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○屋よろづ事顛末記  作者: 霜月ニ條
第一章 事の始まり
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九. 事の成り行き




「で。何でこうなったんだ?」

「あのね……」

おさきが涼次郎の店を出てすぐの事。

どちらに向おうかと周囲を見回した時、東側にまさに探そうとしていた○印の半纏を見かけたのだと言う。

直接声を掛けるには些か遠い。

しかも相手の足は随分と早く感じられた。

これでは走っても追い付けないし、もしおみつの消息と関わりがあるようなら、下手に刺激して逃げられるよりも跡を尾行けた方が良い。

そう思ったのだそうだ。

「まあ、それが俺だったんだけどね。仕事柄、人に尾行けられないように注意はしてるし、俺そういうの視るの得意だから大丈夫だと思ってたんだけど。おさきちゃん、すげーわ」

と成次郎が苦笑する。

「仕事柄?」

「うん。人探し。行方知れずもあるし、浮気相手を探れって依頼もあるし。まあ成り行きで雇い人探してる店に人紹介したり、真さん絡みで奉行所の仕事手伝ったり、そんな感じかなぁ」

「ふうん、で?」

「それで、そのまま跡を尾行けてこの店に辿り着いて、どうしておみつちゃんの事を聞いてたのか聞いたの」

「ふむ」

「そしたら内緒だって言うから、教えてって頼んでたの」

「うん」

「……お終い」

「は?」

終わってしまった話に虎之助と輝平、涼次郎は呆気に取られた。

「ちょっと待って、おさきちゃん。もしかして、それを教える教えないだけで一晩ここに居たって事?」

「そう。だって本当に教えてくれないんだもの」

「いやいやいや、そんなの有り得ないでしょ?」

「それが本当の話なんですよ」

今度は伊兵衛が苦笑いした。

「だったら、アンタ達も追い返すなり、誰かおさきの家に知らせるなりしてくれりゃ良かったのに」

「それが自分の名前名乗ってくれなかったんだよね」

「はあ?!」

「だって、それで店に迷惑掛かったらイヤじゃない」

胸を張ってそう言い切るおさきの表情はまるで悪びれていない。

だがそのせいで、松坂屋の家中は上へ下への大騒ぎだったのだ。

「お前なあ!!!!」

「しっかりしてるんだか、抜けてるんだか、微妙だねぇ」

涼次郎の苦笑いが続く。

「まあ、そんな訳でこっちも仕事の話をそうそう他所のお嬢さんにお話出来ないし、かと言って送り届ける先も分からないで困ってたとこなんですよ。正直、若旦那達が来てくれて助かりました」

そう言って伊兵衛は三人に頭を下げ、それを受けて慌てて虎之助と涼次郎の二人も頭を下げた。

「はあ……ったく。人騒がせなんだよ、お前は」

「何よ。輝ぃちゃんにだけは言われたくないんだから」

「俺は男だから別に良いんだよ。お前は一応嫁入り前の女なんだ。ちったー大人しく花嫁修行でもしてろ、馬鹿」

「そんなのしたって意味ないじゃない」

「ああ?何で?」

「嫁ぎ先、輝ぃちゃん家だもん。アンタの為にそんなのする気になんてならない」

「ああ?!」

「どうせ他の女の人の所にしかいないでしょう」

そう言うとおさきはべーっと舌を出してそっぽを向いた。

「おさき、てめ!!」

「そんな事は無いと思いますよ」

怒鳴りつけようとした輝平の声に静かな別の声が重なった。

「え?今の誰?」

「私です」

「きゃ!!」

突然目の前に現れた(と思っている)姿に驚いたおさきが、思わず輝平の胸に縋りつく。

輝平は一瞬ヘンな顔をしたが、何も言わずそっとおさきの肩に手を置いた。

「今の話ですけど。おさきさん、あなたが嫁がれたら多分桐ノ屋の若旦那さんの女遊びは治まると思います」

ふいに割って入った千之輔は淡々とそう言った。

「どうして?」

「本当に気にしていない許婚者なら、そもそも探したりなんかしません。噂を聞いた範囲でだけですが、輝平さんという人はそういう類いの人です」

「え?……そうなの?」

「あ?知るか」

「ああ……言われてみれば確かに。お前、何だかんだ言っておさきが絡む話には全部首突っ込んで面倒見てるよな。ガキん時のセミ取りとか、熱出した時に卵盗みに入ったりとか、こないだは付け回してたどっかの浪人ぶん殴ってたし」

