十一.訓練 その2
(やっぱ細ぇよな)
中に居た真三郎を見た瞬間、虎之助はそう思った。
が、良く良く見ると、そういう訳ではなく、上背があるから細く見えるだけだと気づく。
やや撫肩ではあるがそれなりにがっしりとした体格は、言われてみれば武術の心得があるように見えなくもない。
まあ、言った所で所詮は素人だ。そう聞いたからそのように見えているだけなのだろう。
そんな事を思っていたら、不機嫌この上ない声で
「一体何の用だ」
と真三郎が言った。
「真さんにちょっと頼みがあってさ」
「断る」
「ええ?!話ぐらいは聞いてよ」
「お前が改まって頼みがあるなどと言う時は、面倒事を持ち込んでくる時と決まっている」
「うわぁ……愛を感じる」
「何故そうなるっ?!」
「ん?俺の事ちゃーんと分かってくれてるんだなぁって思うから」
「全く……それで、何があった?」
「結局聞くのかよっ」
思わず突っ込みが声に出た。
「うるさい。部外者は黙っておれ」
成次郎に対する物とは違う、不快さしかないような冷たい目が虎之助を見遣る。
すると成次郎が苦笑を浮かべながら
「残念。真さん、そいつが頼み事の内容なんだ」
と言った。
「何?」
「ちょっと複雑な事になってきててね。どうやらこの件、雲川の江戸家老が絡んでるらしいんだ」
「何だと?」
真三郎を包む空気が瞬時に緊張したのが分かる。
どうやら真三郎も田宮の事を知っているようだ。
「どういう事だ?」
成次郎が再び千之輔と聞き込んで来た内容を話す。
すると真三郎は唸り声のような呻き声のような何とも表現のし難い音を発した。
「最悪、だな」
「だろ?で、真さんにお願いって言うのは、ここに居る紀伊屋を思うさま鍛えてやって欲しいんだよね」
「ほう」
「本当に遠慮無しで良いから。木刀でだけど、それなりに本気になった火盗三羽烏の筆頭と互角に遣り合える腕はあるんだ。問題は」
「本物の刃と殺気を相手にどこまで身を守れるか、なのだな?」
「そういう事」
「分かった。受けよう」
「助かる」
「ちょっと待ってくれ!!」
ここでようやく教えられる本人が口を挟めた。
「確かに俺はお前が言うその本物の刀と遣り合った事はねぇし、怖ぇよ。けど、相手は藩のお偉いさんなんだろう?そんな奴が簡単に表出て来んのかよ」
「お前は見た通りの馬鹿者だな」
「はあっ?!」
遠慮のかけらもなく真三郎がそう言った。
「現にその普通なら表に出ないような男が、飲み屋で中間共の無法を放置している手頃な大名家を物色し、尚且つそれを利用して人を騙し殺している。因果関係とも呼べぬ程に明らかな現実に本当に気付いていないのなら、余程の馬鹿者だ」
言われ方は随分だが、その内容にはぐぅの音も出ない。
「田宮は腹黒いだけでなく腕もかなり立つ。子飼いには人殺しを何とも思わぬ輩や他人を陥れる事を得意とする軍学者を称する男もいるのだ。単純で能力が高いだけの今のお前では、直ぐにも切られてそれで仕舞いだろう」
「……そんなに強いのかよ」
「強い。正確には手ごわい」
「だったら……」
「逃げるか?」
「冗談。絶対勝ってやる。それでおみつちゃんも助けて留さんの仇も取ってやるさ」
久しぶりの荒事に気分が昂ぶる。
喧嘩上等。
普段輝平と居る時はお人好しな性格のおかげで抑える側に回ってはいるが、本来の虎之助はそれなりに好戦的な”やんちゃ”である。
売られた喧嘩は必ず買うし、身内に売られた喧嘩は止められても買う。
いわれのないただの悪口であってもそうなのだ。
命がけになると自覚しているからこそ慎重になってはいるが、それがなければ今すぐにでも殴り込みに行きたい気分なのである。
「ふん。気概と目つきだけは一人前だな」
「あ?」
「へぇ?良かったね、紀伊屋。真さん気に入ったみたい」
「いらね」
「誰も気に入ってなどいないっ!!」
「へいへい。んじゃよろしくね。じゃ、行こうか、千ちゃん」
「「え?」」
「……千ちゃんはともなく何で紀伊屋まで驚くんだよ。ったく。ここに居たって紀伊屋が真さんに叩きのめされるの見る以外やる事ないでしょ?それよりも田宮の連中の隠れ家探しに行こう」
「……分かりました。では見間様、若旦那の事よろしくお願い致します」
「分かった」
「じゃあね、真さん。後でね~」
「いいからさっさと行け」
賑やかに兄弟が部屋を後にする。
残された虎之助はどうにも第一印象が悪い男と二人にされて居心地が悪い事この上ない。
のでつい
「叩きのめされるって何だよ……」
と愚痴が出た。
「間違ってはいないと思うが?」
小馬鹿にしたように真三郎がそう言って鼻先の眼鏡を指で押し上げる。
それを見た瞬間、虎之助の理性は吹っ飛んだ。
「はぁ?!上等。やってやらぁ!!」
そう言うなり虎之助は一気に間合いを詰め、そのままの勢いで抜いた棒を横に薙ぎ払った。
(よしっ!!)
