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三年目の手紙

作者: 漫大
掲載日:2026/04/17

その手紙が届いたのは、誕生日の夜だった。


 帰宅したのは日付が変わる少し前。コンビニの安い弁当と、値引きシールの貼られたビールを片手に、俺はいつものように部屋の鍵を開けた。


 ポストに一通だけ、見慣れない封筒が入っていた。


 差出人の名前を見た瞬間、息が止まる。


 ——美咲。


 三年前、事故で死んだはずの名前だった。


 ありえない。そんなことは分かっている。それでも、指先が震えて封を切っていた。


 中には、見覚えのある丸い字で書かれた便箋が一枚。


 「誕生日おめでとう。これを読んでるってことは、ちゃんと三年、生きてくれたんだね」


 喉が鳴った。部屋の空気が急に重くなる。


 「きっと、仕事でボロボロだと思う。ちゃんと寝てる?ご飯食べてる?」


 図星だった。思わず笑いそうになる。でも笑えなかった。


 ブラック企業。残業、叱責、終わらない業務。何度も辞めようと思った。でも、辞めたら何も残らない気がして、続けていた。


 「もし、まだあの会社にいるなら、無理しなくていいよ」


 心臓が強く打った。


 「私、知ってる。あなたが“頑張ること”で自分を保ってるの。でもね、それって優しさじゃなくて、ただ自分を傷つけてるだけの時もあるんだよ」


 視界が滲んだ。


 「本当は、一緒に暮らして、普通の生活をしたかったね。朝起きて、くだらないことで笑って、夜は同じ布団で寝て」


 その未来は、事故の日に終わった。


 信号無視の車。倒れる音。病院の白い天井。何も言えなかった最後。


 「でもね、もし私がいなくなったら——あなたには“ちゃんと生きてほしい”って思ってた」


 拳を握る。紙がくしゃりと鳴る。


 「だから約束して。三年経ったら、一回立ち止まって。今の自分を見て」


 部屋の時計が、0時を指した。


 三年目の誕生日。


 俺は、何をしている?


 机の上には、開きかけの仕事用ノートパソコン。未読のメール通知が溜まっている。


 明日も早い。上司はまた怒鳴るだろう。


 でも——


 「それでも、苦しいままなら、その場所にいなくていい」


 手紙の最後の一文。


 「あなたが笑える場所で、生きて」


 静かに、息を吐いた。


 ずっと止めていたみたいに、長く。


 スマホを手に取る。会社のチャットアプリを開く。未読の通知が並ぶ。


 親指が、少しだけ止まる。


 それでも、画面をタップした。


 ——退職届を出します。


 送信ボタンを押した瞬間、不思議と怖くなかった。


 窓を開ける。夜の空気が流れ込んでくる。


 遠くで誰かの笑い声がした。


 「……遅いよな」


 誰に言うでもなく呟く。


 もっと早く、気づけたかもしれない。でも、今でも遅くないと思えた。


 机の上の手紙をもう一度見る。


 そこには、もう文字はなかった。


 白い紙が、静かに置かれているだけだった。


 ——それでも、確かに読んだ。


 胸の奥に残っている。


 「ありがとな、美咲」


 小さく呟いて、俺は冷めた弁当に手を伸ばした。


 いつもと同じはずなのに、少しだけ味がした。

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