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○屋よろづ事顛末記  作者: 霜月ニ條
第一章 事の始まり
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四. 手がかりその一




「良太、頭上げろ」

虎之助はずっと頭を下げたままの良太にそう言った。

「はい、すみません……」

「謝るな。お前は何も悪く無い。悪いのは見境無しに突っ走ったおさきだ」

「そんな……」

「虎之助の言う通りだ。ま、確かにすぐに見失っちまうお前も鈍臭ぇって言やー鈍臭ぇけどな」

「……すみません」

虎之助は再びしょげ返ってしまった良太を見、その原因である輝平を睨みつける。

が、言った当の本人は悪気など欠片も見せず、それどころかファッと欠伸をしている始末だ。

これでは説教をしたところで効果は皆無だろう。

虎之助は心の中で軽く溜息をつくと

「とりあえず、行き先は決まったな」

と言った。

「チッ。まだ探すのかよ」

「まだって俺達何もしてねぇだろうが!!」

「ったく……んなの適当にやったって事にしときゃいいんだよ」

「それはあきません」

「「「わあっ!!!!」」」

ふいに響いた上方訛りに三人揃って飛び上がる。

「な、何でアンタが居るんだよ?!」

一番相手にし慣れている輝平が最初に食ってかかった。

「そろそろ話も終わった頃やろうと思ってお茶のお代わりを持ってきたんですわ」

「んなの女中にやらせりゃいいじゃねぇかっ」

「ボンの許婚者の一大事や。まして外へ漏れたらアカン話でっせ。そんな大切な場所にワシが他人を行かせる訳がおまへんやろ」

「「「…………」」」

にっこりと笑っているように見える目が怖い。

三人は翔之介が淹れてくれた茶を、しっかりと正座し直してから無言で啜った。

「で?どないしはるんです?」

「とりあえず、海道屋へ行くつもりだ、です」

「虎之助ボン。言葉遣いがヘンでっせ」

「そ、そんな事ない、です」

「ふむ。……ああ、せや。海道屋さんへ行くんやったら、せっかくやし耕書堂さん寄って行かはったらどないです?」

「耕書堂?小伝馬町の?」

「へえ」

思いがけない名前に混乱しながら、頭の中でここから鎌倉河岸までの道順を思い浮かべてみる。

が。

「遠回りじゃねぇかな?」

どう考えてもそうなるのだ。

一番早いのは船で川を行く道だが、さすがに先程の孝太郎の様子だと出してはもらえないだろう。

そうなれば陸路を行くしかないのだが、それにしたところで一番早い道筋からは五町程北になる。

翔之介にしては非効率的な事を言う。

そう思っていたら

「是非虎之助ボンにも見てもらいたいモンがおますのや」

とやたら嬉しそうな顔をして翔之介がそう言った。

「俺に見てもらいたい物?」

「ああ。アレですか」

「せや!!アレや!!ほんまやったらここで渡せたらええんやけど、ワシが持っとる分はみな配ってしもたさかいな」

良太の呟きを殊更嬉しそうに拾い上げ、鼻息荒く翔之介が力説する。

何やら良く分からないが、どうやら輝平の身内には有名な物が耕書堂にはあるらしい。

だが、その店の商いと輝平がどうにも結び付かない。

「くだらねぇ……」

「くだらなくなんか無いです。なかなかありませんよ、浮世絵の題材にしてもらうなんて」

「はあ?!」

良太の言葉に虎之助はここ最近で一番大きな声で驚くと、まじまじと幼馴染の顔を見た。

そう。

耕書堂、とは蔦屋重三郎が営む書物問屋で、歌麿や写楽といった人気絵師の浮世絵や山東京伝をはじめとする多くの作家の洒落本や黄表紙を売り出している店で、通油町の鶴屋喜右衛門と並ぶ超がつく程有名な店だ。

