七. 手がかりその四
橋を渡ってすぐ南。
見るからに大きな武家屋敷の並びに一際白壁が目立つ物がある。
訴えを受け付ける月番ではないからだろうか。大きな門は閉ざされ、その前には門番の姿も無い。
「誰もいねぇじゃねぇか」
「んなワケねぇだろう。逃げようとばっかしてんじゃねぇ」
「とりあえず、誰か呼びましょうよ」
そう言うと涼次郎は「すみませーん」と良く透る声で人を呼んだ。
「何だ、どうした?今月は南が月番だ、訴えがあるなら向こうへ行け」
門番が面倒臭そうに出てきた。
「あのーここに、真三郎様って居ますか?」
「真三郎様?……ああ、見間の若様か。ああ、ご在所だ。何だ、お前達、アイツの友達か」
「え?」
思いっきり不思議そうな顔をしてしまった虎之助の脇腹を思い切り涼次郎の肘が打つ。
「虎之助ちゃんは黙ってて」
小声でそう言うと涼次郎は愛想の良い笑顔を浮かべながら、
「ええ、実はそうなんですよ。ちょっと真三郎様に使いを頼まれまして」
「使い?……さっき来ていたと思ったが……」
「いえ、あの、真三郎様じゃなくてそっちに用があって」
「ああ、そうか。ご苦労な事だな。中へ入れ。板塀沿いに奥に行けば、玄関がある。そこで呼べば誰かが取り次いでくれる」
「あ、ありがとうございます」
「どうも」
詳しくは分からないが、とりあえず門番の言う”アイツ”というのが、真三郎を「真さん」と呼んだ○印の半纏の男だと思って間違いは無さそうだ。
「奥ってどこだ?」
「板塀沿いって行ってたけど、そこら中板塀なんだけど?」
「そっちじゃねぇ。そっち行ったらお白洲だ」
「おお~さすが経験者」
「あ?!俺はしょっ引かれてねぇぞ?!」
「似たようなモンじゃねぇか。呼ばれたんだから」
「チッ。話通しただけだろうが」
「本当、翔之介さんってすげーよな」
「るせぇ」
「え?何?輝平ちゃんって前科者?」
「ちげーよ」
「似たようなモンだろ」
「ああ?!」
「何だよ?!」
「てめぇっ!!」
「ちょっと、二人共!!こんな所で揉めないでくれないかいっ!!」
とがやがや騒いでいると、
「何だ、てめぇら!!月番でも無い奉行所に町人がズカズカ入ってくんじゃねぇっ!!」
という怒声が響いた。
見ればまだ年若い同心だろうか、黒の紋付を羽織り、右手に持った十手で首の後ろを叩きながらこちらへ歩いてくる。
「すみません。俺達真三郎様の連れの人に用があって」
何となくの成り行きで涼次郎が言い訳をする。
「ああ?!真三郎?!」
途端に不機嫌さが増した同心に
「じゃなくて、その連れの人に、です」
と慌てて虎之助が言葉を付け足す。
すると同心は
「ああ……成次郎か。ったく。あの野郎、奉行所を何だと思ってやがる」
と不満顔だが、先程よりかはまだ穏やかな顔になった。
このまま穏便に済ませたい。
そう思っていると、今度はすぐ側の板塀の戸が開いて、また別の同心らしき若い侍が出て来た。
「おい、宮川。何の騒ぎだ?」
「ああ、大原」
大原、と呼ばれた同心は、今話しをしていた宮川という同心よりも落ち着いた雰囲気のある男だ。
「こいつらが成次郎に用なんだとよ」
「成次郎に?ふむ……見た事が無い顔だな」
大原は何か探るような目で三人を見てくる。
どう言い逃れをしようかと虎之助が思っていると
「えーっと、その、俺達新顔なんですよ」
と涼次郎が嘘を付いた。
「ふむ……まあ良い。宮川、奥へ連れて行ってやれ」
上手く誤魔化せたのか、別に取るに取らない相手と判断したのか。
大原はあっさりと追求を止めるとそう言った。
「はあ?!何で俺が?!これから調べ物だぞ?!」
「それは俺も同じだ。真三郎の命でな。下日暮里まで行かなきゃならない」
「下日暮里?!あの野郎、まだあの事件調べてやがんのか」
「どうしても盗人の仕業だとは思えんのだそうだ。ま、アイツの頭が切れるのは確かだし、これまでも何件も事件を解決してる。大人しく使われてやるさ」
「良くやるな、お前」
「それはお前もだろう?」
「俺はお奉行がおっしゃるから仕方なくやってるだけだ。誰が好き好んであんなクソ生意気なガキの言う事聞くんだよ」
どうやらこの宮川という同心は真三郎を蛇蝎のごとく嫌っているらしい。
これは一刻も早く用件を済ませて帰るに限る。
