四.捜査再開
武器がないから探索に出るなと言われた訳ではない。
そう勝手に判断したのは虎之助ではなく千之輔の方だ。
気丈に励ましてはいたが、留介の死に責任を感じているのは側で見ていれば分かる。
それは虎之助が見ていても危なっかしい程で、思わず「そんなに焦る事ねぇだろう」と口に出してしまった。
途端、勘に触った猫がフーッと威嚇しながら毛を逆立てる幻想が見えるような勢いで
「別に焦ってません!!」
とやり返された。
「それのどこが焦ってねぇんだよ……」
「急ぐ事と焦る事は違います」
「へぇへぇ」
こういう時必要以上に逆らわない事が大切だという事は、さすがに姉を持つ身としては肌に染みて知っている。
「若旦那だって分かってるから、あんな無茶な立ち合いをしたんじゃないんですか?」
「それは……そうだけどよぉ」
痛い所を突いてくる。
だが、それにしても今日の千之輔はいつも以上に飛ばし過ぎだ。
体力自慢の自分でもいい加減バテそうなのに、まだ足を止めようとしない。
そこで虎之助は自分にしか使えない取っておきの手を使う事にした。
「なぁ、飯にしねぇ?いい加減俺腹減ったんだけど」
「何言ってるんです?!さっき朝ご飯を頂いたばかりじゃありませんか」
「さっきってもう昼前だぜ?」
「まだ九つの鐘は鳴ってませんよ?」
「じいさんがボケてるだけだ。俺の腹時計だと確実に昼越えてる」
「……信じられません」
「んな事言っても腹減ったんだからしょうがねぇだろうが。そこ茶店の軒先借りようぜ」
「……分かりました」
腹が減っているのは満更嘘でもない。
ただ腹時計でも九つにはまだ四半刻程あるはずだ。
が、それは千之輔には分からない。
虎之助は半ば強引に千之輔を連れて床机に腰を下ろした。
愛想良く近づいてくる娘に茶だけを頼んで軒先を借りる算段をつける。
そこは慣れた虎之助の仕事だ。
愛想だけで言えば千之輔でも良いのだが、どうにも影の薄いこの男は下手をすると店の娘に気付いてもらえない。
それはそれで構わないのだが、勝手に場所を借りて茶も頼まずに出るというのは、何やら食い逃げをしているような心持になって落ち着かないのだ。
「今日はおりよさんの手作りなんですよね」
「おう……」
そう答える虎之助の顔色は冴えない。
何せ姉が「栄養満点のおにぎりだからね」と満面の笑みを見せたからだ。
控えめに言って、姉は料理が下手である。
それも死人が生き返るという代物ではない。
生き返った死人さえ再び確実に葬り去れるという、更にその上をいく代物なのである。
まずは耐性のある自分から、と思ったのだが。
「いただきます」
とどういう訳か千之輔が先にその黒い塊に口を付けてしまった。
「おい!!」
「物凄く大きいですね……口に入らない」
虎之助仕様に握られたらしい巨大なおにぎりを前に、そんな事を言いながら千之輔が懸命に口を大きく開けている。
正面からでは無理ならば、と、顔を横に向けてかぶりつこうとしている様を見て、どういう訳か虎之助は思わず生唾を飲み込んだ。
「ど、どっから食ってもデカいもんはデカいだろう」
「そうなんですけど」
と眉の根を寄せて更に頬張ろうとする姿にやはり何やら落ち着かない。
「ん?!……何か……苦いです」
ドキドキする自分を誤魔化そうと虎之助がそっぽを向いている間に、ようやくかぶりつく事が出来たらしい。
千之輔がそんな事を言った。
「苦い?」
焦がしたのだろうか?と思うが、そもそもの米は自分が炊いているから苦味を感じる程に焦がすという事はない。
香ばしいオコゲが混ざる程度である。
「無理して食う事ねぇぞ。姉貴の飯はほんっとにまともに食えたもんじゃねぇから」
「おにぎりですよ?」
そう言うがやはり美味くはないのだろう。
眉の根が解ける事はない。
それでも四苦八苦しながら三分の一程食べた所で根を上げた。
千之輔にしては食べた方である。