そんな店で、役者絵と並んで、それこそ七代目団十郎や三代目菊五郎と一緒に、このどうしようも無い幼馴染の姿が描かれて並んでいる、と目の前の奉公人達が言う。

「何の冗談だよ……」

「そんな冗談言うように見えまっか?」

「いや……でも……」

「それに。ボンの顔見たら、ホンマか嘘か、分かりますやろ?」

「チッ」

輝平がこの上無くイヤそうに目を逸らせる。

「うわぁ……」

どうやら本当の事らしい。

この女好きしか取り得が無いような男のどこをどうやれば売り物になる絵が作れるのか。

興味はある。

だが

「でも、おさきの話とは関係なくねぇか?」

なのだ。

「海道屋の若旦那様の浮世絵も出てるんです」

「は?何で?」

この手の流行物の情報に虎之助は疎い。

父が若い頃は良く小町娘の浮世絵が出回っていたらしいが、ここ最近はそれらは大半が有名な太夫や花魁、歌舞伎役者のそれに変わった。

基本遊び事に興味の無い虎之助が疎いのはそのせいもある。

「”今様伊達男五人衆”っていう触れ込みで五枚組で出てるんです」

「今様伊達男ぉ?!」

表題を聞いただけで笑える。

どう考えても似合わない。

というか、これは確かにおさきの件とは関係無くとも見てみたい。

「分かった。話のネタについでに寄って行く」

「そうしておくれやす」

「いらねぇって」

「ボン」

「つか、もう番屋に任せちまえば良いじゃねぇか。どう考えても俺達素人がどうこう出来る事じゃねぇだろう?!」

「今日だけは自分の手でおさきお嬢さんを探せと、旦那様は言うたはります」

「んなのアンタが口裏合わせてくれりゃそれで済む話じゃねぇか」

「ボン。大事な事、忘れたはりませんか?ボンはワシに三両借金がありますのやで」

「三両?!」

普通に生活していればそうそう必要になる金額ではない。

「ええ。何でも最近吉原の夢見屋って店に珍しい花魁が出たそうで」

「吉原?!」

「ええ。揚羽とか言う花魁らしいんですけど、うちのボンは深川が専門ですやろ?けどその店は一見さんはお断りやそうでしてな。で、ツテを作るのに入用やった金子をワシが用立てましたんや」

「はあ……」

呆れて二の句が継げない。

というか、そもそも自分の店の跡取りの吉原通いを勧める番頭は良い番頭と言えるのだろうか?

「……金毛碧眼って聞いたら、一度は試してみたいと思うだろうが」

「金毛碧眼かぁ……へぇ……」

それはまあ気にはなる。が。

「って異人かよっ?!どういう店だ、そこ?!」

「そうですねん。普通では有り得へん。噂ではお偉方の息が掛かった店やとか、はては将軍様がやってはる店やとか、まあ色々言われてましてな」

「翔之介さんでも知らないのか?」

「噂はともかく、どうにもきな臭い店やとは思うてます。で、ボンが行ったらワシも色々と情報仕入れやすなるやろうと思いましてな」

もはや虎之助に言葉は無い。

と、ここで

「つか店の金は俺の金だろう」

と輝平が小声で反論を試みる。が

「ボン。何言うたはりますんや。アレはワシ個人の金でっせ?言いましたやろ?店の金は出せませんけど、どうしてもて言わはるんやったらワシが貸します、て」

「………………」

あっけなく撃沈された。

「何もずっととは言いません。そんなん、ボンが保つ訳あらへんのは知ってます。せやから今日だけや。今日だけ、虎之助ボンと一緒にちゃんとおさきお嬢さんを探してくれはったら、それでワシも旦那様も面目が立ちますのや」

