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貴く翔べ  作者: 風雷
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第八章「アルンを殺せ」(16)

 黒い屋敷――初めてガオリ侯爵邸を訪れたユマの頭に浮かんだ言葉だ。

 ローファン伯爵邸やシェンビィ公爵邸の華やかさに比して、ガオリ公爵邸の彩の少なさは落ち着きとも言い換えられるものである。

 とはいえ、侯爵邸の前を通りがかった他国の者が、「一国の大臣とは思えぬ質素さだ。見上げたものである」などと知った風な口を利くかと言えば、そうではない。大多数の者は落ち着いた屋敷の造りに感嘆の声を上げるのである。つまりは、シェンビィ公やローファン伯の邸宅が派手すぎるのであって、ガオリ侯が質素を好むなどということはない。

 さて、王都の夜も更けた頃、ガオリ侯爵邸の門を潜る小さな影があった。

 夜陰に乗じてというには、あまりにも堂々としている。一見、誰もその者に気づいていないようである。だが実際は家人の誰もがその者の顔を見知っており、多くはその者と目が合うとあからさまに嫌な顔をして、逃げるようにその者から離れるのだ。

 エイミーという、この少年をよく考えてみれば、それも無理からぬことかも知れない。

 他の貴族の邸宅と比べると、この屋敷は灯が少ない。薄暗い廊下の突き当たりの扉を叩いた。


「ウルツ様、エイミーだよ」


 わずかな間があった。


「入れ」


 かしこまることなど知らぬような素振りでエイミーが部屋に入ると、ガオリ侯は机の上に山盛りになった羊皮紙を手に取りながら、ちらりと少年を見やった。


「派手にやったな」


 ユマが封じられたばかりのティエレンが安定するかどうかは、それがガオリ侯とシェンビィ公の協力下で行われたことであるからか、街の規模に比してはかなり王宮の関心を集めている。それ故に、エイミーが何をせずともユマの状況が逐一ガオリ侯の耳に入るようになっている。


「まずかった?」


 ガオリ侯は誰よりもエイミーのことを知っているのかどうか。悪びれもしない少年に機嫌を崩す様なこともなく、感情の無い声で答えた。


「いや、よくやった」

「本当に?」


 ガオリ侯はエイミーの問いに少し驚いたようである。ようやく顔を上げたかと思えば、「ふむ……」と顎を撫でながら少し考え込んだ。


「お前にしてはよくやったということだ」

「ユマはそう思ってないみたい」

「ほう、何が不服か?」

「うーん、ちょっとよくわからない」

「馬鹿を言うな。お前の神知しんちでわからぬものなど無いだろうに――」


 言いかけたところで、また顎を撫ではじめた。「ふむ、ふむ……」などと数秒考えた後、


「詳しく話せ。なるべく順序立ててな」


 と、まるで我が子に言い聞かせるように言った。

 エイミーの説明は簡潔である。それ故、報告者にありがちな主観の混入が起こりにくいのだが、簡潔であるがためにガオリ侯は何度もこの少年に質問をぶつけなければならなかった。


「ユマも青い。あれはまず民草の信頼を得ようとしていたのだろう。だが、それも力あってこそだ。ユマは怒ったというが、私はお前がやったことが間違っていたとは思わんな」


 ユマが聞いたら青筋を立てて怒りに震えるだろうが、ガオリ侯はエイミーの行動を誉めた。

 話の中で、ユマが空術を用いたことはガオリ侯の興味を引いた。


「ティエレンの民はあれを風と火の術などと呼んでいるそうだな。クゥに習ったか?」

「ううん、見よう見まねみたい」

「見ただけで真似たのか。いや、元より干戈を交えた仲だが――」

「それでね、ユマにエイミーの術がバレちゃったの」

「神知の術がか?」

「うん」


 これにはさすがのガオリ侯も驚いた。エイミーの操る魔術はオロ王国の術体系に属さない。故に未知であり、それは強力な武器でもあった。エイミー自身がそれを隠すだけの知恵を持ち合わせていないのはガオリ侯もよく知っていて、それでいて彼を手元に置くだけの価値は十分にあった。

