六. 手がかりその三
「見間様?」
「はい、あの、浮世絵の」
「ああ……あの、真三郎とか言う人」
「はい。家の近くを歩いてらっしゃったのですけど、とてもお背が高くてらっしゃるので、凄く目を引いて。その横に確かに○印の半纏を着た男の方がいらっしゃいました。大層親しげなご様子で、その、見間様の事、真さん、って呼んでらして。私驚いてしまって、しばらくずっと見てしまいましたの」
それがとてもはしたない事であるかのように、お凜は真っ赤になって俯いてしまった。
「見間かぁ……」
どうやら今度は旗本屋敷へ乗り込まなくてはならないらしい。
だが、町屋と違って武家屋敷となると、ここを襲撃したようにはいかない。
まず門前払いを喰らうのは間違いないし、一歩間違えて機嫌を損ねてしまえば、斬られても文句は言えないのだ。
「どうする、輝平?」
「あ?無理だろう」
「あの、その、よろしければ家へいらっしゃいませんか?」
「へ?」
「見間様はうちのお得意様なのです。家に寄って頂ければ、番頭に案内させますわ」
「本当かっ?!」
「ほ、本当です」
虎之助が涼次郎の後ろから顔を出すと、上体だけ逃げながらお凜が頷く。
「じゃあ、早速」
「え?」
虎之助がそう言った途端にお凜が泣きそうな顔になる。
察した虎之助がじゃあ舞台が終わったらと言い直そうとしたら
「ちょっと待って。俺も行くよ」
と涼次郎が言い出した。
「は?」
「皆ごめんね。今日はここでお開きにさせて」
涼次郎の言葉に場内と幸太郎の口から「えーっ」という驚きの声が上がる。
「その代わり今日来てくれてる全員と握手してお見送りさせて貰うから」
今度は「きゃー」という歓喜の悲鳴だ。
どうやら滅多にない事らしい。
娘達は床机から立ち上がると押し合いながらも一列に並び、両手で涼次郎の手を握っていく。
涼次郎もそれを両手で握り返しながら、一人ひとりに侘びながら送り出していく。
虎之助は輝平とその光景をどこか呆然としながら眺めていた。
そして。
「着替えてくるからちょっと待てて下さいな」
と二人に加えてお凜に告げると二階へ姿を消した。
「おい、どうすんだよ」
「俺に聞くなよ」
虎之助と輝平は顔を見合わせ戸惑うだけだ。一方で兄の孝太郎は諦めに似た表情を浮かべている。
「どうやらアイツ、アンタらの事に気に入ったみたいだ。多分、そのおさきって子一緒に探すって言い出すぜ」
「え?」
「ま、邪魔じゃなけりゃ手伝わせてやってくれ。そうでないと舞台の質が落ちる」
「舞台の質って……本業は酒屋なんだろう?」
「そうだが、舞台の売上も馬鹿に出来ない上に、灘の良い酒を入れられる伝手が出来たんだ。正直、アイツのおかげでうちは上り調子でな。ちゃんとした物を出してお客様に満足して頂いて始めて評判になる。悪いが、面倒見てやってくれ」
「……冗談だろ?」
「勝手にしろ」
「おい、輝平」
「ここでこんだけ騒ぎになったんだ。今更少人数で探せって言ったて無理だろう」
「それはそうだけど」
どうにも釈然としない。
日本橋界隈において、例の浮世絵の効果というのは凄まじいものがある。
それは、どう見ても女子の目を惹き付けるとは思えないこの幼馴染でさえ声を掛けられ、熱視線を送られる事からも分かる。
それを、だ。
ただでさえ派手な涼次郎まで加わって、それでおさきの両親は喜ぶのだろうか?
