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○屋よろづ事顛末記  作者: 霜月ニ條
第三章 見えてきた”モノ”
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七.苦労人?




結局、虎之助の注文で作り直された刀型の十手が〇屋に届けられたのは、それから十日程経ってからの事だ。

”お遣い”だからか、灰原が持って来たのだが、妙に機嫌が良い。

それを見て、

「何だ、えらく機嫌が良いじゃねぇか」

と言ったのは輝平だ。

いつもの事ながら身分をまるで考えない発言に周囲の気苦労は絶えない。

「ちょっ!!輝平ちゃん!!」

「お前、さすがにそれは不味いって」

と焦る涼次郎と虎之助の心配などどこ吹く風で、輝平はさらに「勝ったのかよ?」と左手の指を三本立て、賽の目を挟んだフリをして見せる。

うわっと涼次郎と虎之助は思わず首を竦めたが、待ち構えても「舐めた口きいてんじゃねぇよ」という灰原の怒鳴り声が響いて来ない。

どうやら今日は本当に機嫌が良いのだろう。怒鳴るどころかにやりと笑い、

「五両」

と同じように左手を上げて指を全部広げて見せた。

「本当かよ?!ウナギ奢れ!!」

「ざけんな。その内四両半は旦那に返さなきゃならねぇんだよっ!!」

「黙ってたら分かりゃしねぇって」

「それが通じる相手ならこんな苦労なんかしてねぇよ」

「ああ……」

しみじみと、実感が籠り過ぎた灰原の言葉に伊兵衛も含めたその場に居た全員が納得してしまった。

「ですが、その上機嫌の理由は賭場で勝っただけではないのでは?」

と聞いたのは伊兵衛だ。

「お?分かるか?」

「ええ、まあ」

そう言って穏やかな微笑を浮かべているが、本音はさてどこにあるのか。

最近、伊兵衛が実は腹黒いのではないかと思っている虎之助である。

「聞いて驚け。実は敵の足取りが掴めそうなんだ」

「それってまさか伊勢崎町にある久我様の下屋敷にある賭場の事か?」

上がり口に腰を掛け、耳をほじっていた輝平が欠伸混じりにそう言った。

「は?何でお前が知ってんだよ?」

「今ちょうどそこの話をしていたからですよ」

「んだよそれ……」

分かり易過ぎるぐらいに凹んでしまった。

「っつか、何でお前がそれ知ってんだよ?!」

「あ?んな事一々聞くなよ。同じ穴の狢って事は前から分かってんじゃねぇか」

「……ガキが生意気な口叩いてんじゃねぇっ!!」

「あ"あ"?サイコロ振るのにガキもクソもあるかよ」

「んだと?!」

上機嫌から一転、最悪の機嫌の悪さにまで落ちてしまった。

が、生憎輝平はそんな空気を読むようなマネはしない。

それどころか、持ち前の喧嘩早さが顔を出し

「やんのかよ?」

と挑発した上に、一人や二人は殴り殺した事があるような凄みのある笑みを浮かべて灰原と相対した。

「今日こそ刀の錆にしてやる」

「はっ!!やれるもんならやってみろよ。その前にそいつは本物の刀なのか?借金のカタに取られて竹光とかってオチじゃねぇだろうな?!」

「そんなマネする訳ねぇだろうっ!!俺は夢見屋の主人、二谷修造の用心棒だぞ?メシの種に手ぇ付けるような勝負するかっ!!」

「そういう所は真面目ですよね、灰原様」

今にも血を見そうな二人の喧嘩にしれっと紛れ込んだのは千之輔だ。

「おいっ!!」

虎之助が慌てて千之輔の口を手で塞ぐが、灰原は千之輔に食ってかかるようなまねはせず

「……何だよ、それ」

とこれまでの剣呑な空気を一気に消して、普段通りのちょっと不機嫌な灰原に戻ってしまった。

「いえ別に。派手に遊んでいるように見えて、二谷様にはどこまでも忠実だな、と感心しただけです」

「お前……」

言い方に気を付けているように見えるが、中身は完全に馬鹿にしている。

(こいつ……)

