表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
○屋よろづ事顛末記  作者: 霜月ニ條
第三章 見えてきた”モノ”
20/29

二.室井道場にて その1




鹿島風雲流。

それが、これから虎之助達が向う六間堀町にある室井道場が掲げる流派である。

仮にも塚原卜伝が開いた鹿島新当流から文字を引っ張ってきているのだ、さぞかし正統派の剣術道場なのだろうと思いきや、道場主・室井龍絃の我流である。

それでも一応一刀流の流れは組んでいるらしく、一の太刀の構えは正面に剣を構える型を取っている。

が、そこからは自由だ。

正確にはどこまでも実用的、と言うべきか。

打ち合う相手の流派がどうこうではなく、とにかく相手の隙を見極め急所を的確に捉えて勝つ。

そんな流派である。

ゆえに門下生には武士が多い。

そんな所に町人である虎之助が何故向っているのか。

それは彼もまた、室井道場の門下生であるからなのだ。

徳川が天下を取り、人々が長く太平の世を享受するような時代に道場を開いているのだ。

この室井龍絃という御仁、中々にクセが強い。

若い頃はそれなりの剣豪として腕を鳴らしたのだが、そこで行き着いた持論が「強くなければ意味がない」。

つまり、彼にとって剣を学ぶ資格の有無はただ個人の強さの一点につきる。そこに身分など関係無い。

むしろ自分が教えた強い町人に出稽古に来た武士がやり込められる様を見て「ざまぁみろいっ!!」と高笑いをするような御仁なのである。

小さい頃から一際体格の良かった虎之助がその門を叩いたのは自明の理。

と言いたい所だが、実は姉のおりよが剣術を学びたいと言った事に端を発する。

普通ならば三味線や謡といった習い事をさせるべき女子にも関わらず、彼女は剣術を学んだ。

それもこれも娘を溺愛する父・虎次郎の暴走ゆえである。

勿論母親は反対したのだが、何故か「くだらねぇ男を細腕でひっくり返すとこ見たくねぇか?」という夫の一言に乗ってしまった。

そしてまた龍絃師匠も龍絃師匠で、一目おりよを見るなり「面白ぇ」とニヤリと笑って受け入れた。

で、どうせならデカいお前も習って来い、と姉のオマケで放り込まれたのである。

果たして姉はおそろしく筋が良かった。

力こそ弱いが、敵の弱点を見抜く力に非常に長けており、どういう訳かそれを他者に伝えて才を伸ばす能力を兼ね備えていたのである。

結果、彼女は十三歳で免許皆伝、室井道場の師範となった。

眼力と指導力の勝利である。

一方の虎之助はといえば。

生来の優しい気質が災いをした。

力はある。

運動神経も反射神経も良い。

決して負けない。

だが、負けない代わりに勝ちもしない。相手を叩きのめすという芸当が出来ないのである。

故に彼は未だに免許皆伝相当、万年いじられ役という扱いを受けていた。

「お邪魔しまーす」

随分と気楽な声を掛けて門をくぐる。

すると道場の縁側で茶を啜っていた初老の人物がひょいと顔を上げた。

「あ?何だ、虎之助じゃねぇか。……えらく大勢で来たな。珍しい、新しい門下生でも連れてきたか?」

「違う。うーん、何て言ったら良いのかな……客?でもねぇし」

「何だ、頼りねぇな。……と、珍しいも珍しい。お前、いつの間に○屋と知り合いになった?」

ここでもまた言われてしまった。

「へ?師匠知ってんのか?」

「たわけ。ワシを誰だと思っとる。天下の剣豪、室井龍絃じゃぞ?」

「分かってるって。だから何で知ってるんだ?」

「お主は本当に……せめておりよの一分だけでも賢ければなぁ」

「るせぇ!!で、何で知ってんだよ?!」

「俺達が付き合いがあるのが奉行所だけじゃないからだよ」

からかうのを優先している師匠相手に唸る虎之助を見兼ねたのか、伊兵衛が苦笑混じりにそう言った。

「へ?」

「うちは火盗改めとも付き合いがある」

「火盗改め?」

「まだ分からんか。お主は本当に鈍いのぉ」

「……あ、ここに通ってる人を知ってるって事か」

「はぁ……疲れるわい」

やれやれと肩を竦めると龍絃は伊兵衛に

「で、何の用じゃね、○屋の?」

と尋ねた。

「実は紀伊屋の若旦那が少々厄介な事に巻き込んで下さいまして。二本差相手に遣りあわなくてはならなくなったんです」

「ほう。面白い」

「私としては素人さんには危ないから手を引いて頂きたいんですが、若旦那はどうしても引かないと」

「ほう」

「そうしましたら、ちょっと付き合ってくれと言われまして、ここに参った次第です」