そもそもの依頼の前提が覆っているような気がしてならない。
虎之助は
「やっぱ、アイツ目立つって」
とダメ元で輝平にもう一度だけ言ってみた。
「けど女達からの情報は取りやすいぜ?」
「それは……まあ……そうだけど」
「あんま気にすんな。どうせ頭悪ぃんだし。考えるだけ損ってもんだぜ?」
「てめぇにだけは言われたくねぇよ、それ」
「あ?」
「……ふん」
本当なら、売られたケンカだ、買いたい所だ。
だが、すぐ側に立つお凜がそれはもう目一杯の恐怖を顔に表しているものだから、虎之助としては大人しくせざるを得ない。
優しいだけではない。
泣かれた時の対処に困るのが目に見えているからである。
いい加減間が保たないな、と思い始めた頃だ。
「お待たせ」
そう言って降りてきた涼次郎はやっぱり派手だった。
紫の地色に藍がかった縦縞の着物に赤と黄の二枚衣を重ね、帯は黒に銀糸で蝶の刺繍が入った物。
色目は地味だしありふれた品といえばありふれた品なのだが、着ている人間に華があるとそれだけで粋に見えるらしい。
虎之助でさえそう思うのだ、お凜など
「涼様……」
とすっかり魅了され頬を赤らめたまま涼次郎から目を離さない。
「待たせたねぇ、お凜ちゃん。んじゃ、兄さん、いってきます」
「おう、気をつけてな。皆さんのお邪魔になるようなマネすんじゃねぇぞ」
「勿論ですよ。じゃ」
と何故か涼次郎がその場を仕切って海道屋を出た。
「おい」
「何だい?」
じろりと虎之助を睨み返した涼次郎は先程とはまるで別人だ。
ちなみお凜は外で待っていた丁稚と共に先を歩いている。
「お前っ」
「俺は別におさきちゃんとかおみちゃんゃんが心配で付いてきたワケじゃないからね」
「は?」
「やっぱりかよ」
「え?どういう意味だ、輝平?!」
「はっ。鈍いにも程があるぜ。これだからガキわよ」
「な?!誰がガキだ、輝平!!」
小馬鹿にしたように鼻先で笑い飛ばされては我慢も限界だ。
虎之助は人目も気にせず思い切り輝平の胸倉を掴んだ。
「落ち着けよ、ガキ」
「ガキガキうるせぇんだよっ!!」
「ちょ、いきなり何言ってんですか、二人共!!」
いきなりの揉め事に道行く人の関心が集まる。
「涼様?」
さすがにお凜も異変に気付いて足を止めた。
「あ、お凜ちゃん、大丈夫。気にしないで。……ほら、二人共、行くよ」
涼次郎が二人の首根っこを掴んで無理矢理歩かせる。
「てめぇは黙ってろ。輝平、どういう意味か答えろよ」
「はぁ……」
一向に引く気配を見せない虎之助に、輝平はわざとらしい程大きく溜息をついた。
「ちょっと耳貸せ」
「あ?!」
「いいから、貸せ」
「んだよ……」
ぎゅっと耳を掴まれては逃げる訳にもいかない。
虎之助が抵抗を止めると輝平はそのまま気持ち小さめの声で
「アイツは、世間体を気にしてるだけなんだよ」
と言った。
「はあ?!」
「っるっせ!!いきなり叫ぶなこのバカ虎之助っ!!」
「わ、悪ぃ。って、え?何?え?」
「だから、そういう事だ」
「え?」
混乱する虎之助は「え?」を連発しながら輝平を見、涼次郎を見る。
「何だ。バレてたのかい」
悪びれた風も慌てた様子も無く、涼次郎はあっさりと認めた。
「当たり前だろう。俺をコイツみてぇな世間知らずと一緒にすんな」
「なるほど。ただの遊んでるだけじゃないって事かい」
「なんなんだよ」
思わず文句を言った虎之助だが、今輝平と涼次郎の二人からどこか憐れむような目で見られてしまった。
「だから、何だよ?!」
「いや、別に。ね?輝平ちゃん?」
「輝平ちゃんって何だよ?」
「親しみを込めてそう呼ばせてもらいますよ。とりあえず、これ以上女の子達が怖い目を見たり、うちの客足が減ったら兄さんが悲しむからね。最後まで付き合せて貰うんで、よろしく」
「おう」
「いいのか?!」
「いいじゃねぇか。女が要る時はコイツ使えば早ぇだろうし」
「女が要る時って何だよ?!」
「知るか。そういう時があればって話だ。とにかく黙れ」
「なっ」
「そうだよ、虎之助ちゃん。早くしないとお凜ちゃん、見失っちまうよ?」
「…………」
納得がいかない。
納得がいかないが、それでも先を歩いている以上お凜との距離は開いていく。
虎之助は珍しく憂鬱な溜息をついた。
お凜の家は呉服町にあった。
それも神君家康公の頃からのご公儀御用達・後藤家のすぐ近所だ。
だからこその新調の振袖で、旗本御用達店なのだと理解する。
「ただいま戻りました」
お凜がそう言って中に入ると、番頭以下店先に居る全ての奉公人が頭を下げて出迎える。
誰一人手を止める事の無い自分の家とは大違いだと、虎之助は少し驚いた。
「今日は随分とお早いお戻りで」