「虎之助!!余計な事言うな!!」

「卵盗むって、輝平ちゃんなら買えるんじゃ」

「五歳の時の話だっつーの!!」

「それでも盗みは……」

「ですから、思われていないというのはあなたの勘違いです」

「あ……そう、なんだ……」

そう言ったおさきの頬が赤くなる。

「え?何、もしかしておさき、本当に輝平の事好きなのか?!」

それを見て衝撃を受けた虎之助は思わずそう叫び。

「えぇ……虎之助ちゃん……」

「紀伊屋……」

「紀伊屋さん……」

「虎之助……」

「「「「鈍すぎ」」」」

涼次郎・成次郎・千之輔・輝平に一斉に突っ込まれ、挙句

「それにそんな事大声で言っちゃダメですよ。無神経ですね」

と千之輔から更なるダメ出しを喰らった。

「え?!嘘?!」

「本当に気付いてなかったんですか?」

伊兵衛に問われ、黙って頷く。

「もしかして、若旦那もおさきさんの事、好きだったとか?」

「違う」

それは即否定する。

「ただ、何つーか……ああそうなんだってびっくりしただけ」

「要するに子供なんだ」

「そうだね。ちょっと虎之助ちゃんらしいかも」

「今度本当に岡場所連れてってやる。この年でそれは問題あり過ぎだ」

「るせえ!!」

今度は虎之助が耳まで赤くする番だ。

「それより、これからどうすんだよ、おさき!!」

強引に話を変えたくて、虎之助はそう言っておさきを見た。

「これからって……」

「おみつの事だよ。まだ探すのか、それとも諦めてお上に任せるのか。どうすんだ?」

「それは……」

口ごもり、輝平の顔を見て下を向いた。

「探したい。探したいけど、皆に心配かけて迷惑かけるんなら、探しちゃダメだよね」

「そうだな」

「…………あ、そうだ」

落ち込んだおさきだったが、ふと何か思いついたらしい。

おさきは顔を上げた勢いのまま、目の前に立っていた千之輔の手を両手で握った。

「あの、○屋さんて人を探すのがお仕事だって言ってましたよね?」

「はい」

「だったら、おみつちゃん、探して下さい!!」

「あ~それ無理」

成次郎が即却下する。

「どうして?!」

「一応俺達、奉行所の仕事も手伝ってまして。その関係上、お上の邪魔は出来ないんですよ」

「そんな。……じゃあ、おみつちゃんの事はお上が関係してるって……そんな大事になってるって事?」

「じゃなくて。もう番屋に届けてるって話だし。そうなってると迂闊に手ぇ出したら岡っ引き達に睨まれて他の仕事がやり辛くなるんだよね」

伊兵衛の説明に納得出来ないおさきに成次郎が事情を説明する。

が、それでもおさきは納得出来ない。

「だけど……お金なら出します。あんまり出せないかもしれないけど、納得してもらえる額は揃えます。だから!!」

「そう言う問題じゃないんだよなぁ」

「輝ぃちゃん!!」

「俺に言われても、説得するとか無理だ」

「海道屋さん!!」

「え、俺?う~ん……」

「虎ちゃん!!」

自分を見るおさきの目は必死そのものだ。

有り余った悔しさが涙になるほど、おみつを案じ、探したがっているのが伝わってくる。

「こんだけ必死に頼んでるんだ。どうしてもダメなのかよ?」

「いくら頼まれてもねぇ」

成次郎がひょいと肩をすくめてみせる。

その軽い仕草を見て、虎之助の中で火がついた。

「それで良く人探しが仕事だとか言えるな」

「は?」

「虎之助ちゃん?」

「虎之助?」

「本当に無理な仕事なら俺も何も言わねぇよ。だけど、お上と揉めるのがイヤって理由で受けないって事は、別に探せない訳じゃないって事じゃねぇか。自分が出来る仕事やらないで、何が商売だ。ふざけんな」

「はあ?何言ってんだい、紀伊屋の。こっちはアンタんトコみたいに表の顔だけで食ってける立場じゃないんだって分かってる?世間知らずのボンボンが商売分かったような事言うじゃねぇよ!!」

「世間知らずで悪かったな。だけど、世の中分かったフリして女泣かせて平気なクズよりよっぽどマシだ!!」

「クズだって?!」

「ああそうだよ。つかお上気にして女一人探せねぇんなら、人探し屋なんて看板上げてんじゃねぇ!!」

「それは聞き捨てなりませんね」

昂ぶった感情のままに吐き捨てた言葉を、静かな、けれど確かに怒りを含んだ声が受け止める。

「千之輔?」

「分かりました。そのご依頼、お受けします」

千之輔はおさきの目を見、続いて虎之助を睨みつけてそう言った。途端、

「ちょーっと待ったーっ!!千ちゃん、何言ってんの?!」

「おい、千之輔?!」

と兄二人が大慌てし始める。

「兄さん達、ここまで自分達の仕事を馬鹿にされて黙ってるつもりですか?私はイヤです。店で受けるのがどうしても問題になるというのなら、私が個人的に引き受けた事にして下さい」

