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○屋よろづ事顛末記  作者: 霜月ニ條
第一章 事の始まり
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五. 手がかりその二




耕書堂から海道屋まではほぼ西へ一直線だ。

川を目指してひたすら西へ歩き、後は河岸沿いに歩けば迷う事なく三河町界隈に着く。

そこからは人に尋ねて店を探せば良いと思っていた二人だったのだが。

「あれってもしかして……」

「ああ。間違いねぇだろう」

迷うヒマもなく目につく異様な人だかりに、そこが海道屋と知れる。

何せその人山を形成しているのが、目にも鮮やかな女物の着物の数々。

中には新調物と一目で分かる振袖に銀製のびらびら簪なんて高級品を身に付けた娘も居る。

「すげーな」

男ばかりの中で生活している虎之助にとっては、これまでの人生で見たよりも多いのではないかと思う程の女子が集まっているように思える。

対して輝平は、ムダに女慣れしているのか、まるで興味を示さない。

少し腰が引けてしまっている虎之助をよそに

「おら、行くぞ」

とさっさとそちらへ足を向ける。

「お、おい、待てよ」

慌てて跡を追いかけると、「何?」「え?もしかしてあの方」とかぼそぼそ囁く女子の声が耳に入ってきた。

並んで開場待ちをするぐらいの娘達だ。

当然全員例の浮世絵は持っているのだろう。

そしてあれほど派手に売り出されていれば、嫌でも他の浮世絵にも目は向く。

「やっぱすげーな、浮世絵」

「チッ。そっちかよ」

「たり前だろう、バーカ」

「あ?」

ケンカする気満々の輝平の返事を流しながら店を良く見てみる。

「店、閉まってる……」

「ん?」

酒の小売の店は開いたままだが、すぐ横の店は扉を閉め暖簾も中に片付けられていた。

腹を空かせた虎之助のせいで少々昼食時間が長くなりはしたものの、まだ九つの鐘を聞いてからそれほど時間が経ったとは思えない。

「一刻も前から店閉めて準備すんのか?」

「知るか。とりあえず誰か居んだろ」

そう言うと輝平は女子の目も気にせず、乱暴に閉じられた戸をガタガタを鳴らした。

「おい!!」

「お客さん!!止めて下さい!!」

虎之助もだが小売の店の者も驚いた。すぐさま手代らしい男が飛び出してくる。

「あ?」

「今そっちの店閉まってますんで!!」

「涼次郎、出せ」

「アンタ誰だよ?!」

「あ?いいから涼次郎出せ。聞きたい事があんだよ」

「今着替え中だ!!」

「だったら中入れろ」

「そういう訳にはいかねぇよっ!!」

「あ?!」

(ヤベ……)