入った。そう思った次の瞬間
「甘い」
という一言と共に一歩前に出た真三郎に腕を絡め取られた。
「くそっ」
(ヤバい!!折られる)
そう直感した虎之助はそのまま体ごとぶつかり腕を抜こうとするが、それさえも真三郎には読まれているらしい。
腕を抱えたまま重心を落として当たってきた虎之助の体重諸共受け止めた。
(だったら)
わずかに動く足で思い切り真三郎の足の小指を踏みつける。
「くっ」
これにはさすがの真三郎もたまらず呻き声を上げ、締める腕の力が抜けた。
引き抜きざまに拳で横っ面を殴る。
躱されたように見えたがどうやら完全には避けきれなかったらしい。
鼻先の眼鏡が吹っ飛んだ。
「てめぇ本気で腕折ろうとしただろう?!」
距離を取ってからそう怒鳴る。すると
「当然だろう。お前が相手にするのは腕はおろか命を奪う事にさえ何の躊躇もないような奴らなのだからな」
吹き飛んだ眼鏡を再び鼻の頭に乗せながら、真三郎は静かにそう言った。
「……何でそんな連中が野放しになってんだよ」
「お前には分からん」
「はっ!!どうせお前ら侍は俺達町人がどうなろうと構いやしねぇと思ってんだろうが」
「そういう輩が居る事は否定はせん。だが、俺がここに身を置いて成次郎と仕事をしているのはそうした輩を一人でも多く排除する為だ。そうでなければお前を鍛えるなどという馬鹿げた話に手を貸すような事はしていない」
「んだよ、それ……」
つい口を突いた武家への不信をさらりと流されて、振り上げた拳の下ろし所を失う。
「言いたい事はそれだけか?」
「何?!」
「終わったのなら続けるぞ。俺はまだ太刀を持ちさえしていないのだという事を忘れるな」
「くそっ。覚悟しやがれ」
「ふん。口先だけで終わらぬように気を付けろ」
「るせぇ!!」
そうは言ったもののいきなりの強襲はさすがにやらかす気にはならない。
(どう攻める……)
先ほどは頭に血が昇っていた事もありロクに真三郎を見ていなかったが、改めて対峙してみるとこれといった隙がない。
先日立ち会った青柳と同じ程度の腕は確実にあると思って間違いないだろう。
そうなると、相手の動きに対する情報が少ない分虎之助の方が分が悪い。
虎之助は腰を落とし棒を正眼に構えると真三郎の動きを待った。
「ふむ。不意打ちは出来ない性格か。仕方ない、では動いてやろう」
そう言うと真三郎は目で虎之助の動きを制しながら床の間に移動し、刀掛けから太刀を手に取った。
ゆっくりと、見せつけるように鞘を抜く。
現れたのは、冴え冴えとした光を放つ刃だ。
見ただけでその切れ味が想像出来るような、冷気と殺気をそれ自体が放ってくる。
「怖いか?」
「……」
それには答えない。が、思わず生唾を飲み込んでしまったのは気取られているだろう。
「来るなら来いよ」
だがそう言い返した自分の声が震えていない事に安堵する。
(大丈夫だ。やれる)
「良く言った」
静かに一言。そう言うと真三郎が一気に間合いを詰めた。
今ある在庫はここまでになります。
次回更新予定は作品・日時共に未定です。
ひとまずお付き合いいただきありがとうございました。