虎之助の方も一応姉が作ったものだからと食べてはいるのだが、やはりそれは苦い。
「姉貴のやつ、一体何入れたんだ?」
思わずそんな独り言が口を付くぐらいにその握り飯は苦い。
そして、黒い。
海苔をたっぷり巻いているからかと思いきや、中の飯まで黒いのである。
混ぜご飯にした、と言えば言えなくもないが、それにしてもここまで混ぜるのはやり過ぎである。
それでも腹は減るからと無理矢理茶で流し込み、店を出たまでは良かったのだが、異変はそれから四半刻程してから起こった。
妙に体が火照って汗ばんできたのだ。
(何か……ヘンだ……)
それは千之輔も同様のようで、歩いて血色が良くなったというには些か上気したように頬を赤らめている。
その艶っぽさに知らず虎之助は生唾を飲んだ。
「若旦那……」
「どどどどうした?」
動揺を見透かされたような気がして思わずどもる。
「すみません……何か体が……熱くて……」
零れる吐息さえ艶やかに感じる。
「どこかで休むか?」
「すみません……」
慌てて近くの茶店の奥を借りる。
はぁはぁと息を荒げながら熱っぽい瞳を向け「すみません」と詫びる千之輔の姿に、そのままむしゃぶりつきたくなる衝動を覚え、虎之助は慌てて頭を振った。
と同時に「何勃ててんだよ、俺っっっ!!!!」と自身の状態に気付いて大いに動揺する。
だがそれを鎮め様とくだらない事を考えても一向に収まる気配を見せない。
それどころか、濡れた千之輔の瞳やその唇に目が吸い寄せられて仕方無い上、そのまま襲いたくなる始末だ。
(ちょっと落ち着け、俺っ!!!!)
千之輔は男なのだ。
確かに可愛いし恐ろしく華奢だ。
だがその中身は十二分に男前だし、女や稚児扱いされる事を不満に思っているのも知っている。
それでも惹かれる物を感じている、という自覚はある。
自覚はあるが、それは色恋というにはまだ淡い。
そう思っていた。
そう思っていたのだが。
こうして熱にうなされたようになった姿に艶を覚え、どうしようもなく劣情を煽られてはそんな生易しい可愛いモノではないのだと、思わざるを得なくなる。
(ダメだっ!!!!)
これ以上ここに居たら取り返しの付かない事をしでかしそうだ。
そう思った虎之助は席を立つと茶店の娘に不審がられながら頭から盛大に水を被った。
「お客さん?!」
「悪ぃ。ちょっと頭冷やしたくて」
そう言われた所で娘が納得するワケもない。
主を呼ばれ、更に少し騒動を大きくしながら部屋に戻ると、ようやく落ち着いたのか千之輔が上体を起こしていた。
「ご迷惑をおかけしてすみません……何があったんですか?そんなずぶ濡れになって」
「何でもねぇ。具合はどうだ?」
「おかげさまで大分楽になりました」
「そうか。今日はもう帰った方が良いんじゃねぇか?」
「そうですね……若旦那、すみませんでした」
「へ?」
「いくら強がってもやはり私の体力の無さはどうしようもないみたいです」
珍しく弱音を吐く姿に、再び抱き締めて押し倒したいという衝動が沸き起こる。
それを懸命に押し殺すと虎之助は詫び料も込めて多めに主に礼を渡して店を出た。
「本当にすみません」
しおらしい風なのは、彼が出すと言った詫び料を要らないと言ったからだ。
そんな千之輔に次に何かあった時お前の番、と言ったのは欲情してしまった引け目からだ。
(くっそ……)
何とか無事に千之輔を店に送り届け、自分の店に戻る。
そして。
「はぁーーーーーっ!!何でんなモン握り飯に入れたんだよ!!」
「だって精がつくって聞いたから!!」
「勘弁してくれ……意味が違ぇよ……つか誰だよ、んな事姉貴に言ったの」
「輝平よ」
「あの大バカヤロウーーーーーーっっっ!!!!」
姉が握り飯に入れた黒い物の正体。
それはヤモリとマムシの黒焼きを粉にしたもの。
すなわち、滋養強壮という名目のいわゆる精力剤の類の代物であった。
次回更新は12月2日です。