「……分かった」

「あ、耕書堂さんにもちゃんと顔出すんでっせ。向こうの番頭さんが、売り出してから一回も顔見せてくれんて嘆いたはりましたさかいな」

「チッ。分かったよ、行きゃーいいんだろう、行きゃー」

「んじゃ、行ってきます。良太、お前はどうすんだ?」

「今日一日はここに留め置いて、ボンらが帰ってきはったらその返事持たせて松坂屋さんへお返しします」

「あ、そう……」

「すみません……よろしくお願いします」

こうして虎之助と輝平は二人に見送られて桐ノ屋を後にした。




「それにしても……”今様伊達男五人衆”ねぇ」

店を出てから、虎之助のにやにや笑いが止まらない。

隣を歩く輝平はぶすっと膨れっ面をしたままだ。

どうせ番頭の翔之介が宣伝になると交渉して輝平を騙したのだろうが、それでもこの男が大人しく絵を描かせたというのが不思議でならない。

「なんで描かせたんだ?」

「……あの人には勝てねぇんだよ」

苦虫を噛み潰したような表情が全てを物語る。

虎之助は自分の店の番頭・平助の顔を思い浮かべながら、うちは普通で良かったと小さな幸せを実感した。

そうこうする内に、虎之助はある事に気が付いた。

道を行く若い娘達がこちらを見ては目を反らせる。

しかも中には明ら様に頬を赤らめる者も居る。

「なあ、輝平」

「あ?」

「お前、気付いてるか?」

「……関係ねぇ」

「やっぱりそうか」

「知らねぇっつってんだろう、バカ」

これは輝平なりの肯定の返事であると、さすがに分かる。

「すげーな、浮世絵」

「るせぇよ」

そうして。

「うわあ……すげー……」

耕書堂の前に立った虎之助は、その光景にポカンと口を開いた。

暖簾をくぐったその先。

店の売れ筋の浮世絵が吊られた中に、しっかり”今様伊達男五人衆”が上げられていたからだ。

しかもそこには朱筆で”続続増刷中”と書かれた札まで貼られている。

「これはこれは桐ノ屋の若旦那!!おかげさまで好評頂いております」

手代が呼んできたのか、番頭らしき男が出て来た。

「生憎主人は外出しておりまして」

「いや、別に会いに来た訳じゃねぇから」

「さようでございますか。それで、お連れ様は?」

「あ?虎之助」

それでは他人には何の事やら分からない。

虎之助は

「はじめまして。こいつの幼馴染で虎之助って言います。家は深川の材木屋の紀伊屋です」

翔之介に言われたのを思い出し、これも宣伝の内だと店の名前を付けて名乗った。

「これはどうもご丁寧に。こちら様もまた中々の男振りで」

「へ?」

「今回の企画が上手くいきましたので、近々二回目を催そうかと思っておりましてね。その際は是非ご協力下さい」

「あ、はあ」

何の事やら分からない。ので

「どういう事ですか?」

とそのまま聞いてみた。

「おや、若旦那から何も聞いてらっしゃらない?」

「はい」

「おやおや」

番頭は大袈裟なふりで驚くと、

「これは町娘さん達に選んでもらった人気投票の結果出した浮世絵なんですよ」

と言った。

「はあああっ?!」

人気投票。どこの誰がこの女好きのドスケベに票を入れたのか。世も末だ。

そんな心の声が顔に出ていたのだろう。

番頭は

「中々の得票数でございましたよ」

と真顔で言う。

何でも日本橋界隈で良く見る男前を教えて下さい、的な情報収集を行い、その結果多く名前や容姿が上がった者の素性を調べ上げて出したのだそうで。

「確かに目立つよな、お前もこいつらも。こうして並べたらすげー派手」

「お前もだろうが、その背丈っ!!」

輝平はそう言うが、目の前の色の氾濫は中々に壮観である。

まず一人目が『海道屋・涼次郎』。

スラリとした体つきで、黄の襟に緑地に銀糸をあしらった派手な着物が良く似合う。

続いてが『旗本・見間真三郎』。

今時には珍しい、黒縁の眼鏡を鼻に乗せてはいるが、藍地の着物に大小を挿した立ち姿は流麗である。

「旗本って……お侍まで出るのかよ」

「いやあ、この時はお連れ様に随分とお世話になりまして」

「お連れ様?」

「ええ。コレ」

と小指を出してから

「あ、男の方でしたからこっちですか」

と親指を出しなおす。

「はあ……」

「お家の害になるからとごねられるのを上手く言いくる、説得して頂きました」

ちらっと本音が出た。

続いてが『泉堂・安兵衛』と『泉堂・辰之介』。

どういう訳かこの二枚は続き絵になっている。

「何でこれだけ続き絵?」

「本当は、番頭の辰之介さんだけが入ってたんですがね。ご本人が若旦那も一緒でないと出ないとおっしゃって。見れば若旦那もそこそこの男振りでらっしゃったので、商売になるかと思いましてね」

意外と適当である。

ただ。

少し乱れた髪の見るからに「良い所の苦労知らずの若旦那」といった風情の安兵衛とその襟元を直してやっている辰之介の図柄が妙にエロい。

「これ、何でこんなんなんですか?」

「絵師が見たまま描きまして」

「へぇ……」

泣きぼくろがやけに艶っぽい色男が柔らかな微笑を口元に浮かべ、乱れ髪の若旦那の襟を直している姿は見様によっては情事の後のようだ。

「何か……」

「ええ。多分」

「うへぇ……」

虎之助も番頭も具体的な事は何も言わない。でも通じる。

この場合、この主従が醸し出す独特の空間を見事に表現しきった絵師を褒めるべきなのだろうか。

そうした話の流れで見た『桐ノ屋・輝平』の絵は至極まともに見えた。たとえ、その髪が若干崩して結われた上に着流しで、見るからに遊び人風に描かれていたとしても。

それはある意味、輝平の有りのままの姿だ。

「何か、お前が一番地味だな」

「まともって言えよ」

「言わねぇ」

「あ?」

「本当は、もうお一人いらっしゃったんですがねぇ。どうしても素性が分からなくて。ご本人には会えたんですが、下絵も描かせても頂けなかったんですよ」

「へぇ……」

「皆様によりも小柄でらっしゃるお侍様でしたが、何とも言えない趣のある方でしたねぇ」

「趣ってどんな感じなんだろう?」

「お前には分からねぇよ、バカ虎之助」

「バカって言うな、バカ輝平!!」

「んだと?」

「何だよ、やんのか?!」

「お二人共落ち着いて。それこそ目立ちますよ」

「「あ……」」

他所の店先でする事ではない。

頭を冷やした二人は番頭に侘びを言い、もう一度涼次郎の姿を目に焼き付けてから耕書堂を出た。



次回更新は30日になります。

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