頭が綺麗に禿げ上がった年配の男が一歩前に出てそう声をかけてきた。
「佐平。お客様です。涼様とお友達の方がご一緒なの。見間様の事をお話して差し上げて」
「はい?」
「友達じゃねぇよな」
「おう」
佐平と呼ばれた男は、ぶつぶつと文句を言っている虎之助と輝平をジロリと睨んだ。
「こちらの方々でございますか?」
「ええ」
「しかしお嬢様。お客様の事をあれこれ申し上げるのは些か礼を失する事になりますので……」
商売人としては至極真っ当な言い分ではあるが、三人を見る目がいかがわしい者を見るそれになっている。
「佐平。私と同じ年頃の娘さんが行方知れずなの。涼様達はその娘さんを探しておいでで、その事に真三郎様のお連れ様が関係してるかも知れないの。お願い、話して差し上げて」
「はあ……」
「俺達が知りたいのは見間様のお屋敷の場所だけなんです。ここに迷惑はかけないようにするんで教えて下さい」
とりあえず頭を下げる。
「…………」
「お願いします!!」
「…………」
「…………ってお前もお願いしろ、輝平!!」
「チッ。行方知れずになってるの、俺の許婚者なんだ。頼む」
「許婚者?」
「ああ」
「分かりました。ここではなんですので、奥の方へ」
どうやら番頭の気がかりは、大切なお店のお嬢様が突然訪れた若者の誰かに誑かされる事だったらしい。
一番怪しいそうな(虎之助はそう思っている)輝平が自分の許婚者を探していると知って安心してくれたようだ。
ただ、客とは思っていないらしい。奥へ通されはしたものの、茶など出て来ない。
一同が座るや否や
「で、見間様の何がお知りになりたいんです?」
とつっけんどんな言い方で切り出した。
「何って、さっきも言ったけど、見間様のお屋敷の場所を知りたいだけなんです」
「お屋敷でしたら、神保町の裏神保小路の並びにございます。ですが、真三郎様はそちらにはいらっしゃいませんよ」
「あ?んじゃどこに居んだ?」
「北町奉行所です」
「「「北町ぃ?!」」」
三人の声が重なる。
「ええ。後学の為にと見間様がご友人の中谷様にお預けになったそうで」
「中谷様って誰っすか?」
涼次郎の問いに佐平は心底呆れたような顔をして
「北町のお奉行様でございますよ」
と答えた。
「え?!」
「嘘?!」
「げー……」
いつの時代も一般市民にとって司法機関、それも警察兼裁判所というものは余り近づきたくない場所だ。
まして輝平は一度はそこへ連れて行かれそうになった経緯もある。
三人は三様の反応を見せてから顔を見合わせた。
「どうする?」
「どうするって言われても……探したいのは二人でしょう?俺が決める事じゃないでしょうよ」
「行きたくねぇ……」
「けど、行かなきゃ半纏の男の事分からねぇだろうが」
「……」
「今月は南が月番ですから、きっとお奉行所にいらっしゃると思いますよ。お裁きの為に入用な書き物を手伝ってらっしゃるそうなので」
ぐずぐずと悩む三人にしびれを切らしたのか、佐平が追い討ちをかけてきた。
「だってさ。おい、輝平」
「お前らだけで行って来いよ」
「は?元々はお前が言われたんだろうが。そのお前が行かなくてどうすんだよ」
「そうだよ。おさきちゃんは輝平ちゃんの許婚者なんだろう?」
「……チッ」
「佐平さん、ありがとうございました。行ってきます」
「…………」
「おら、お前も礼言えって」
肘で輝平の脇腹を突く。
輝平はもう一度舌打をして虎之助を睨みつけてから、一応頭を下げた。
「全く……どうしてお嬢様はこんな若造達を気安く店にお連れになったんだか……」
終わったと思って気が緩んだのか、佐平の口から思いっきり本音が漏れる。
「あ?」
「輝平。ほんと、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
睨みつける輝平の頭を無理矢理下げさせ、虎之助は涼次郎と一緒にその体を引きずって店表へ出る。
と
「涼様!!」
とまだ店先で涼次郎を待っていたお凜が声を弾ませて駆け寄ってきた。
「お凜ちゃん、ありがとう。助かったよ。またうちにも遊びに来ておくれね」
「はい、涼様」
「どうも、ありがとう」
「あ、いえ……」
反応は鈍いが、それでも最初の時のように逃げる事はない。
それだけが収穫だろう。
三人はもう一度お凜に礼を言うと店を出た。
ここから北町まではとても近い。
目の前にある呉服橋を渡れば、そこはもう奉行所という距離である。
「行くか」
「はいな」
「……ほんとに行くのかよ」
「しつけーぞ、輝平。諦めろ」
「チッ」
未だに渋る輝平の背中を二人掛りで押しながら、三人は橋を渡った。
次回更新は7日になります。