三人は互いに目配せでそう意見をまとめると、
「あの、俺達、用が済んだらすぐ帰りますんで、成次郎さんが居る所だけ教えてもらったら勝手に行きます」
と虎之助が代表してそう言った。
すると途端に「ああ?!」と宮川がガンを飛ばしてくる。
「勝手にうろつかれたら困るから、大原は俺に案内してやれって言ってんだ。それぐらい分かれよっ」
「あ、すんません」
「ったく。こっちだ、付いて来い」
ここでいつまでも話していても埒が明かない。そう思ったのだろう。
宮川は「じゃあな、頑張れよ」と大原に声を掛けると、来た道を引き返し始めた。
「お仕事中にすんません」
「成次郎に用なんだろう?アイツも真三郎の絡みで色々仕事請け負ってるからな。実際、アイツらのおかげでお奉行も俺達も助かってんのも事実だし。そう気にすんな」
怒りが抜ければ宮川という男もそう悪い男ではないらしい。
格段に口は悪いが、それでも不承不承ながら真三郎の能力を買っている事は分かる。
「ほらよ。そこん中、台所だから。この時間なら多分女中のみきさんが居るはずだ。聞けばアイツらが居る部屋へ案内してくれる」
「ありがとうございます」
武家屋敷の勝手口というのは初めてだ。
虎之助も一応父に連れられて、大工の棟梁と共に施主である侍に会いに行った事がある。
その時は表口から通されたから、こういう眺めは興味津々だ。
「みきさん、居るか?」
慣れた風に宮川が台所に入る。
すると、食器を洗っていた若い娘が
「あら、宮川様。お出掛けになったんじゃなかったんですか?」
と応じた。
「野暮用押し付けられた。お松ちゃんで良いや。コイツら、真三郎達の所連れて行ってやってくれ」
「分かりました。どうぞ」
「「お邪魔します」」
「おい、輝平」
「……します」
「おい!!」
「お?そこに居るのは輝平じゃないのか?」
相変わらず愛想も何もない輝平を二人して小突いていると、ふいにまた別の男の声がした。
「は?」
「あら、お奉行様ともお知り合い?」
「「お奉行様?!」」
声の主は白髪混じりの、四十路前に見えるやや冴えない風体の侍だ。
確かに身につけている着物は上物だが……何と言うか、私服のせいか威厳がない。
「その藍に縞帯のでかいの。克太郎の息子じゃないのか?」
「そうだけど……」
「って事は、その茶渋に赤帯が虎の……虎次郎の息子か?」
「はい。虎之助って言います」
「ほう。で、その紫のは?」
「俺は涼次郎と申します。鎌倉河岸で海道屋って酒屋やっております」
「って事は源助の息子か?!はあ……またアイツ別嬪の嫁貰ったんだなぁ……」
それぞれの父親を言い当て、感慨深けに顎をかく。
一方の虎之助達は大いに混乱していた。
何せ初めて会うはずの北町奉行が自分達の父親全員を知っているのだ。
普通にはまず有り得ない。
「何でアンタが俺達の親の事知ってんだよ?」
こういった事態にはいち早く順応出来る輝平が鋭く問い返す。
ただ、相手が悪い。
「てめぇ!!お奉行に向って何て口ききやがる!!」
とまだ居た宮川に後頭部を張り飛ばされた。
「痛ぇっ!!てめぇ、何しやがる!!」
「ああ?!あんま舐めた口ききやがると叩っ切るぞ?!」
「こら宮川、止せ。コイツは放任主義が行き過ぎた子供だ。相手にするな」
「んだと?!」
「いい加減にしろ、輝平!!」
「そうだよ!!」
剣呑な空気に一気に混乱から立ち直った虎之助と涼次郎が慌てて諌める。
そして無理矢理頭を下げさせると声を揃えて「すみません」と謝った。
「そう気にすんな。二人共。コイツの気性は克太郎から聞いてる。この間もそれで便宜を図らされたしな」
「翔之介さんだけじゃなかったんだ……」
「あ?あの番頭か?アイツは……クセ者だな。アレの手綱を取っているとは、さすが克太郎と言ってやるべきかもしれん」
奉行はふむ、と軽く頷くと「ま、上がれ」と改めて三人に気安く声を掛けた。
「それで?何でここへ来たんだ?」
「えーっと、その成次郎さん宛ての使いを頼まれて……」
「誰に?」
「え?」
予想外の問いに全員咄嗟の嘘を付き損ねる。
自分達を見つめる奉行の目は笑って見えるが底が読めない。
三人は一瞬顔を見合わせた。
「お前達が○屋の連中と関わりがあるとは思えない。涼次郎は巷で評判の人気者だし輝平は女遊びに忙しい。虎之助にしたって、店の手伝いで深川からほとんど出ないだろうが。違うか?」
