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○屋よろづ事顛末記  作者: 霜月ニ條
第三章 見えてきた”モノ”
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五はじめの一歩?



真っ暗な部屋に敷かれた一組の布団。

中にいる虎之助の腕の中で

「ダメですよ……」

そう囁くのは色白の肌を薄紅に染めた千之輔だ。

「何が?」

「ちょっ……若旦那……」

「何水臭ぇ呼び方してんだよ。名前で呼んでくれても良いんじゃねぇか?」

かすれ気味の声でそう甘く囁くと、千之輔は潤んだ瞳で虎之助を一瞥してから恥ずかしそうに視線を逸らし

「……虎之助、さん……」

と名前を呼んだ。

「千……」

抱きついてくる体を思う様抱き締める。

「虎之助……ちょっと虎之助っいつまで寝てんのよ、アンタはーーーーーーーっ!!!!」

「だーーーーっ!!!!」

名前を呼ぶ声が千之輔の物から姉の物に変わった瞬間、虎之助は飛び上がって現実に引き戻された。

「もうとっくにお日様昇ってんのよ?!いつになったら朝ご飯作ってくれんのよっ!!!!」

「分かったよ、すぐ行く。すぐ行くから部屋出ろ!!」

「ったく……これ以上待たせたら容赦しないからね」

お冠な姉がバタンと乱暴に障子を閉める。

はぁっと大きく溜息をついて見下ろした息子の方は、見事にお目覚めのご様子だ。

「……恨むぞ平助兄……」

あらぬ夢を見たのを平助のせいにした虎之助だが、彼には何の罪もない。

実は昨夜遅くまで平助達が寝ている使用人部屋で、貸本屋から借りた黄表紙を全員で読んでいたのだ。

それまでは結構なじいさんが回ってきていたのだが、そのじいさんが腰を痛めたとかで親戚だという若い男が代わりにやってきた。

若白髪なのか、黒髪に随分と白髪の混じった妙に覇気のない男だったそうだが、挨拶代わりにとこれは絶対に読めと無理矢理置いていったそうで。

葛飾北斎が文も絵も手がけた春画だそうで、今一番の推しなのだそうだ。

そこまで言うならとおりよや母に内緒で借りた平助が、皆を集めて鑑賞会をやったのが昨夜の事。

確かに貸本屋が一番の推しというだけの事はあって中々にエロい。

というか、かなり激しい。

何せ一枚目から濡れ場盛り沢山なのである。

これまでにも見た事はあるが、何せ回ってくるのが枯れ切った年寄りだ。

いつのだよっ!!と言いたくなるぐらい古い物や、いや若衆物持ってこられてもちょっと、と、とにかく突っ込み所満載だったのだが、今回の代物は売れっ子の最新作、しかも内容も濃く絵も外れが無いから、全員が夢中になった。

「おい!!もうそろそろ寝ないと徹夜になっちまうぞっ!!」

と一番必死になって読んでいた平助が我に返ったのが暁七つの鐘を聞いてからだから、ほとんど寝ていない。

主筋という事で一人部屋を貰っている都合上、虎之助はすぐに部屋に戻ったが果たして他の者達はどうしたのか。

何せ読みたいブツは手元にあるのだ。

どこまで自制出来たのか。

そう思いながら息子を宥めて顔を洗って台所に行くと、寝惚け眼の一太と擦れ違う。

「おはようさん」

「あ……おあよーございます」

「おい。大丈夫かよ?」

「ん?へい……もちろんです」

どうみても徹夜である。

立場もあるからか、上辺だけでもつくろっている平助はさすがだが、それにも増して元気なのは鉄五郎だ。

何でだろうと思っていたら

「昨日は随分遅くまで黄表紙読んでたみたいだけど、お前がそこまで夢中になるってそんなに助平な話なのか?」

と大声で聞いて平助に口を覆われていたから、どうやら参加していなかったらしい。

お年頃として気にならないワケが無いと思っていたのだが、この妙におっとりとした所のある、朴念仁と言われる手代頭は本当に色恋に興味が無いのかもしれない。

「助平な黄表紙ねぇ……」

じとーっとおりよが平助を睨む。

「お、おりよ?!」

「読むのは勝手だけど、虎之助にあんまりヘンな物見せないでよね」

「ちょ、姉貴?!」

「あーヤダヤダ」

「……お前何やったんだよ?」

「……もしかしたら勃ってんの見られたのかも。寝言も言ってた気がするし」

「バカ……」

「輝平のせいだって……」

そもそも輝平の余計な入れ知恵で姉が精力剤入りの握り飯なんてモノを作り、それを食べた千之輔の火照った顔なんてモノを見たせいで、具体的に妄想可能になったのだ。

どう考えても言い訳の範疇を出ない愚痴を胸に、何とも気まずい朝食を済ませる。

すると、更に輪を掛ける様に「おはようございます」と千之輔が顔を出した。

「お、おう!!今朝はまた随分と早ぇじゃねぇか」

疚しさも手伝ってか声が上擦る。

「昨日ご迷惑をお掛けしましたし。そのお詫びもと思ってこれを」

と差し出したのは竹籠だ。

「今日は私がお昼を作ってきたので、若旦那は何も持って来ないで下さいね」

「お、おう。ありがとう」

そう返したものの、気まずい。

と言うか夢とはいえ組んず解れつした相手である。

どこを見たら良いのか見当もつかない。

「あの、若旦那?」

「な、何でもねぇ!!姉貴、行ってくる」

「いってらっしゃい」

心なしか冷たい目で見送られ、店を出る。

そして昨日と同じように町を流そうと日本橋の方へ歩いていると、灰原を連れた二谷と出くわした。

「よお、お二人さん」

他意は無いだろうがそう声を掛けられてついどぎまぎしてしまう。

とその狼狽した様子を見て面白がったのが灰原だ。

「何だ、お前。何意識しちゃってんの?」

「な!!」

「お子ちゃまだとは思ってたけど、思った以上にガキだな、お前」

「る、るせぇっ!!!!」

「若旦那。ダメですよ。こう見えても灰原様は一応お侍なんですから」

「こう見えてとか一応とか余計な事言ってんじゃねぇよ、千之輔」

「本当の事ですから」

「んだと?!」

灰原が千之輔を睨みつける。

が、千之輔の方は一向に意に介さず、それどころか睨み返す始末だ。

さてどう割って入ろうかと虎之助が思った次の瞬間

「こら、作五郎。遊ぶのは後回しだ。二人共○屋へ行くぞ」

と二谷は事を簡単に治めてしまうと、顎で虎之助達に同行を命じた。

「○屋へ、ですか?」

「おう」

意図を組み損ねた虎之助は千之輔と顔を見合わせ、改めて二谷を見た。

とその手には長細い風呂敷包みが握られている。

「二谷様、それは?」

「ん?気付いたか?」

そう言うと二谷は嬉しそうにそう言うと

「○屋に着いてからのお楽しみだ」

とニヤリと笑った。



次回更新は12月5日になります。

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