三年目の手紙
その手紙が届いたのは、誕生日の夜だった。
帰宅したのは日付が変わる少し前。コンビニの安い弁当と、値引きシールの貼られたビールを片手に、俺はいつものように部屋の鍵を開けた。
ポストに一通だけ、見慣れない封筒が入っていた。
差出人の名前を見た瞬間、息が止まる。
——美咲。
三年前、事故で死んだはずの名前だった。
ありえない。そんなことは分かっている。それでも、指先が震えて封を切っていた。
中には、見覚えのある丸い字で書かれた便箋が一枚。
「誕生日おめでとう。これを読んでるってことは、ちゃんと三年、生きてくれたんだね」
喉が鳴った。部屋の空気が急に重くなる。
「きっと、仕事でボロボロだと思う。ちゃんと寝てる?ご飯食べてる?」
図星だった。思わず笑いそうになる。でも笑えなかった。
ブラック企業。残業、叱責、終わらない業務。何度も辞めようと思った。でも、辞めたら何も残らない気がして、続けていた。
「もし、まだあの会社にいるなら、無理しなくていいよ」
心臓が強く打った。
「私、知ってる。あなたが“頑張ること”で自分を保ってるの。でもね、それって優しさじゃなくて、ただ自分を傷つけてるだけの時もあるんだよ」
視界が滲んだ。
「本当は、一緒に暮らして、普通の生活をしたかったね。朝起きて、くだらないことで笑って、夜は同じ布団で寝て」
その未来は、事故の日に終わった。
信号無視の車。倒れる音。病院の白い天井。何も言えなかった最後。
「でもね、もし私がいなくなったら——あなたには“ちゃんと生きてほしい”って思ってた」
拳を握る。紙がくしゃりと鳴る。
「だから約束して。三年経ったら、一回立ち止まって。今の自分を見て」
部屋の時計が、0時を指した。
三年目の誕生日。
俺は、何をしている?
机の上には、開きかけの仕事用ノートパソコン。未読のメール通知が溜まっている。
明日も早い。上司はまた怒鳴るだろう。
でも——
「それでも、苦しいままなら、その場所にいなくていい」
手紙の最後の一文。
「あなたが笑える場所で、生きて」
静かに、息を吐いた。
ずっと止めていたみたいに、長く。
スマホを手に取る。会社のチャットアプリを開く。未読の通知が並ぶ。
親指が、少しだけ止まる。
それでも、画面をタップした。
——退職届を出します。
送信ボタンを押した瞬間、不思議と怖くなかった。
窓を開ける。夜の空気が流れ込んでくる。
遠くで誰かの笑い声がした。
「……遅いよな」
誰に言うでもなく呟く。
もっと早く、気づけたかもしれない。でも、今でも遅くないと思えた。
机の上の手紙をもう一度見る。
そこには、もう文字はなかった。
白い紙が、静かに置かれているだけだった。
——それでも、確かに読んだ。
胸の奥に残っている。
「ありがとな、美咲」
小さく呟いて、俺は冷めた弁当に手を伸ばした。
いつもと同じはずなのに、少しだけ味がした。