「それは……」
「何しに来た。正直に言え」
そもそも出会い頭からこのお奉行様にはやられている三人だ。
日常の事までピタリと言い当てられてはぐうの音も出ない。
「お前が言え」
奉行から目を離せないまま、虎之助は肘で輝平を突いた。
「何で?!」
「お前が発端なんだから、お前が言えよ」
「そうだよ」
逆方向から涼次郎も同じように突き出す。
「チッ」
輝平は面倒臭そうに一つ舌打をすると
「俺の許婚者が昨日から行方知れずになってるんだ」
と話し始めた。
「で、どこ行ったのか探してたら、○印の半纏の男を追って涼次郎の店を出たって聞いた。それで」
「それで○印の半纏の男がここに出入りしていると突き止めたのか。今朝から動いたにしては随分早いな。ふむ。及第点をやっても良い」
お奉行は満足げだが、何の事はない。全て偶然の賜物だ。
「よし。二人に会わせてやる。会わせてはやるが、真三郎は今俺の仕事を手伝うのに忙しい。用があるのは成次郎だけなんだな?」
「それは話してみなきゃ分からねぇ。なあ、虎之助?」
「え?!俺に振るなよ……とりあえず、俺達はおさきを探して家に連れて帰れば良いんで、それに真三郎様が関わってなけりゃ別に用は無いです」
「分かった。じゃあ来い」
そう言うと奉行はスタスタを歩き出した。
慌ててその後を追う。
台所を抜け、中庭を見ながら廊下を進む。
思ったよりも狭い。
というか、全ての部屋の障子がきちんと閉められているからか、開放感がない。
途中、厠へでも行ったのか、擦れ違った同心にジロジロ見られ(一緒に奉行が居ると知って慌てて頭を下げていた)いくつかの障子を越えたある一室の前で奉行の足が止まった。
「ここだ」
そう言うと奉行は「入るぞ」と声を掛けると同時に障子を開けた。
中を見ると男が二人、隣合って紙に埋もれていた。
そしてそのすぐ側には○印の半纏が脱ぎ捨てられている。
「あれ?お奉行、何か忘れたんすか?」
「「「○印の半纏!!!!」」」
「は?」
「五月蝿い」
「成次郎、お前に客だ」
「俺に?」
そう言ったのは切れ長の目をした男の方だ。
「何の用かなぁ?」
愛想良く笑ってはいるが、目は油断無くこちらの出方を探っている。
普通の町人にしては些かクセのある空気だ。
一方の真三郎の方は一瞥以降こちらには目もくれず、鼻眼鏡をして書物を見ながら書き物をしている。
「お前が成次郎か?」
「そうだけど。お兄さん達、誰?」
「俺は虎之助。こっちの目つきの悪いのが輝平、にやけてるのが涼次郎だ」
「ちょっと虎之助ちゃん!!酷いよ!!」
「……何で深川の材木問屋の息子と桐ノ屋の問題児と役者もどきがこんなトコまで俺探しに来んの?」
一瞬だけ真剣な顔になり、その後また愛想笑いを浮かべて成次郎はそう問い返してきた。
「っ!!お前、俺達の事知ってんのか?!」
「まあね」
「てめ、何者だ?!」
「○屋のモンだよ」
へらっと笑って答える様が完全に人をくっている。
「成次郎。いい加減にしろ。行き方知れずになった娘がお前達に関わってるそうだが、心辺りはあるか?」
「行き方知れずになった娘?」
「輝平」
「あ、ああ。京橋松坂屋のおさきだ」
「おさき……って。あ」
奉行に言われて口を開いた輝平の言葉に成次郎は「しまった」という顔をした。
「ああ、そうだ、そうだよ。どっかで見た事あると思ったら炭屋小町じゃん。何で俺思い出さなかったんだろう。わぁ~へこむぅ。真さん慰めて」
「おい!!どういう事だ?!」
思いがけない成り行きに虎之助は咄嗟に成次郎の胸倉を掴んだ。
「ちょっ暴力反対。俺、荒事は好きじゃないんだ。ちゃんと話すから手ぇ離せよ」
「本当だろうな?」
「ここで嘘ついたって仕方ないじゃん。それに俺、真さんの前で嘘とか付きたくねぇし」
「黙れ」
「は?!」
「成次郎」
「はーい。結論。おさきちゃんはうちに居ます」
「「「はあーーっ!!!!」」」
「お前達はさっきから五月蝿いのだ!!!!」
あっさりと言ってのけた成次郎に三人は大声を上げ。
ついで勢い良く立ち上がり自分達に憤る、真さんと呼ばれる鼻眼鏡をした男の顔をまじまじと見た。
次回更新は10日になります。