「なるほどの。では暫し待て。ちょうど手頃なヤツが稽古に来る事になっておる」

他人事と思っているのか、龍絃師匠の機嫌が明らかに良くなっている。

というか。

悪巧みする悪戯っ子のように、目をキラキラさせ始めた。

「何、誰が来んの?」

「知らねぇ」

「は?分かってここ来たんじゃないの、紀伊屋」

「師匠に稽古つけてもらうつもりだったんだよ」

好奇心を隠し切れない成次郎とボソボソと話していると「お、来おった」とやけに浮かれた声で師匠が言った。

「あ、青柳さん」

現れたのは、二十半ばのがっしりとした体格の人の良さそうな青年だ。

と、虎之助が呼んだ名前に

「青柳?!青柳ってまさか、青柳左平次?!」

と大袈裟なぐらい成次郎が反応した。

「おう」

「うっそ!!火盗三羽鴉の一人じゃねぇか!!え?何、それが手頃な相手ってどういう事?!」

「いやーそう言われると照れますね」

えへっと表情を崩す様子は、泣く子も黙る鬼の平蔵の存在で一躍有名になった火付盗賊改方の同心とは到底思えない愛嬌がある。

「うおー……」

驚きを隠せない成次郎がまた低く唸り声を上げた。

基本的に悪党と命の遣り取りをする部署だ。切捨て御免が罷り通る荒事集団の中で、特に剣術に優れていると巷で評判になっている人物がいる。

それが先程成次郎が口にした”火盗三羽鴉”というヤツだ。

まず筆頭は新任の長官・菅原吉之助。

続いては筆頭与力・佐野源八。

そして最近頭角を顕し、若さもあって実の所一番の遣い手なのではないかと噂になっているのがこの青柳左平次なのである。

見た所、温厚そのもの。黙って座らせておいたら福助人形と見間違えるのではないだろうかと思える程福福しい。

「青柳、一つ虎之助と本気の勝負をしてやれ」

「本気、ですか」

「この馬鹿者、二本差と遣りあうつもりらしい」

「ほう。面白いですね」

「であろう?」

「はい」

この師匠にしてこの弟子あり。

青柳もまた悪戯っ子のような顔になる。

「青柳さんとかぁ……参ったな」

「おや?役不足かな?」

「そうじゃねぇよ。怪我しちまうかもなぁと思って」

「ワシが相手でも手加減などしてやらんぞ」

「はあ?!弟子に花持たせてやろうとか思わねえのかよ?!」

「思うわけがなかろうが、このたわけ。それより青柳、着替えて来い」

「いえ、まずはこのまま。本気の勝負という事であれば、より常に近い格好の方が虎之助にも勉強になります」

「よし」

「げっ!!」

虎之助も同門として青柳の実力は知っている。

姉からの指示を聞きながらの対戦でようやく五分の勝負になる相手だ。

自分の力だけで、しかも本気というからには、本当に仕事中と同じ気迫と速さで立ち合うつもりなのは目に見えている。

あわよくば良い所を見せてやろうという虎之助の目論見は、ここに来て完全に潰えた。

「大丈夫ですか?」

不安そうな顔をしたのが伝わったのだろう。

珍しく千之輔から声を掛けて来た。

「う~ん。マズいかも知んねぇ」

「全く、考えなしですね」

「るせぇなぁ。上手くいくと思ったんだって」

「私の先行きもかかってるんです、しっかりお願いします」

「おう」

とその遣り取りを見ていた師匠、ふと視線を巡らせると

「輝平」

と目当ての人物を呼んだ。

「何だよ?」

「アレは何じゃ?」

と顎で虎之助と千之輔を示す。

すると輝平はニヤリと笑って「そういう事だ」とだけ言った。

どうやらそれだけで伝わる何かがあったらしい。

「ほう……これは益々もって面白い」

「ええ、本当に」

師匠と兄弟子が顔を見合わせにっこりと笑う。実に楽しそうである。

「では青柳」

「はい。泣かせてみせます」

人の好さそうな笑顔を浮かべ、青柳はきっぱりと言い切った。

そして道場で相対した二人だったのだが。

「え?紀伊屋木刀じゃねぇの?」

と成次郎が違和感を訴えた。

この時代、道場での稽古では木刀を使うのが一般的である。

青柳は勿論木刀を握っているのだが、対する虎之助は木刀と同じくらいの太さはあるが、それはただの棒であった。

だがその疑問に対する答えは簡単明瞭。

「刀を持てんヤツを刀で鍛えてどうする」

どこまでも実用主義なのだ。

「では始めようかの。後は好きにせい」

それが立ち合い開始の合図だった。




次回更新は11月25日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