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○屋よろづ事顛末記  作者: 霜月ニ條
第三章 見えてきた”モノ”
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三.室井道場にて その2



「では、よろしく頼む」

「お願いします!!」

道場の真ん中でそう互いに挨拶を交わして向かい合う。

普通ならば互いに剣を正面に向けて出方を伺うものなのだが、青柳は木刀を帯に挟んだままだ。

対する虎之助もまた、棒をただ持って突っ立っているだけである。

「何やってんの?」

「いくら馬鹿でも抜き身の刀を持ってうろつく奴などおらんじゃろうが」

成次郎の問いに対する答えは、必要以上の再現度の高さを求めた結果だった。

師匠は特に何も言いはしなかったが、「本気の立ち合い」という言葉に青柳が出した答えがこれという事になる。

「虎之助。そう構えていては稽古にならないだろう。こちらへ来なさい」

「…………」

青柳は人の好い笑顔を浮かべてそう言うが、近づいた途端居合い抜きの要領で切り伏せられるのは目に見えている。

外野には伝わっていなくても、”獲物”である虎之助に向っては痛い程の殺気が放たれているのだ。

これが火盗改の本気というヤツなのだろう。

「やれやれ。本当にお前はこういう事にかけては勘の鋭いヤツだな。だが、それは良い事だよ」

「そりゃどうも」

「が。それだけでは己の命も大切な誰かも守れない」

「っ!!」

言われて動揺した。その瞬間、青柳は一気に間合いを詰め刀を横殴りに抜き払った。

「うっわ!!あっぶねー」

それを間一髪で後ろに飛んで避ける。

が安堵したのも束の間、青柳は虎之助が体勢を整える隙さえ与えず第二撃を放ってくる。

「ちょっ!!」

それをかろうじて棒を縦に持つ事で防ぎ、力ずくで押し戻す。

「全く、こういう時お前のその体格が羨ましくなるよ」

本気でそう思っているのだろう。

飄々とした風情さえ漂わせながら青柳が言うが、最早誰もそれを聞いて隙が出来たとは思わない。

たった二太刀。

それだけで、この青柳が只者ではないとこの場に居る全員が悟ったからである。

(マズい……)

いつもなら、青柳がどちらの足を軸にして攻撃を仕掛けてくるか。

姉がえこ贔屓にして教えてくれるからどうにかなっているが、虎之助にはそんな体の動きを見抜く目も、青柳が組み立てているであろう攻撃の段取りを先読みする力もない。

だが、ここから先、千之輔と共に動くという事は、姉の力を借りずに真剣と遣りあうと言う事なのだ。

(本当に考えなしだったな)

今更ながらに自分の考えの甘さを痛感する。

とにかく、命を落とさず怪我で済む今の内に、何とか活路を見出さなくてはならない。

最も、青柳相手ではその怪我もただの打ち身などではなく、骨を折るような代物になる可能性が高いのだが。

「どうした?」

「別に」

いつもなら仕掛けていく所で止まったままの虎之助に異変を感じ取ったのだろう。

青柳が問いかけてきた。

揺さぶりなのかも知れないが、生憎今の虎之助にそこまで深読みするような余裕などない。

(どうすれば良い……)

「考えるな、虎之助」

「え?」

「お前の長所はその体格と勘の良さだ。考えるから迷う。迷うから隙が出来る」

自分の考えを見透かしたような青柳の言葉に戸惑っていると

「青柳。要らん事を教えてやるな」

と不満げな師匠の声がした。

「すみません、師匠。ですが、もしかしたら化けます」

「ふむ。そうじゃが……勿体ない」

「ちょっと待て!!分かってんならそれを教えるのが師匠なんじゃねぇのかよっ!!」

たまらず突っ込む。

「たわけ!!化けてしもうたら遊べなくなるではないか!!」

「おい!!!!」

「ほら、よそ見をしておったら怪我をするぞ」

「ちょっ!!」

からかうような一突きが虎之助を襲う。

鋭さを欠いてはいるが、場所は喉仏を狙ってきているから、本当に油断が出来ない。

「ったく……あんたらと居たらいくつ命があっても足りねぇような気がしてきた」

「今までそれに気付いていなかったから、師匠の良い遊び相手だったんだよ、お前は」

「褒められてる気がしねぇ」

それに青柳は無言で微笑を返す。所謂無言の肯定というヤツである。

「くっそ!!」

大きく深呼吸して乱れた気と呼吸を整える。

全身の感覚を研ぎ澄ませるのは、稽古で何度も繰り返してきたから容易い事だ。

(右……)

青柳を包む空気が流れるのを感じる。

右と察した瞬間、虎之助は大きく前に出て青柳の右脇腹目掛けて鋭い一突きを繰り出した。

「ほう……狙いは悪くない」

青柳はそれを木刀でいなして避ける。

そこからは激しい斬撃の応酬だ。

手加減なしに切り込んでくる青柳の刀を棒で受け、いなし、払い、突く。

「すげー……」

成次郎だろうか。誰かが呟く声が聞こえた気がする。

それに気を取られた瞬間、青柳の剣が再び虎之助の喉を捉えた。

(くそっ!!)