やっぱり図太いと思っていたら、伊兵衛が

「しかし、灰原様も聞きつけてきたとなると、やはりおりよの線は当たりって事だろうな」

とここまでの流れを無かった事にしてしまった。

この兄弟、やはり侮れない。

「じゃ、決まりな」

「は?何が?」

「俺がこれから毎日通う!!」

超絶ドヤ顔をして輝平がそう宣言する。

と、虎之助が口を開く前に涼次郎が

「嬉しそうに何言ってんだいっ!!そんな事したら輝平ちゃんまともに見張りしないでしょうがっ?!」

と待ったをかけた。

「あ?んな訳ねぇだろう」

「だったら、勝負中に相手が帰った時、その勝負ほったらかしにして跡追えるのかい?」

「あ?何の為にお前と一緒に居ると思ってんだよ、バーカ」

「輝平ちゃん!!」

「桐ノ屋、確かに何かあった時にすぐに連絡が取れるように二人組んでもらってますが、間違ってもそういう場合に走ってもらう為じゃありませんよ」

「小うるせぇ事言うなよ」

「若旦那」

なだめるような伊兵衛の声色とは裏腹に

「遊びのつもりなら、もう手伝って頂かなくて結構です」

と凍えるような冷たい声がした。

「千之輔?!」

「んだと?」

静かに、だが確かな怒りを含んだ目で千之輔が言う。

そして、鋭い眼光で睨んだ輝平の眼差しを真正面から受け止め

「相手はお侍で、しかももう何人も人を殺しています。だからこそ紀伊屋の若旦那は私達を連れて道場に行ったのだし、二谷様や北町の中村様の手を煩わせてまでこの鉄棒を作ったんです。あなたがどれだけ喧嘩が強くて腕っぷしに自信があるのか知りません。ですが、それであなたに万が一の事があった時、若旦那がどれだけ傷つくか分かってますか?私はあなたがどうなろうと別に構いませんけど、若旦那が苦しむのは見たくないんです」

そう言い切った。

「千之輔……」

「んだよ、それ。ノロケかよ。おい、俺は怒られてたのかノロケ聞かされてたのかどっちなんだ?」

「う~ん、多分両方だねぇ」

「ノロケって何だよ?!別にそういうんじゃねぇだろう?!千之輔は俺の事を気にしてくれて」

「だからそれをノロケっつーんだよ、ガキ」

「お前がガキって言うなっ!!」

「俺もう帰って良いか?そろそろ戻らねぇと面倒臭ぇ事になりそうだし、二谷の旦那にドヤされんの勘弁なんだけどよ」

「はいはい、いいからちょっと待って」

そう言って手を叩いたのは、ちょうど戻ってきたらしい成次郎だ。

「とりあえずさぁ、何で伊兵衛兄が能面みたいな顔してんの?」

「千之輔ちゃんがちょっと」

「ああ……何、紀伊屋の味方した?」

「めちゃくちゃ」

「なるほどね。で?何でそういう話になったの?」

「実は」

と涼次郎が話して聞かせる。

頭のキレはイマイチなのだが、案外話をまとめるのは上手いのだ。

「分かった。えっと、灰原の旦那、ご苦労様です。後はこっちで話進めるから、二谷様によろしく言っといて下さいな。賭場の方は俺が行くわ。海道屋が言う通り、二人に任せたら色んな意味で危ないし、灰原の旦那にしても本業があるから付きっきりとは行かないだろうしね」

「俺達がやる。せっかくこいつも作って貰ったんだし」

風呂敷から取り出し感触を確かめていた虎之助が立候補する。

と成次郎はふぅっと大きくため息をついてから

「あのね、紀伊屋」

と子供を諭すような口調になった。

「あんたみたいな素人丸出しの人の好さそうなのが、百戦錬磨しか知らないような外様大名の下屋敷の前でウロウロしてたら目立ち過ぎんの。逸る気持ちも分からないではないけどさ、ここは俺に任せて」

「けど」

そもそも首を突っ込んだのは自分だ。他人任せは性に合わない。すると

「ここは成次郎兄さんに任せた方が良いと思います。それより私達は船着き場を中心に聞き込みに行きましょう」

と千之輔が提案してきた。

「聞き込み?」

「見慣れない船が止まっていなかったか、聞いて回るんです。伊勢崎町なら大人数の移動なら船を使っているはずです。それを辿っていけば、どこを拠点にしているのか、攫われた方達がどこに居るのか、目星を付けられるはずです」

「おお……お前、頭良いな」

「若旦那に言われても嬉しくないです」

「何で?!」

「はいはい、もうすぐじゃれる」

「「別にじゃれてません」ねぇ」

「じゃ、明日からそういう事で。良いよな、伊兵衛兄」

「ああ。皆さんくれぐれも気を付けて。特に桐ノ屋。千之輔も言いましたが、相手は誰であろうと構わず刀を抜く輩です。感情的になる喧嘩よりも性質が悪い。それを忘れないようにして下さいよ」

「分かったよ」

「海道屋の、頼みます」

「ええ~俺~っ?!」

「紀伊屋には不本意ながら千之輔をお任せしているので」

「……仕方ない。分かりましたよ」

「不本意ながらとか、伊兵衛兄本音漏れ過ぎ」

「成次郎、笑い過ぎだ」

「では明日。お店に伺います」

「おう。そうだ、どうせならうちで朝飯食えよ。俺が炊いたシジミの佃煮は絶品だぞ?」

「そうですか。ではそうさせて頂きます」

一瞬ではあるが千之輔の目が光る。

それに幸せを感じている虎之助だが、その後ろで「あの千ちゃんを胃袋で釣るって紀伊屋すげー」と成次郎が呟いていた事は知らない。



次回更新は12月12日です。

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