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貴く翔べ  作者: 風雷
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第八章「アルンを殺せ」(9)

 ユマは確かにエイミーをアルンと呼んだ。彼の素性をこの場で暴露することは全くユマにとってすら不利であったし、その上彼はエイミーの変化の術を破る方法を知らないのだ。

 対峙する敵が、噂に聞いたアルン本人であったのならどれほど楽だっただろう。ユマは己の力量を過信するわけではないが、シャナアークスやクゥに比べれば、血を流さずに勝利するくらいの芸当はできただろう。


――アルンを殺せ。


 ルガからこの言葉を託されたユマの迷いは既に晴れているが、エイミーが相手というのが悩ましい。

 彼はどうやら、チタータを人質に取るつもりはないらしい。もしそうなった場合について、ユマが何を考えているのか心を読んだのだろうか。


「これは――」


 エイミーはユマからつかず離れずといった位置を保ちながら、ゆっくりとチタータから離れる。


「決闘だ……」


 彼の真意が何か、ユマにはわからない。


「違うな。くだらん喧嘩だ」


 まるで相槌を打つように、エイミーの目が微かに笑った。感情表現が実にわかりにくい少年であると思っていただけに、ユマには意外だった。


(場所が悪いが――)


 周囲を気にするように、ちらりと視線を移した。


(あれは『無し』だ。危なすぎる)


 ユマは最初に弩発を放ってからすぐに浮かんできたある発想を今は封じることに決めた。

 彼がそう考えたことが失策であったとするのは酷だろう。考えることを止めることなど、誰にも出来はしない。

 少年の顔は恐ろしいほどに邪悪な笑みで染まっていた。エイミーは徐に足元の小石をいくつか拾い上げた。


「あっ――」


 怖気を感じたユマが飛びのくのと、エイミーがそれを空中に放るのとはほぼ同時だった。

 いくつもの小石が弾丸のように爆ぜた。


「うおおッ――!!」


 ユマは悲鳴にも似た声を上げながら、必死にそれから逃れた。ユマの後ろにあった家屋に弾丸が込み、粉砕した。


「へぇ、散弾っていうのか」


 エイミーは小さな驚きとともに、破壊された壁と、宙に舞うその破片を見ていた。


(心を読まれた!)


 エイミーは、ユマが自らこの場での封印を決意した術を躊躇いもなく実演してみせた。ユマが頭を抱えたくなったのは、エイミーはこの散弾弩発で他の誰かが巻き添えになっても構わないと思っているだろうからだ。そうでなくば使いはしないだろう。


(いや、それならそれでやりようがある)


 ユマは、もう慣れつつある跳躍の空術を繰り出し、次の散弾に襲われる前に空へと跳躍した。


「ここまで来やがれ!」


 バッタのように、あるいは蚤のようにユマは上空へ飛び跳ねた。人によってはこれが雲雀が飛翔するようにも見えただろう。

 地上に取り残されたチタータは、ぽかんと口を開けながら、上空の人影を見て呟いた。


「へぇー、空術って空を飛ぶ魔術だったんだねぇ」


 クゥも空を飛ぶのかなぁ――などと感想を漏らしたチタータは、いささか緊張感に欠けると言ってもいいだろう。だが、互いの統領が文字通り決闘――ユマは否定したが――を行っている以上、彼此を問わずに見守る他ない。見方を変えれば、ユマはアルンに扮したエイミーと決闘を行うことによって、圧倒的な人数差を克服したとも言える。

 そしてチタータが言うように、空術とはまさに空を飛ぶための術であろう。ユマはこれを自分で編み出したつもりだったが、原理を発見したのはクゥである。ともあれ、闘技場でのクゥは一度も空へ羽ばたくことは無かったのだが――

 上空に跳びあがったユマは、恐らく同じように跳躍して自分を追って来るに違いないエイミーの姿を視界に捉えようとした――が、いない。

 火にくべた焚き木が鳴らす様な音が耳元で鳴るのと同時に、不意に首元に小さな針を刺す様な痛みを覚えた。直後、五感の全てがユマに危機を告げた。

 ユマは満腔が発した己への警告を全力で飲み込んだ。地上にいるはずのエイミーがいない。ならば彼は何処に行ったのか。


(後ろッ!?)