「ちょっと待てって。それこそそういう問題じゃなくてだな。おい、伊兵衛兄、何とか言えよ!!」

「千之輔。止せ」

「伊兵衛兄さん。私だってもう子供じゃないんですから。大丈夫です」

受けると心に決めたからか、兄の反対もなんのその。

千之輔の強い眼差しは揺るがない。

「とりあえず一回落ち着こうか、千ちゃん?」

「私は冷静です、成次郎兄さん。怒ってはいますが、正しい判断は下せている自信はあります」

「怒ってちゃ冷静じゃないでしょ。ダメだって。な、伊兵衛兄?」

「お願いします。おみつちゃん、探して下さい」

「はい。任せて下さい」

「おい!!千之輔!!」

「はぁ……」

「伊兵衛兄!!溜息ついてる場合かよ?!」

「この子が言い出したら聞かないのはお前も良く知ってるだろう?」

「知ってるけど、それで許しちまうわけ?!」

成次郎の慌てようはこれまでの比では無い。

だが、問題発言をしたらしい千之輔の意志は固く、伊兵衛は説得を諦めたらしい。

それを見て取ったのか、成次郎は「嘘だろう……」と呟くとその場にへたり込んでしまった。

「千之輔。この件、お前に任せる。ただし、一つ条件がある」

「何ですか?」

「必ず紀伊屋の若旦那と一緒に動く事」

「はい?」

「へぇ?」

伊兵衛が出した条件に、千之輔は元よりいきなり巻き込まれた虎之助もポカンと口を開けた。

「虎之助さん。この子を煽った責任は取ってもらいますよ。店の手伝いがどうとかうちの知った事じゃない。この子と一緒におみつさんを探して貰います」

「え?」

「はあ?!ちょっと待てって。伊兵衛兄、本気?頭オカシクなったんじゃないの?有り得ないでしょう?何で部外者巻き込むんだよ?!」

「俺もお前も手が離せない。この若旦那なら、大丈夫だ」

「ちょっと、それどういう意味だよ?」

「後で話してやるよ。千之輔。お前もそれで異存ないな?」

「異存は大有りですけど、それが条件だというなら仕方ありません。飲みます」

心底納得していないのが分かる言い方だ。

「いいですね、虎之助さん」

「俺はイヤって言えねぇんだろう?」

「元々はおさきさんの依頼を受けろと言ったあなたが事の始まりだ。どうするか決めるのも、あなた次第って事ですよ」

そう言ってうっすら笑う伊兵衛の顔は、それまでの人の良さそうな雰囲気は無い。

むしろ、感情を表に出している成次郎の方が余程可愛く見えるような、底の見えない凄みさえ感じられる。

(コイツら……危ない)

本能的に自分がこれまで関わってきたものとは異なる人種だと悟る。

彼らは、少なくとも伊兵衛と成次郎は、命の遣り取りをした事がある。

そう強く感じる。

果たして自分はこの連中と関わって良いのだろうか。

一瞬迷う。

が、すがるようなおさきの目と、そして。

挑むように自分を見据える真っ直ぐな瞳を相手に腹を決めた。

「これで俺がケツ捲くったら格好悪いどころの話じゃねぇだろう。男に二言はねぇよ。やる」

「ちょっと虎之助ちゃん?!」

「おい虎之助。いくら何でもお前それはまずいんじゃねぇのか?」

珍しく輝平が常識的な事を言う。

思わず笑ってしまった。

「おい!!何笑ってやがる!!」

「悪ぃ。お前がガラにも無くマトモな事言うから吹いちまった」

「はあ?!ったく……分かった。俺もやる。いいな、○屋」

「はあ?!」

「いいですよ」

「ちょっと伊兵衛兄!!」

「毒を喰らわば何とやら、だ。それにこの件、人手があるに越した事はない。だろう?」

「それはそうだけど……」

「だったら俺もやろうかね!!」

「涼次郎?」

「虎之助ちゃんも輝平ちゃんも俺の親友なんだから。助けなきゃ」

「いや親友になった覚えねぇし」

「いつの間に俺まで入れやがった?!」

「いいんじゃないですか?丁度二人一組で動ける人数になった」

最早成次郎は突っ込む気さえ起こらないらしい。

溜息をつくと土間の上がり口に腰を掛けて足を組み、そっぽを向いてしまった。

「輝ぃちゃん……」

思った以上に大事になったからか。

いつになくしおらしい声でおさきが輝平を呼んだ。

「別にお前の為じゃねぇ。あのバカ一人にしたらオヤジと翔之介に何言われるか分かったモンじゃねぇからだ」

「うん。分かってる。ありがとう」

「はっ。礼とかいらねぇっつってんだろうが」

「うん。虎ちゃんもごめんなさい」

「別にいいよ。それより、早く帰ってオヤジさん達安心させてやれ」

「うん」

そう言って素直に頷き、ようやくいつものおさきらしい笑みを見せた。

「それじゃ、若旦那方。明日朝五つにここに集合して下さい」

「ああ」

「はい」

「分かった。……じゃあ、明日からよろしくな。千之輔」

「…………よろしくお願いします」

頭を下げ、それからしっかり虎之助と目を合わせてくる。

その瞳はどこまでも凛と澄み渡っていた。





次回更新は17日なります。

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