦績も良いが、彼女の人気は容姿によるところが大きく、闘技場の経営権を持つ王宮も彼女に肩入れしているふしがあり、最近では格下の相手と戦ってばかりいる。一度、彼女に試合を申し込んだが、それは成立しなかった。クゥという存在はシャナアークスの闘士としての誇りを傷つけたのだ。


(クゥは喧嘩を売る相手を誤ったかもな)


 シャナアークスは小さく嗤った。嗤った後で、泉に落ちたユマが中々浮かんでこないことに気づいたが、自分にわずかな恐怖を感じさせた男を、すぐには助けようとしなかった。



――ほう、中々やるな。だが、お前は土に嫌われているぞ。


 誰かの声がした。女の声だったが、誰のものだかはっきりとわからない。だが、どこかで聞き覚えがある。アカアか、リンか、クゥか――


(リンか、クゥならいいな)


 と、ユマは透き通るようなクゥの肌を思い出した。やがてクゥの姿は色黒で長身の女に変わった。シャナアークスだ。


「あっ!」


 声を上げた口に、勢いよく水が流れ込んできた。ユマはこの時、自分が泉に叩き落されたことを思い出した。あがきながら、上方に手を突き出すと、その手をつかまれた。

 泉から引き出されたユマは、飲み込んだ水を吐いた。


「今日はここまでにしよう」


 まだ昼過ぎだが、シャナアークスの目にはユマの体力が限界に近づいているように見えた。


「まだ、やらせてくれ……今の感覚をおぼえておきたい」

(甲斐性がなさそうな面をしているが、中々殊勝なことを言う)


 ユマの言葉は、シャナアークスを喜ばせた。百戦錬磨のシャナアークスが教えても、当事者にしかわからぬ感覚がある。教え子の感性を尊重するのがよき教育者というものだろう。たとえユマたちを下賎なものと見くびってはいても、彼女は彼女なりに自分の務めを果たすつもりなのだ。

 だが、ユマの言った「今の感覚」というのは、氷上を滑るような竜機の操作ではなく、壁面に激突した時の衝撃のことだった。


(あれくらいで振り落とされるようだと、本番で何も出来ない)


 そういった彼の脳裏には勝負とは激戦であるという前提が置かれている。勝負事にこういった観念を持つ人は、かえって押し切るべきときに押し切れず、勝負弱い。あえていえば、圧倒的な力でクゥを圧殺するという想像がユマには出来ない。それは優しさというべきだが、闘技場では弱さの一言で片付けられてしまう。キダが感じるユマの甘さとはこれだった。振り落とされることに慣れるよりも、より速く竜機を走らせることのほうがよほど重要だというのに、ユマの心の目はそちらに向かない。


「よし、良いだろう」


 模擬戦は再開されたが、その後、ユマの乗る竜機には先に見せたような()えはなかった。シャナアークスはユマが激突に怯えていると思い、


「先の威勢はどうした!」


 と、声を張り上げたが、それでも変わらなかった。


(所詮は田舎あがりよ……)


 シャナアークスの目に侮蔑の光が映った。それを見たユマは、かつてアカアに人並みの人格を期待した自分がいたことを思い出した。

 竜機を降りたとき、ユマはホルオースの元に戻ろうとするキダに駆け寄り、


「明日、試したいことがある。剣道を思い出しておいてくれ……」


 と、言った。ホルオースには明かせないことだと思ったキダは、あえて疑問を口にすることなく、


「わかった」


 と、返した。

(あと、四日か……)