 他にない。真後ろにいるのならば、迎撃しなければならない。さもなくば今度こそ直に弩発を喰らうことになるだろう。そうなれば無傷で済まないどころか、命が危うい。


「ダメ、ユマ。風が強いところで火術はダメ。今は雷術が正解。使える?」


 恐ろしく澄んだ声が、びゅうびゅうと風切る耳元で鳴った。ユマは風精を制御しつつ、一気に振り返った。振り返り間際、またもや首筋がチクリと痛んだ。


「火尖? そう、それも正解。でもユマ、剣も槍も使えないよね?」

(舐めてやがる……)


 敵に助言を与えるほどの余裕を見せるエイミーには、実は殺意が無いのではないかと思ったユマだったが、少年の姿が視界に入った途端、「舐めて」いたのは自分であったことを痛感した。


(弩発……散弾……)


 それを近距離で放つのが最も効率的であることすら、エイミーはユマの思考から読み取って知っているのだろう。

 エイミーは手の中の小石を放り出した。金、風、雷の精霊が順々に集まり、ユマだけに見える光を放つ。


(受けきれるか!?)


 既に集めている風精で防御を試みればどうだろう。前にクゥの闘技試合を観戦した時、前座試合で風術士が風術を使って防御を行っているのを見た。あれと同じことをすれば弩発をいなせるのではないか。


(いや、無理だ)


 それほど甘い術なら、クゥは闘技場で驍名ぎょうめいを得ていないだろう。生半可な魔術では防御不可能であるからこそ、クゥは空術のみで勝ち続けることが出来たのである。

 強靭な火尖ならば確実に弩発を叩き落せる。だがそれも弾丸がひとつの時に限るだろう。シャナアークスのように剣の達人ならいざしらず、ユマのようなずぶの素人が同時にいくつも襲い掛かる弾丸を全て叩き落すなど不可能である。

 もはや瞬きひとつの猶予も無い。竜機を用いたクゥの弩発ほどの威力は無いだろうが、エイミーの散弾弩発も直撃すれば致命的だろう。


(なるようになりやがれッ!)


 ユマは、足底に集めた風精を爆発させ、さらに上空へと飛んだ。


(高くッ! 高く飛べ!!)


 エイミーより高度を維持すれば、弩発の狙いが甘くなる。ユマの現状を考えるに、他に選択肢は無い。


「それもダメ」


 耳元で恐ろしく冷たい声が鳴った。

 距離を取って戦おうなどというユマの夢想も、簡単に崩壊した。ユマは自分より速く上空へ跳びあがったエイミーの拳に火精が集中する様を見た。

 防御には風精が適しているとユマが思っているのは、それしか知らないからである。

 エイミーは、上からたたきつけるように、ユマを無造作に殴った。ユマは剣を立てて防御を行ったが、剣がへし折れる音を聞くと同時に、地面に向かって真っ逆さまに落下した、


(着地を――)


 慌てて金精と風精を集める、雷精で撃ち出し、落下の衝撃を和らげる。ともあれ慣れぬ身だ。ユマは四つ這いに近い姿勢のまま地面に激突した。


「かッ……は……ッ!」


 全身の骨が砕けたのではないかと思いたくなるほどの衝撃に呼吸が止まる。だが痛がっている暇など無い。エイミーは確実に追撃してくる。ユマにとって今ある場所は常に危地である。

 大急ぎで立ち上がり、飛びのいたユマの上から、今度はエイミーが降ってくる。

 エイミーが着地と同時に繰り出したのは、ユマにとって全く未知の魔術だった。


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