その瞬間、「そこまで!!」という師匠の声が道場に響き渡る。

と同時に、虎之助は床に転がった。

「何をやっとる」

呆れたように顔を覗き込んできた師匠に

「蹴り入れようとした瞬間に止めろって言われたら転がるっつーの」

そう減らず口を返す。

事実、虎之助の足は青柳の向こう脛に軽く触れていた。

「あそこから上体を反らして尚且つ蹴りを入れようとするとはな。決まったと思っていたけれど、恐れ入ったよ」

どうやら青柳も分かっていたらしい。

顔には苦笑が浮かんでいる。

「くっそー!!勝てなかった!!」

「おりよ殿なしでここまで追い込まれるとは思わなかった。やはり姉弟だな。良い筋をしている」

「……勝たなきゃ意味ねぇんだって」

「?」

「……いいよ、別に。青柳さんが悪いんじゃねぇ。俺が弱いのが悪いんだ」

そういうと虎之助は頭を掻きながら見物していた千之輔を探した。

「あれ?」

総髪頭がいない。

呆れて帰ってしまったのだろうか。そう思っていると

「若旦那」

と真横から声がした。

「うお!!何だよ、そんなトコに居たのかよ」

「そんなとこって何ですか。私はさっきからずっとここに居ました。目の前まで来て固まったのは貴方です」

「ちっ。ああ……悪ぃ。勝てなかった」

「そうですね」

「も一回お前の兄貴には頼んでみるけど、無理だったらごめん」

「何言ってるんです?」

千之輔は不思議そうな顔をした。

「いや、だから」

勝てなかった以上、弟を預けても大丈夫だと認めてもらうのは難しい。

そう続けようとしたら、心底呆れたような声が

「あのさ、紀伊屋。火盗三羽鴉と互角にやり合ったヤツ相手に用心棒は無理だって言える人が居たら逆に教えてほしいんだけど」

と言うのが聞こえた。

「成次郎?」

「どうよ、兄貴?」

「不本意ではあるが、成次郎の言う通りだ。だが、今回は木刀が相手だったから良かった」

「兄貴!!」

「落ち着け。若旦那の腕にとやかく言うつもりはないさ。ただ真剣相手に木の棒じゃどうにもならない。そこをどうするか、龍絃先生と二谷様と相談するよ」

「え?」

驚いて伊兵衛の顔を見る。

「全く……若旦那には驚かされてばっかりだ。千之輔の事、よろしくお願いします」

「え?」

「無自覚ですか。鈍いにも程があります」

「へ?」

「今度こそ、犠牲者を出さずに敵を追い詰めておみつさんを助けましょう」

「お、おう」

「まだ分かってませんか?」

「俺、勝ってねぇけど、良いのか?」

「良いんです」

「そうか……良かった!!」

心の底からの笑みが浮かぶ。

「っ!!」

「千之輔?どうした、何か顔赤くねぇか?」

「なんでもありません。っていうかいきなり笑うとか卑怯です」

「何が?!」

「別に」

「だったら何膨れてんだよ?」

「別に膨れてません」

ニブさが過ぎる不毛な遣り取りが続く中。

「……何でぇ。虎之助の片思いじゃねぇのかよ」

「どう見たって両思いじゃないか。輝平ちゃんも結構鈍いねぇ」

「あ"あ"?!鈍い鈍くねぇの話じゃねぇんだよ。片思いの方が面白ぇだろうが」

「わぁ……意地悪いなぁ……」

「色気づいたと思うたら相手が訳ありとはな。虎之助らしいというか何というか」

「ま、どちらにせよ、あの子がしっかりと大人になってくれたらそれで良いじゃありませんか、師匠」

「つまらん」

「……兄貴?」

「……あの子に手をだしたら、消す」

「そんな甲斐性あの若旦那にはないから大丈夫だって」

無責任な外野の遣り取りもまた続いていた。



次回更新は11月28日です。

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