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貴く翔べ  作者: 風雷
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第二章「闘士衝冠」(6)

 次の日の朝、ユマは早速闘技場に向かうことになった。

 寝こけていたところをヌルに蹴飛ばされて起きたのだから、最悪の寝覚めと言える。


「ふわぁ……まずは、竜機とやらを見ないとな……」


 ユマはリンをみて挨拶すると、ヌルのことは全く無視して着替えと朝食を終えた。

 どうやらユマが寝ている間に王宮からの使者が伯爵邸を訪れ、試合の認可が正式におりたらしい。この一事をとっても、もはやこの試合がユマの手を離れていることは明白だった。

 ユマの付き添いをローファン伯に命じられたヌルはいかにも不機嫌そうだったが、


「いいじゃないか。クゥ様と話せるかもしれんぞ」


 と、ユマになじられて顔を青くした。ヌルの自分に対する悪印象は拭いがたいと思ったのか、ユマは彼に遠慮が無くなった。


「行ってらっしゃいませ」


 丁寧にお辞儀するリンに向かって、


「何、ちょいとオロの玩具(おもちゃ)で遊んでくるだけさ」


 と、愛想良く声をかけると、彼女は小さくはにかんで、妙に上機嫌な客人を見送った。


 屋敷を出ると、路傍にて彼を待っていた人影があった。一人はホルオースで、もう一人はなんとキダだった。馬車があるが、乗るのはホルオースだけで、キダは徒歩でここまで来たらしい。


「貴方に教えていただけるのかな?」


 あまりにも上機嫌なユマをみてホルオースは首を傾げたが、キダは終始押し黙っていた。ユマも、特に彼に話しかけることはしなかった。

 ホルオースの言うところ、闘技は市民が仕事から解放される午後五時過ぎから開催されるのが決まりであるらしく、ユマは昼過ぎまで竜機の訓練を行ってよいとのことだった。


「郊外へ出て練習させられると思ったんだが、随分と用意がいいな」


 と、言ったのは、この破格の待遇にヌルでさえも唖然としていたからだ。


「それだけ、光王が貴方に期待なさっておられるのでしょう」


 ホルオースが言うと、ヌルが鼻を鳴らした。


(嘘を言え。逃げ出さないように監視するためだろう……)


 ローファン伯から頂いた書状を受付で見せると、闘技場の大きな門が開き、闘士たちの聖地に通された。円形の広い空間である。乾いた砂を押し固めたような黄色い地面が見え、がらがらの観客席は、その空虚の大きさにかえって圧倒されそうだ。


「あれが、竜機です」


 と、ホルオースに言われずとも、ユマの目はそれに釘付けだった。

 アカアの説明を聞いたところ、ロボットのようなものを想像したユマだったが、目の前にある奇妙な金属の固まりは、どちらかと言うと首の無い竜の彫像に鞍をつけたような形をしていて、竜機というよりは竜騎というべき乗り物だ。バスケットのような丸く窪んだ操縦席があり、それに足を二つ生やしたようで、後部にはおそらく平衡を保つための尾らしきものがある。前面には小さな手が二つついており、その両方に鋭い槍を持っている。ただし、今は無人であるから、二つの足を折って座っている状態である。

 ユマとキダは、立ち並んだまま無言でそれを見ていた。幼い頃、親にせがんだプラモデルがあったが、その頃の自分たちがこれを見れば嬉々として飛び乗っただろう。だが、今の二人にとってこの首なしの竜にも似たものは、自分たちを黄泉へと誘う死出の舟でもある。

 これが歩く――と聞いたユマは驚くと共に、その際の激しい揺れに酔ったりしないか心配になった。


(何で出来ているんだろう?)


 竜機の表面を軽く叩くと、金属にしてはやや軽い音が鳴った。肌触りは滑らかで、土で出来ているようにも見えない。


「これは二対二の闘技で使用するもので、普通の竜機より大きく、強力です。座席の前部が機、後部が竜となっております。機に乗る者は両足を操り、竜に乗る者は両手を操るという意味です。両者の呼吸が合わなければ、竜機は動きません」


 ホルオースの説明を簡単に聞いた二人は、まずは竜機に乗ってみることから始めた。


「祈りを済ますように……」


 乗り込もうとする二人を咎めるような声を出したのは、ヌルだった。


「オロの闘士は闘技場に立つとき、必ず神に祈る。お前たちは決闘をするわけではないが、闘技場で竜機を駆る以上、泉にて神に誓いを立てよ」


 ヌルは観客席に割りいるようにして闘技場の端にある泉を指差した。そういえば――と、ユマはアカアが闘技場にも光精の泉があると言っていたことを思い出した。

 信仰とは無縁のところにあるユマは、神に祈れと言われて苦笑した。


――神とは?