 今のところ、エイミーの神知すら通じぬ人間はシェンビィ公とファルケオロ公、そしてその孫娘たるファルケ・ファルケオロの三人だけである。この三人は伝説期より受け継いだ精霊結晶の加護があるためか、エイミーでもってしても心を読めない。

 ユマが神知の術を跳ね返したとすれば、それは彼が高純度の精霊結晶に護られていることを意味する。


「心当たりはあるか?」


 ガオリ侯のユマに対する興味は、ひとつはそこにある。

 だが、エイミーは何を訊かれているのかさっぱりと言った風に首を傾げた。


「やはり、あれに精霊結晶は宿っていないのか」

「ユマに付いてるのは精霊じゃないよ」


 ガオリ侯ほどの男でさえ、エイミーの言葉には振り回されるのか、もはや何も言わずに続きを促すように視線を投げかける。


「呪い――かな?」

「それはウォレス殿が――」


 思わず口を閉じた。この世のどこにも出せぬ言葉である。


(それはウォレス・ローファンがユマに刻んだものだ!)


 結局、よくわからないということらしい。こればかりはシェンビィ公の一人娘であるクララヤーナに訊いてみたいところである。


「よい、わかった。お前の話を聴くところでは、ユマは民草の反感を買ってはいない」


 使いづらさでは家臣の中でも群を抜いているが、エイミーは有能である。ガオリ侯としては、ユマの側に置いておくに彼ほどの適材もいないのである。


(だが――)


 このままエイミーをユマの側に置き続けるのは危険を伴う。エイミーの話では、どうやらユマは神知の術を解析している節がある。ユマが神知の術を扱えるようになれば、大きな脅威となり得る。同じような理由で、ガオリ侯は精霊の動きを事細かに観察することのできるクララヤーナの前で神知の術を使わないよう、エイミーに厳命してある。

 ユマは向こう見ずなところがあるが、話の通じぬ男ではない。今回の件は彼の機嫌を損じたに違いないが、それでもユマは自分の立場をよくわかっているようである。アルンの一件が片付いた今、ことさらにエイミーを監視に付ける必要は無いだろう。


「明日から王宮に戻れ」


 普段からエイミーを光王の近くに置いておくのはガオリ侯にとって実に都合が良い。だが、エイミーは王宮に戻ることが出来なかった。翌朝の話だが、ティエレンからの使いがアルンと通じていた医術士の失踪を告げたからである。ガオリ侯は彼の捜索にエイミーを向かわせることになる。この少年の前では人を匿うことは無意味であるから、適任だろう。

 さて、ティエレンで何かあるだろうと思っていたが、こうも早く騒動になるとはユマという男はどうにも落ち着きがない――などと息をついたということは、この件はガオリ侯の中でひと段落ついたということだろう。


(ともあれだ。あの男とは上手くやれそうだ)


 ガオリ侯は、自分でもよくわからないがユマとの相性の良さのようなものを感じている。ガオリ侯のような立場の者にとってそれは友情というよりは、相手が自分のコントロール下にあるかどうかという認識に近かった。

 と、その時、エイミーがひとりごちるように言った。


「ウルツ様はね、多分ユマと仲良くできないよ……」

「エイミー、私の心を読むなと言っただろう」


 ガオリ侯がたしなめると、エイミーが首を振る。心を読まずとも、顔に出ていたと言わんばかりである。だが、この少年は人の心を読めるあまりに、普通なら備わっているはずの洞察力に欠けているところがあるから、ガオリ侯がそう思ったのも無理はない。


「まあいい。ユマが私に刃向うと?」

「それは無いと思う」

「では、何が言いたい? お前の神知はユマに何を感じたのだ?」


 心なしかエイミーの瞳が妖しく光って見えた。


「エイミーとユマはね、いつか必ず――」

「必ず?」


 少年の口が邪悪さえ感じるほど歪に曲がった。ガオリ侯が知らぬエイミーである。


「必ず殺し合う。予感がある」


 思わず息を呑む音が部屋内に響いた。ガオリ侯は表情こそ崩さなかったものの、ほんの数秒の間、エイミーを見たまま微動だにしなかった。



八章「アルンを殺せ」了

九章「ジェヴェとジェベ」へ続く

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