 風が吹くと、舞い上がった闘技場の砂が口に入った。



――家に帰ったらさっさと休め。夜遊びが過ぎてティエリア・ザリになるなよ。


 闘技場を去る間際、シャナアークスが言い捨てた言葉がユマの頭にこびりついている。


「ティエリア・ザリというのは何だ?」


 いつものように蒸風呂で一日の疲れをとっていたユマは、髪の手入れを任せるついでにリンに問いを投げた。

 ほんの軽口だったのだが、ユマは周囲の空気がすっと下がるのを感じた。リンは明らかに動揺していた。


「どこでその名前を?」

「(へぇ……人名だったのか)闘技場の前でフェペス家の従者だかに言われたよ。ヤムの奴らはティエリア・ザリの肉を食っただけではなんとやらってね」


 ユマは危うい話題に触れてしまったことに気づき、気まずい空気が流れ始めたのを後悔し始めた。どうにもローファン伯爵家でこの名は禁句らしい。

 リンは若い学者――自称だが――の表情から見て取ったのか、ユマの手をとって安心させるように、優しく忠告した。


「先生、二度とその名をこの家で口にしてはなりません。特に御館様の前では……」

「アカアは?」

「絶対になりません」

「あ、ああ……わかったよ」


 リンの声色が重く凄みを帯びてきたので、ユマは思わずたじろいでしまった。



 当然ながら、次の日も訓練は続く。

 ユマとキダが操る竜機は、前日よりさらに精彩を欠いていた。一度見せた四輪の竜機も、速度が一定でなく、よく転んだ。最後の方になってようやく持ち直し、シャナアークスの槍をなんとかさばくことが出来るようになった。それでも不安定で、時折恐ろしく正確な動きをするかと思えば、槍さばきが全くなっておらず、またその逆もあった。

 いわゆるスランプに二人が陥っているのではないかと思ったシャナアークスは一考した。


(一度、クゥの試合を見せておいた方が良いかもしれない。そういえば、明日試合があったな)


 大事なローファン伯との賭け試合の直前に試合を入れるとは、クゥも二人を侮ったものだ――と、シャナアークスは小さな憤りを覚えた。このことは、彼女がユマとキダを気に入り始めた証拠だろう。


(異国人にしては、まだ骨のある方だ)


 ふと、二人の方を見ると、何やら妙な事をしている。

 キダが走っている。ユマが地面に線を描いて、その上を走っているようだ。キダは呪いのせいで全力疾走できないから、小走り程度だが、それでも踵が痛むらしく、


「これ以上は無理だ……」


 と、音をあげた。


「いや、十分だ」


 ユマがそう返したが、二人の会話は端から見れば大いに怪しむべきで、


(逃げる算段をしているのか?)


 と、特にユマを疑っているヌルはそう思った。

 シャナアークスも似たようなことを考えないでもなかったが、二人の表情には他人を欺いて逃亡を企んでいる暗さがない。


(逃げたらその場で斬ってやるが……)


 と、人知れず妖しい笑みを浮かべた。キダはともかく、ユマは時折反抗的で、それが癇に障る時がある。ユマはあずかり知らぬことだが、シャナアークスはローファン伯とフェペス家当主から二人が訓練中に逃亡した場合の処分について一任されている。


「明日、クゥの試合がある。入場許可をとっておくから、明日の訓練の後、ユマは闘技場に残るように……」


 シャナアークスが言うと、朝からほとんど言葉を発しなかったユマが顔を上げた。


「クゥは今の貴方と同じように、俺たちに負けるはずがないと思っているのだろうか?」


 (よど)みのない声だが、刺すような鋭さがある。


「わからない。だが、あの女は勝負の相手を侮るほどに軽薄ではない」


 嘘だな――と、ユマは思った。シャナアークスが一瞬、目を逸らしたからだ。

 ユマの言わんとしていることがわかったシャナアークスは癇に障ったのか、


「クゥを甘く見ると痛い目にあうぞ!」


 と怒声を発して、振り上げた鞭でユマを打った。


――お前こそ、油断しているじゃないか。


 そういわれたと思ったシャナアークスは、明日の訓練ではユマに血反吐を吐かせてやろう――と、心中で毒づいた。


(俺たちは、お前の奴隷じゃない!)


 ユマは肌が裂けるような痛みに耐え続けたが、最後まで()びの言葉は吐かなかった。

 クゥとの竜機戦まで、残り三日である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