このままだとケンカになりそうだ。

どうにも輝平は愛想が無く喧嘩っ早くて困る。

本来虎之助もそうそう大人しい性質では無いのだが、この幼馴染といるとどうしても諌める側に回る羽目になるのだ。

「輝平、ちょっと待て。あの、俺達、人を探してるんだ。その事でここの若旦那に話を聞きたいんだけど、通してもらえねぇかな?」

「だから、アンタら誰だよ?!」

「へ?」

「おい!!何の騒ぎだ?!」

「若旦那!!」

若旦那、と言われて目当ての人物のご登場かと思いきや、残念ながら違う人物だ。

スラッとした長身だった絵姿とは違いがっしりとした体つきの、普通の男だ。ただ、どういう訳か、手に三味線を持っている。

「こいつらが若旦那に会わせろって暴れて」

「あ?!」

「いや暴れてんのはコイツだけだし」

”若旦那”がジロリとこちらを睨む。

虎之助達二人に比べると小柄だが、年若い割りにその迫力は中々のものだ。

一瞬気圧される。

「アンタら誰だ?何の用だ?」

「俺は紀伊屋の虎之助。こいつは桐ノ屋の輝平。昨日ここに来たおさきって子の事を聞きたくて来たんだ」

「昨日来たおさき?……ああ、あの威勢の良いねぇちゃんか。いいぜ、中入れよ」

「若旦那?!」

「いいからお前もさっさと着替えて準備しろ。出囃子が遅くなっちまったらシャレにならねぇだろうが」

「はい」

叱られた男がすごすごと奥へ入って行く。

「店開けるからちょっと待ってくれよ」

二人にそう言うと、若旦那も中に入って行った。

ほどなく居酒屋の方の戸が開く。

と、娘達の波がどっと吸い込まれるように入っていった。

覗いて見ると、店の中は居酒屋にしてはかなり広い。

片隅に机と椅子を積み上げ、代わりに床机が横に三個。それが十列並んでいる。

娘達は我先と静かに争いながら、前から順番に席を埋めていった。

「待たせたな」

そう言う若旦那の後ろからは何人かの娘がこちらに熱い視線を送っている。

どうやらこっちの若旦那目当ての娘も居るらしい。

確かに男らしい、きりっとした眉毛と目元の、涼次郎とはまた違った良い男ではある。

「一応俺も若旦那なんだが、アンタ達が探してるのは俺じゃないだろう。俺はアイツの兄貴で幸太郎ってんだ。あいにく弟は今支度中でな。変わりに俺が話を聞かせてもらおうか」

