六.戦支度
四人連れ立って〇屋へ戻る。
中に入ると成次郎は仕事に出ているのか不在だったが、主の伊兵衛は奥に居た。
「よぉ。邪魔するぜ」
「これは二谷様に灰原様。今日はどうような御用で?」
「どのような、ってのは随分なご挨拶じゃねぇの?」
意地の悪い笑みを浮かべて灰原が挑発するような事を言う。
が、伊兵衛の方はまるで気にしていないようで
「そうですか?」
と余裕を見せた。
それを中々に不毛なやり取りだと思いながら虎之助が見ていると、いつもなら面白がっているだけの二谷が「絡むのは止せ、作五郎」と灰原を止めた。
「あ?」
「今日はこれからまだ周る所がある。用件ってのは、こいつの事だ」
そう言うと二谷は先ほど虎之助達に見せた風呂敷包みを差し出した。
「これは?」
「こいつの獲物だよ」
顎で虎之助を指してみせる。
すると伊兵衛は、ほうっと安堵したような、驚いたような表情をした。
「随分と早いですね」
「北町のお奉行様のお声掛かりとなれば鍛冶屋だって急ぐさ」
二谷がにやりと笑う。
「北町?え、中山様が?……またどうして?」
「見た方が早ぇよ。開けてみな」
「はぁ」
首をかしげながら伊兵衛が包みを開ける。
虎之助はもちろん、千之輔も気にはなるようで、珍しく興味津々といった風に兄の手元を覗き込んだ。
「これは……」
「へぇー」
「随分と立派な物ですね」
三者三様の反応に二谷が少しだけ不満そうな顔をした。
「何でぇ。驚かねぇのかよ?」
「驚いてますよ、一応」
「なんか使いにくそうだよな。そう思わねぇ?」
「そうですね。若旦那には立派すぎます」
「んだと?!」
遠慮なく言ってくる千之輔を睨みつける。
と
「じゃれてんじゃねぇ、色ガキ」
と二谷の呆れた声がした。
「は?何言ってんだよ、二谷の旦那!!」
「別にじゃれてません」
「あーはいはい。で、それ以外感想はねぇのかよ?」
二谷に重ねて言われ、虎之助はそれを手に取った。
風呂敷に包まれていたもの。
それはいわゆる打ち払い十手と呼ばれる類の鉄の棒である。
長さは虎之助の体格を考えたのか、奉行所で扱うものよりも若干長い。
普通なら大体二尺(六十cm)足らず程度なのだが、これはそれよりも五寸(約十五cm)程長いように思われる。
そして刀と相対する事を前提にしているからか、持ちやすそうな木製の柄が取り付けられているのだが、本体と柄の間に刀と同じように鍔もついているのだ。
それは一見すると刃のない刀のようである。
「結構重いんだな……」
「そこらの岡っ引きがてめぇの勝手で作った奴とは訳が違う。本物の奉行所が使うヤツをお前用に仕立ててやったんだぜ、感謝しろよ、虎之助」
「うん……」
「嬉しくねぇのかよ?」
「嬉しくねぇっていうか……何かいつものと勝手が違うっつーか」
木の柄なのだが、普段道場で使っている木刀とはどこか手触りが違う。
その違和感がどうにも拭えない。
「これ、何で出来てる?」
「は?知らねぇよ」
二谷が眉の根を寄せる。
これは材木屋に生まれ育った虎之助だからこそ分かる感覚なのだろう。
普段二谷が握る刀の柄は当然のようになめし革を張った上に正絹の糸で滑り止めされた物だが、これは違う。
そして柄の握り心地を左右するのは恐らくは刀身の重さとの感覚。
だが、虎之助にとってはそれ以上に手になじむ木肌かどうかが問題なのだ。
「マジかよ。何か柔らかい感じするんだよなぁ……ちゃんと本赤樫で作ってあんのかなぁ」
「別にそれで良いだろうが」
「すぐ付け替え出来んなら、本赤樫で作り直して欲しい」
「は?」
二谷が意味が分からないと言いたそうな顔でこちらを睨みつける。
が、これは虎之助にとっては譲れない一線なのだ。
「頼む、二谷の旦那。俺はこれで、俺だけじゃなくてコイツも守らなきゃならねぇんだ」
隣に立つ千之輔を見る。
すると二谷は大仰なぐらい驚いた顔をして見せた。
「こいつは……虎之助の口から”コイツを守る”なんて言葉が出てくる日が来るとはな」
「は?」
「……」
「伊兵衛兄さん?」
「……別に何でもないよ、千之輔……」
そういう伊兵衛の顔は何故か能面のような無表情さだ。
頭の中に「何だ?」という疑問が浮かぶ中、虎之助はそれを頭を振って吹き飛ばすと二谷に向かって改まって頭を下げた。
「お願いします、二谷様」
「よし、分かった!!作五郎っ!!」
「……何で俺なんだよ……」
「文句言わずに行って来い、使い走りっ」
「はぁ?!ざけんじゃねぇよっ!!」
「この間賭場で負けた四両半、何も言わずに貸してやったのは誰だったっけな?」
「……分かったよ。ったく、お前のくだらねぇ拘りのせいでよ。良い迷惑だぜ」
「負けたのは俺のせいじゃねぇし」
「そうじゃねぇだろうがっ!!!!」
「作五郎」
「……へいへい。さっさとお遣いに行かせて頂きますよ。ったく、やってらんねぇぜ」
そうぼやきながら、それでも灰原は意外と丁寧に十手を包んで店を出て行った。
「それで?それを作るのにどうして中山様のお名前が出てくるんです?」
「ん?そりゃ巻き込んだからだろう」
「あ……成次郎ですか?」
「いや。そっちも絡むが、この間の殺しの件もある」
「月番は南のはずでは?」
「その前のお弓殺しの方は北だったんだ。扱ってるのは同じ太平親分だがな」
「なるほど」
伊兵衛にはそれで十分納得出来たらしい。
「虎之助」
「はい」
「あんま気負い過ぎんなよ」
「……はい」
そうしたいが、気負うなという方が無理だろう。
これまでただの喧嘩なら数えきれない程やってきたが、実際に命のやり取りが関わるものなどした事はない。
そう言った意味では、賭場で数多くの修羅場をくぐってきた輝平の方が度胸が据わっているかもしれない。
そんな不安と意気込みを感じ取ったのだろうか。
千之輔が
「大丈夫ですよ」
と虎之助に向かって言った。
「千之輔?」
「私だって戦えます。獲物は使えませんが、それでもただの足手まといになるつもりはありませんから」
「千之輔っ」
千之輔が言った瞬間、伊兵衛の鋭い声が〇屋を貫いた。
「……すみません」
「?何だ?どうしたんだ?」
「おい、伊兵衛。どこまで心配性なんだよ、お前は。ちょっと過保護過ぎるんじゃねぇの?」
「二谷様っ!!」
「おお怖。これ以上ここにいると藪蛇になりそうだ。一足先に退散するぜ。千之輔、あんま兄貴に心配かけんなよ」
そう軽口を叩きながら、笑っていない目をして二谷もまた〇屋を出て行った。
次回更新は12月9日になります。




