九.進展 その2
「どうした、虎之助?お主らしくもない辛気臭い顔をして。似顔絵の者を探しておったのではなかったのか?」
不思議そうな顔をして山内が尋ねてきた。
確かにそれはそうだろう。
普通、人探しをしていると言われ似顔絵を見せられてその人物に心当たりがあるとなれば喜ぶものだ。
「あの……今、雲川藩って言いましたよね?」
「言うたな」
「しかも江戸家老って」
「おう。若いのに相当な切れ者だと噂の御仁だ」
「そんな人と山内様が何で知り合いなんですか?」
「若旦那っ」
無礼極まりない虎之助の発言に千之輔が凍る。
が、山内は一向に意に介していない風で
「良く飲み屋で会うのだよ」
と答えた。
「飲み屋?」
「ああ。屋敷だと肩が凝るとかでな。お家柄のおかげで出世したものの若輩故に年長者からの当たりがキツいとかでな。ご苦労な事だ」
どうやら山内は本当に気の毒だと思っているらしい。
それはそのしみじみとした声音から察して余りある。
それを聞いて虎之助は千之輔と顔を見合わせた。
他者を誑し込む人の好さそうな外面は、少なくとも自分達が知る犯人像と一致する。
「山内様、その田宮様をこちらのお屋敷に招かれた事はありますか?」
「まさか」
山内の返答は一言で終わった。
「本当ですか?」
「嘘をついてどうする。外様とはいえ大名家の江戸家老ともあろう方をこのような下屋敷にお招きするなど、無礼以外の何物でもない。飲み屋の支払いぐらいはと思うがそれとて馳走になってしまう始末だぞ?」
「そう、ですか……」
確かに同じ外様同士とはいえ、下屋敷住まいと江戸家老では禄も違えば、立場の軽重も違う。
逆に、山内が雲川藩の上屋敷に招かれる事もないだろう。
「では山内様、今月に入って何かお屋敷で変わった事はありませんでしたか?」
千之輔はこれ以上田宮の情報を引き出すのは難しいと判断したようだ。
すっと話の矛先を変えた。
「当家でか?」
「はい」
「そうだな……ああ、あったと言えばあったな」
「本当ですか?」
「うむ。江戸に居られた殿が国許にお帰りになられた」
「はあ」
「そのように気のない返事をするな。お主達には分からんであろうが、参勤交代というものは非常に大変な事なのだぞ?ご出立に向けて、ご正室様に内緒でお国許の側室の方々へより高いお土産を買いに行ったり、身分に関わらずお見送りをしに全員上屋敷に集まらねばならなかったり。実に疲れる」
「ああ、確かに。普段こうした気楽ななりに慣れておると久しぶりに着る裃がな」
「そうそう。襟元が特にの」
うんうん、と平社員ならぬ平家来ならではの苦労を語り合う二人に無表情になった千之輔だったが、すぐさま
「山内様、そのお話、田宮様にもされましたか?」
と問い返した。
「田宮殿に?いや……どうだったかな……」
「しっかり思い出して下さい。あと出来ればその日付もお願いします」
「ん?何やら良く分からんが、日は分かる。今月の戊寅だ」
さすがにそれが何日前かまではすぐには分からないがどちらかの店に戻れば暦はある。
頭の中に”戊寅”という文字を刻んでいると、続けて千之輔が
「それで田宮様の方は?ご存じだったんでしょうか?」
と畳み込むように聞く。
「ふむ……そのような話をしかと致したかは分からぬが、他家とはいえ江戸家老というご身分ゆえに我らとは違う所で話ご存じだったかもしれんな」
「じゃあ、その日は賭場はどうしたんですか?」
直球すぎる虎之助の質問に再び肝を冷やしたらしい千之輔が能面のような顔で睨みつけてきた。
が、山内は悪びれもせずに
「その日は中間連中は品川までの荷運びに駆り出されているから開いておらんはずだ。我らも上屋敷に留め置かれる事になっておったし、下働きの者には休みを取らせていた」
と答えてくれた。
「つまり無人だった、と?」
「うむ」
再び顔を見合わせる。
「山内様、ありがとうございました」
「いや。役に立てたのなら良かった。虎之助よ、この事くれぐれもおりよ殿に良しなに伝えてくれよ?」
「ああ、はい。一応言っときます」
「当家への奉公の件もな」
「はい」
即答しているが、決して受けると思っていない。肯定のふりをした絶対否定である。
「ではな」
「はい、失礼します」
千之輔と揃って頭を下げる。
山内達に背を向けると二人はそのまま橋を渡って日本橋に足を向けた。
「決まり、だな」
「ええ。ただ、ちょっと大物過ぎて驚いてます」
「まあな」
侍とはいえ、せいぜいがどこかの御家人崩れか下屋敷辺りの小物だと思っていた。
それがまさか、である。
「参りましたね」
「あ?怖くなったのかよ?」
「違います。大名家となると奉行所であっても手が出せなくなるからです」
「そうなのか?」
「そうなんですよ」
呆れたように千之輔は言うが、これに関しては一概に虎之助を無知だと責める訳にもいかない。
一市井の町人にとって、侍は侍であってその所属がどこかなど正直どうでも良い。
ましてそれを裁く部署がどこかなんて、想像したこともない。
一歩間違えば、全て奉行所に言えばなんとかなる、ぐらいにしか思っていない。
が実の所、奉行所が裁くのは庶民だけであり、御家人を裁くのは目付と呼ばれる別の役人である。
そして大名家は更にその枠から大きく外れる。
当時の藩というのは幕府を支える独立国家であり、その”国”に属する者は幕府が裁く事はできない。
唯一可能なのは、大目付からその”国”の大名に対して処分が下されるくらいの事なのである。
故に「参った」なのだ。
とりあえず、即殴り込みを掛けてどうこうする、という手だけは取れない事がはっきりした。
二人は、一歩前進したにもかかわらず、どこか重荷を背負ってしまったような、複雑な面持ちで無言のまま〇屋へ向かって行った。
次回更新は12月19日です。




