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貴く翔べ  作者: 風雷
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第八章「アルンを殺せ」(10)

 着地と同時にエイミーの足が眩い光を放った。

 破裂音と共に、地に付いたユマの手に激痛が走る。


「うおぉッ!」


 雷震らいしんと呼ばれる、闘技場で好んで用いられる雷術の一種である。地面を伝った雷精がユマに電流を流しこむ。


(まずい、死ぬ!)


 そう思ったということは、全身が痺れて筋肉が収縮するのを感じながら、ユマは死んでいないということだ。だが、全ての属性の魔術を目にしたわけではないユマが、実は密かに恐れていたのがこの雷術である。ユマは空術の他には火術と土術を知っているが、どちらも困難にせよ防ぐ手段がある。だが、雷術はどうだろう。鋭く貫く力、電流――それらはどうやって防御するのだろうか。雷精の作用した弩発や火尖からの防御がいかに難しいかはユマ自身痛感するところである。

 そしてユマにとっての痛恨事は、この思考すらエイミーに読まれているということだ。

 例えば体を直につかんで雷術を放てば、ユマは確実に敗北する。下手をすれば命を落とすだろう。先ほど空中での接触の時にそれをされていれば、今こうして立っていることすらできなかっただろう。

 と、その時――


(いや、待て)


 ユマの思考を何かが通り抜けたところで、弩発が彼を襲う。避け様にエイミーの顔を見た。軽く首を傾げながら、少年は呟いた。


「すばしこいね」


 またもや跳躍して時間を稼ごうとするユマを嘲笑うように、エイミーは地に跪き、地面に手を添えた。


「逃がさない」

(いいや、逃げるね!)


 大空へと跳躍する空術――恐らくこれに名を付ける権利はユマにあるだろう――でもって跳びあがったユマは、途端に何かに激突した。咄嗟に風精で防御しなければ、首の骨が折れていたかもしれない。


「なッ――!?」


 眼前を砂埃が舞った。


(土だ……)


 叩かれた蠅のように落ちたユマが見たのは、地面から指のように生えた土の柱である。ユマとエイミーを囲むように、それは幾重にも屹立しており、円の中心に向かって傾いている。ユマの直上も、閉じかけたつぼみのように土の爪が遮っている。


(トーラと似ている)


 かつて、闘士トーラがクゥと闘った際に用いた土術を思い出した。今、エイミーが繰り出したものはそれと同種だろう。


(化物か、こいつは!?)


 エイミーは少なくとも空、雷、土の三つの術をユマの前で扱って見せた。ルガの話によれば、火術の扱いにも長けているに違いない。闘技場の術士は、クゥは空術、シャナアークスは火術、トーラは土術とほとんど一種の魔術しか操っていなかった。一流の術士はいくつもの魔術を高度に操れるものなのだろうか。その答えを出すにはユマの経験は浅すぎる。


(だが、偏りはある)


 ユマにこの洞察が可能だったのは、トーラの試合を見た経験からだろう。エイミーの土術は彼には及ばない。恐らくそれほど得意というわけではないのだろう。ユマは精霊を見ることができる。どの精霊に活気があり、効率的に動いているかは見れば逐一把握できる。その点、エイミーの周囲で最も活力に富んでいるのは雷精である。

 しかしながら、ユマの思考はエイミーの掌中にあるのである。


「今のユマじゃあ竜爪りゅうそうの術は破れないよ」


 自ら繰り出した土術をそう呼んだエイミーを傍目に、ユマは再度飛び跳ねた。


(火尖なら――)


 ユマは折れた剣に火精と雷精を集め、彼が知る限りにおいて最も鋭利な魔術を繰り出した。炎というよりはガスバーナーの様に鋭く燃える剣で、最も薄いと思われる頭上の土壁を斬り払った。

 土煙の向こうに、空が垣間見えた。だがそれも束の間、ユマが手を伸ばすより遥かに速く、土が盛り上がり、より厚く天井に蓋をする。


(吹き飛ばすか?)