「いらねぇ。涼次郎出せよ」

「アンタらが探してるお嬢さんが店で騒いでる時、俺も店の中に居たんだ。話の中身もちゃんと知ってる。つまらねぇ事でうちの商売の邪魔するんじゃねぇ」

「つまらねぇ事だと?」

「そうだ」

「てめぇ……」

さすがの輝平もこれにはカチンときたらしい。

普段はまるで気にも留めていない風だが、自分以外の者が彼女を悪く言うと途端に許婚者の顔になる。

「アイツはここに来たのを最後に行方知れずになってんだ。つまらねぇ事とか抜かしてんじゃねぇぞ」

幸太郎の胸倉を掴んで殺気も顕に睨みつける。

瞬間、ひゃあっという悲鳴のような声が上がった。

「行方知れず?」

「ああ」

「そうか。それは悪かったな。ただの痴話喧嘩だと思ったんだ。手ぇ離せ。今呼んできてやる」

輝平の手を払い、襟元を調えると幸太郎は酒屋の方へ向った。

どうやら控え室はここの二階になるらしい。

幸太郎は上に向って

「涼次郎。ちょっと降りて来い」

と声を掛けた。

「え?何?」

「お前に用があるって人が来てるんだ。降りてきてくれ」

「ええ~兄さんが迎えに来てくれたら降りますけどぉ」

「……てめぇ、ふざけた事言ってねぇでとっとと降りて来い!!」

「兄さん、ひどい」

「いいから降りて来い!!」

「ええ~」

「涼次郎!!」

「はぁい」

弟の方はジャレているつもりらしいが、兄には通じていない。

と言うか、一階に居る全員が二人の会話に耳をそばだてているのが分かっているからか、耳まで赤くしている。

降りて来たのは、浮世絵からそのまま抜け出したかのような美男子だ。

化粧の途中だったのだろう。

首筋から肩、背中にかけて白粉が塗られているのだが、それが妙に似合って婀娜っぽい。

髪を手ぬぐいで完全に覆っている所を見ると、どうやら鬘まで被って行う本格的な出し物のようだ。

客の娘達は、その姿を見ただけで卒倒しそうな盛り上がりである。

「え?あれ?もう人入ってる。何か今日早くないですかい?」

「湊屋さんの前まで行ってたんだ、そうそう迷惑かける訳にもいかねぇだろう」

「湊屋さんまで?!へぇ~凄いねぇ。で、お客って誰です?」

「この人達だ。昨日来た娘さんがそのまままた行方知れずになったそうだ」

「え、また?何かヘンな噂立てられそうだねぇ」

他人事と思っているのだろう、涼次郎の口振りは呑気そのものである。

「で?何の用?って……あれ?アンタもしかして桐ノ屋の輝平さん?」

「あ?だったら何だよ」

「うわぁ!!何か嬉しいねぇ。俺以外にあの浮世絵になってる人に会ったの初めてなんだよ。よろしくお願いします」

そう言うと涼次郎はペコリと頭を下げた。

が、輝平の方は

「懐いてくんじゃねぇ。それよりおさきの話聞かせろ」

とにべも無い返事を返す。

「話聞かせろって言われても、俺、何も知らないんですよ」

「知らないじゃねぇよ。○印の半纏のヤツの話しただろう」

「ああ。でもそれ言ったの、常連の松さんだし。俺は良く分からないねぇ」

「おい!!」

余りにも淡々としたその応対ぶりに堪らず虎之助は声を上げた。

「ここで聞いた話が元で人が一人行方知れずになってるんだぞ?!もうちょっと真面目に思い出すなり何なりしても良いだろう?!」

「アンタ誰?」

「紀伊屋の虎之助だ」

「聞いた事ないな。って言うか、別に俺のせいでそのおさきちゃんだっけ?その子が行方知れずになったワケじゃないんだから、そんな言われ方する覚えないけど?」

「てめぇ!!」

「涼次郎!!いい加減にしろ!!」

「いて!!」

バシっと良い音がして、涼次郎の頭が揺れた。

どうやら幸太郎が後頭部を張り飛ばしたらしい。

「兄さん……」

涼次郎は頭をさすりながら、驚いた顔で幸太郎を見た。

「舞台前の時間邪魔されたのが気に入らねぇんだろうが、今のお前は関係の無い俺が見てても腹が立つ。調子に乗ってんじゃねぇ、バカヤロウ」

「……ごめんなさい」

「謝るのは俺じゃねぇ。この二人にだろう」

「……すみません」

渋々涼次郎が頭を下げる。

「けど、本当に何も知らないんですよ。おみつちゃんの事もおさきちゃんの事も」

「おみつはともかくおさきは目立つんだ。店の誰でも良い、せめてどっちの方向に走って行ったか、知ってるヤツ居ないか聞いてくれねぇか?」

「そうですねぇ……」

そう言って涼次郎が眉の根を寄せる。

「あの時間は店も結構忙しいし、人通りも多い時間だから、難しいんじゃないかなぁ」

一応真剣に考えてくれはしたらしい。

が、やはり返事は頼りない。とその時

「……あの……」

と沈黙の隙間に蚊の鳴くような、小さな声がした。

「ん?お前何か言ったか?」

とりあえず隣に立つ輝平に聞いてみる。

「あ?」

「今何か声がした」

「俺じゃねぇよ」

「誰だ?」

「あの!!」

と今度は確かに女子と分かる声がした。

見れば、先程一際目についた豪奢の装いの娘が、必死の形相で立ち上がっていた。

「今の声、アンタか?」

「ひぃっ」

虎之助が一歩踏み出すと、その娘はびくっと体を震わせ一歩下がってしまう。

「ああ、虎之助ちゃん。ちょっと退いて」

「虎之助ちゃん?」

「お嬢さん、確かお凜ちゃんて言ったよね?何か知ってるのかい?」

今度は涼次郎が一歩踏み出す。すると娘は逆に一歩近づいてきた。

「はい、涼様」

「……何で俺だと逃げんだよ……」

虎之助のボヤキに輝平がにやにや笑う。

「それで、おさきちゃんの事、何か知ってるのかい?」

「いえ、そのおさきって人の事じゃないんです」

「違うのかよ」

「その○印の半纏を着た方の事なら存じてます」

「どこに居るんだ?!」

今度は虎之助と輝平、二人揃って一歩踏み出す。

とお凜はまた「ひぃっ」と叫んで一歩下がった。

「ああ、もう!!二人共下がって!!」

涼次郎が焦れた声を出して二人の肩を押し退けて前に出る。

「怖がらせてごめんね、お凜ちゃん。その半纏の人、どこに居るんだい?」

「その、すみません、どこにいらっしゃるかは知らないんです。でも、あの、み、見間様と一緒にいらっしゃるのを見たんです」

一生懸命話す娘の口から思いがけない名前が出て来た。



次回更新は10月3日になります。

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