 と、ヌルに聞いたならば、


――精霊王である。


 と、彼は答えるだろう。そんなことは道中でアカアに聞いているユマは、食事前に彼女が胸の前で両手をへの字に合わせているのを真似て、誓いの言葉をしばし考えた後、思いついた言葉を呟いた。


「精霊王よ。この揺れの激しそうな不細工な乗り物で二人が酔いませんように、ご加護を――」


 横でそれを聞いていたキダは噴き出しそうになったが、あえてユマに倣って神に祈った。

 操縦席に乗り込んだ二人は困惑した。操縦桿(そうじゅうかん)やその類のものが全く見つからなかったからだ。それに内部は外と比べて粘土のような物質で固められており、何やら乗り心地が悪かった。


「内部は魔灰(まはい)と呼ばれる土が塗られております。魔灰は精霊の死骸ともいわれていて、念じて魔力を送れば、動きます」


 というホルオースの説明は簡潔なだけに、最悪にわかり辛く、二人はしばらくの間、何も出来ないでいた。



 ユマとキダがやきもきしているのを傍目でみていたヌルは、おもむろにホルオースに近づいて声をかけた。


「あの二人、どう見る?」


 まさかヌルに話しかけられると思っていなかったホルオースは、探るような目でヌルを見た後、感情の無い声で答えた。


「異国の術士とはいえ、クゥ様に敵うわけはないでしょう」

「そうではない。俺が訊いたのは、あの二人が何者か――ということだ」


 ホルオースの視線があがった。ヌルの言わんとしていることがうまくつかめないらしい。


「東方の出であるとのことですが……」

「それよ――」


 ヌルが声を上げると、操縦席の二人が驚いたようにこちらを見た。ヌルは、何でもない――と、言わんばかりに手を振った。


「東に空を飛んだり、馬車の数倍の速度で走る乗り物があるという話は聞いた事がない」

「何せ、地の果てですからな。何があるかはわかりますまい」


 ホルオースはユマの素性を疑っているわけではなさそうだ。それもそのはずで、キダは既にフェペス家の奴隷であり、ユマは彼にとって他家の人間だ。そこまで疑ってかかる理由がない。だが、微かに興味を覚えたのか、ホルオースは目でヌルに問うた。だが、彼はそれ以上会話を続けるつもりはないらしく、


「いや、良いのだ」


 と、話を切り上げた。



「なあ……」


 操縦席の中で背をあわせるような感じで、二人はへたり込んでいたが、それまでほとんど無言だったキダが口を開いた。


「待て。俺たちが脱走の算段をしていると思われたらまずい。ホルオースはこっちを見てるか?」


 キダは恐る恐る操縦席から顔を出した。どうやらホルオースはヌルと話していてこちらを見ていない。


「いや、大丈夫だ」


 ユマは小さく目を閉じると、


「どうして逃げなかった?」


 と、キダに問うた。朝、ホルオースと二人きりで自分を迎えたキダを見たユマは、まずそれを疑問に思ったのだ。


「俺が逃げると、お前が殺されるだろう?」


 キダは、ユマの目を見ずに言った。ユマは信じられない言葉を聞いたように言葉を失っていたが、徐々にキダの言ったことが染みてきたらしく、深く頷いた。


「さて、どっちから話そうか?」


 オロ王国に至ってからの、互いの身の上を知らねばならない。キダの話は長そうだと思ったユマは、まずは自分のことから話した。


「お前は運がいいな……」


 キダが恨めしそうに言った。恨めしそう――では済まされない光が彼の目に灯ったのを見て、ユマはこれまでのキダの苦労が並々ならぬものであったのだろうと想像した。ただ、ユマが車を捨てたことに対して、キダは感情をあらわにして、


「なんてもったいないことをするんだ!」


 と、声を荒げたため、ユマは驚いてキダの口を塞いだ。


「わかってる。自分でも馬鹿なことをしたと思ったよ。でも、ああしなけりゃ今頃飢え死んでるか、野生の猿にでもなっていたよ。それに、この試合さえ乗り切れば伯爵が車を取り返してくれる。それを売っぱらったら、かなりの金になると思うぜ」


 いつまでも財産として保有するつもりのないところが、ユマはまだ賢いと言えた。燃料が有限である以上、持っていても宝の持ち腐れでしかない。錆付く前に高値で売ったほうが遥かに良い。

 ユマの言葉で興奮が止んだのか、キダは自分の身の上を語りだした。


「最悪だった」


 キダによれば、彼はユマが消える瞬間を見たらしい。


「突然、周囲が真っ白になった。雷が落ちたのかと思った」


 ユマが光に包まれるのを見たキダが思わず車を止めると、周囲が異様な光で満たされるのを感じた。それが止むと、今までユマの車があった場所は何もなくなっていて、ただ地面に黒ずんだ跡があった。ほんの十センチ程度の炭くずのような跡だった。驚いたキダが、車外に出てユマの姿を捜すうちにそれを発見したのだが、彼がその黒丸の傍によると、突然、恐ろしい力でその場所に引っ張られて、宙に浮いたような不快感と共に気を失った。

 キダは身ひとつでオロ王国に迷い込んだ。


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