 次にユマの脳裏に浮かんだのは弩発である。ユマはこれまで何度か弩発を使ったが、相手を殺さないように最大限手加減していた。そうではなく、クゥが自分に向けてきた殺意の塊――生身では竜機から繰り出すほどの威力はないだろうが、それならばこの壁を壊せるのではないだろうか。つまり、ユマにとって竜爪による動きの制限はそれほど致命的と言えた。

 だが、エイミーは二度もユマに機会を与えるほどには優しくなかった。

 ユマが己の不覚に気づいた時には既に、エイミーが放った散弾弩発の一つが、跳躍を終えて着地したばかりの右足首にめり込んでいた。


「――ッあ!!」


 悲鳴とも呻きともとれる声が狭い空間に鳴り響いた。骨が砕けたような激痛にユマは戦いの最中であることすら忘れてもんどりうった。


(逝った……右足ッ――!)


 苦しみもがきながら、ユマの頭の何処かが冷めた目でエイミーを観ていた。彼が次の散弾弩発を繰り出そうとしているところを、そう――ユマは観ていたのである。

 火尖を無力だと放置したエイミーが、弩発を妨害したという疑問は当然ユマの脳裏にあった。だが、手加減無しでの弩発を瞬時に繰り出すには、ユマは術士としての研鑽があまりにも足りない。本当は壊せるとしても、出来なければ意味がない。


――ユーユ殿、見事な風攻でした。


 あまりにも突然に、パソォの言葉を思い出した。一度それに驚いた後、その意味を理解し、パソォに感謝した。


(いや、出来る)


 四風将棋における風攻の極意は、変幻自在な攻めにある。相手に次の手を読ませないのではない。いや、ユマが先日ルガを追い込んだ時のように、読ませることで機能するとすら言える。読ませて、選ばせるのだ。

 ちらりと、ユマはこの狭い空間において全力で散弾弩発を放てばエイミーを倒せるのではないかと思った。恐らくそれは正しい決断ではあったろう。だが、今のユマにとってそれは非常手段である。非常手段は、使ってしまった方にも不利益をもたらすからこそ非常なのである。確かに散弾弩発は、今のユマが体得する中ではエイミーに対して最も有効な術だろうが、彼を殺してしまっては元も子も無いのである。いや、それはユマにとって敗北であるとすら言い切って良い。そういう立場に今の彼はある。

 アルンは殺せない。それだけは譲ってはならない。


(あれは使わない)


 危機にあってその判断に絶対の信頼を置く他なかったユマは、実に大きなものを背負ったというべきである。


「これからお前に向かって全力で弩発を射ち込む。クゥに砕かれた竜機みたいに木端微塵になりたくなければ、避けろ」


 ユマはエイミーに向かって凄んだ。今のユマにとっての風攻とは、エイミーに二択を突きつけることだろう。ユマの脱出を許すか、さもなくば弩発を正面から受けきるかだ。たとえユマが弩発を外したとしても、それは竜爪の何処かに必ず風穴を開ける。それで脱出しても、仕切り直しになるだけである。だが、今の不利な状況よりは遥かにマシだろう。試す価値は十分にある。


「どうやって?」


 エイミーの足に精霊が集まる。

 雷震――ユマはこれに最も苦手意識を持っていると、エイミーは十分に理解したのだろう。


(こうやってだ!)


 ユマは左足だけで跳躍した。空術で跳び、土の壁に至れば更に空術を発動してまた別の方向に跳ぶ。まるでコップの中にゴム弾を投げ入れた様に、ユマは四肢の全てに周囲に存在するありったけの金精、風精、雷精をかき集めた。

 竜爪の術によってもたらされた土の壁の隙間から、隙間風と呼ぶにはあまりにも凄まじい勢いで外気が流入した。土煙が立ち、火花さえ散った。ユマはその中を、エイミーが適当に散弾弩発を放って当たるに任せようと決断するくらいには、縦横無尽に駆け回った。

 そして毛筋ほどの余力で以って、弩発のための精霊を集め始めた。



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