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○屋よろづ事顛末記  作者: 霜月ニ條
第二章  ”人”に関わる様々な事
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九.捜査開始二日目 その8




逆三角形、と言っても俗に言う三白眼とは異なる。

単に目の形が強いて言うなら逆三角形なだけで、風貌そのものは中々の男振りである。

「本当にこいつなのか?」

「へい、間違いねぇっすよ。この眉、はっきりと覚えてます」

そう言って留介は眉根が目立って太く、そこから細く流れていく眉を指差した。

「そっか……それは無視するにはちょっと微妙な感じだねぇ……」

「ですね」

「……分かった。先月の事なら北が当番だから、多分大原さん達に聞けば分かると思う」

「ではこれから」

と腰を浮かせた千之輔に

「は?んなのいきなり行って会えるワケないでしょう。月番じゃなくても仕事はしてるんだし、情報集めに出てたりしてんだから。話はつけとくから、今日はこの辺でお開きにするのが良いと思うよ?」

と呆れた顔で成次郎が言う。

「ですけど」

「そう逸りなさんな。千ちゃんが思ってる通り、おりよの件、めちゃくちゃ怪しい。十中八九この話と繋がってる。ただ、そうなると俺達は浪人なんかじゃない、正真正銘の二本刺しと遣り合わなきゃならなくなる可能性が高い。だとしたら、それ相応の準備ってのが必要になんの。先ずは伊兵衛兄に相談する。そっちの若旦那達も分かった?ヘンに突っ走らないでよ?特に紀伊屋」

「分かったよ……今日の所は大人しくしときゃいいんだろ。兄貴に相談するんなら、ついでに留さんの件もちゃんと相談してくれよ。こっちは期日切られてるんだからよ」

「分かってる」

そうして三人と留介は一旦それぞれの家に戻る事になった。

「じゃ、留さん。気を付けてな」

「はい。お世話おかけしますが、よろしくお願いしやす」

深々と、地べたに頭が付きそうなぐらい大仰に留介が頭を下げる。

着ているのは、とりあえず火熨斗を当て、生乾きが半乾きぐらいになった本人の着物だ。

そのまま一太の服を着て帰れば良いと言ったのに、さすがにそれは悪いからと聞かなかったのである。

妙な所で実直な男だ。だからこそ、腕が良いのもあるが、博打と酒に飲まれる事があっても親方衆は彼に仕事を頼む。

(絶対助けてやるからな、留さん)

紀伊屋を後にする背中を見送りながら、虎之助はそう強く思った。

そして翌朝。

朝食を済ませ、せめて店先の掃除だけはしてから出かけようと箒を持って外を掃いていると、顔見知りの木地師が血相を変えて駆け寄って来た。

「若旦那っ!!」

「おう、源さん。おはよう。どうしたんだよ、朝っぱらからんな顔して」

「アンタ、確か昨日熊井町の留と一緒に居たよな?」

「おう。八幡様の前で出くわしてちょっとな」

「留さんが」

そう言って、源は大きく息を吐き出した。

「どうした?何があった?」

問い返しながらイヤな予感がした。

「留さんが、殺された」

「ころ……?」

「一家皆殺しだ」

「……っ!!!!」

虎之助は箒を放り出し、一気に熊井町の留介の長屋へ駆け出した。

「おらおら見世物じゃねぇんだっ。てめぇらお調べの邪魔になるから近づくんじゃねぇっ」

留介が住まう長屋の側は、早朝だというのに既に人だかりが出来ていた。

野次馬と長屋の住人が入り混じり、苛立った岡っ引きの怒声が響く。

(あの声……っ)

顔見知りの声と判断した虎之助はそのまま、ごめんよを連呼しながら必死で人波を押し退け

「達磨の親分っ!!」

と岡っ引きの太平に声を掛けた。

「ああ?!……んだ、虎坊じゃねぇか。何でお前ぇがこんなトコまで」

「親分、留さんが殺されたって」

「……ああ」

「俺、昨日1日留さんと一緒に居たんだっ!!頼むよ、一目だけで良いから、留さんに会わせてくれっ!!」

「はあ?お前ぇが一緒に居たって……」

「理由なら後でいくらでも話すから、とにかく留さんに会わせてくれってっ!!」

「……いいだろう。けど、覚悟しとけよ?引っくり返っても俺ぁ助けてやらねぇからな」

「…………分かった」

”達磨”の異名の通り、異様に短い猪首をすくめ、太平は虎之助を家の中に通した。

「っ!!」

一歩中に入った途端、猛烈な血の臭いが鼻腔に飛び込んでくる。

たまらず虎之助は外に出て新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ。

「大丈夫か?」

「……ああ」

もう一度深呼吸して、虎之助は今度は袖口で口と鼻を覆いながら中へ戻った。

(留さん……)

部屋の中は文字通り血の海だ。

戸口のすぐ側で留介が、座敷で女房が血まみれで転がっている。

部屋に飛び散っている血は大半が留介のもののようだ。

「留さん……」

戸口に倒れた留介は、全身血まみれだった。

本当に全身が、である。

それは斬られた傷から溢れた血が結果として全身を濡らしたのではない。

そこら中を斬られ、全身のその傷から血が溢れているのだ。

一方の女房の死骸は、それに比べると随分と綺麗な物だ。

その死骸から滴る血は大半を布団が吸っているようで、すぐ側の畳と布団半分が真紅に染め上げられており、傷口の有り様が素人の虎之助の目にも見える。

「…………っ」

その姿は悲惨そのものだった。

女房は、首筋を切られた上、腹を串刺しにされて殺されていたのである。

「虎坊、外へ出ろ」

太平に背中を押され外を出る。

余りの衝撃に言葉が出ない。

泣き叫ぶ事も、怒りをぶちまける事も出来ず、虎之助はただ呆然とその場に立っていた。

「誰が……」

「あ?」

「誰が、やったんだ?」

ようやく搾り出すようにして出た声は、自分でも驚く程乾いたしゃがれ声だった。

「さあな。そいつはこれからだが、物盗りじゃねぇ事だけは確かだろうぜ」

そう言うと太平はジロリと虎之助を睨みつけた。

「詳しい話、聞かせてもらおうか。番屋行くぜ」

「ああ……」

虎之助は太平と共に熊井町の番屋へ足を向ける。

と、そこにはどういう訳か、伊兵衛の姿があった。

「何でアンタがここに……」

「昨夜成次郎から話を聞いて、朝一番で太平親分に話を通そうと思っていたら、この騒ぎだったんですよ」

「何でぇ、虎坊。お前いつの間にこんな野郎共と知り合った?」

「何て言うか、その、成り行きで」

「ふうん……今更親探しか?」

「まさか。そんな事、親分が言うまで考えもしなかったぜ」

知らず苦笑いが浮かぶ。

実はこの太平親分は、虎之助の命の恩人の1人なのである。

そもそも永代橋の近くに犬と一緒に捨てられていた虎之助を最初に見つけたのは、迷子になっていた姉のおりよだった。

そして、犬と虎之助が包まれている(むしろ)の前に座り込んでいた姉を見つけてくれたのが、太平親分なのである。

猪首とギョロリとした大きな目、おまけに相当にクセのある性格のおかげで嫌う人も多いが、結構な人情家である太平は、この界隈ではそれなりに顔が利く、頼りになる親分なのである。

「○屋、アンタの用件は?」

「そこの紀伊屋の若旦那絡みの話ともう一つ別件と、だったんですけどね。仏さんの名前を聞いてるとどうやら一つの話になっちまったみたいで」

「何?」

「少々面倒臭い長話になりますが、良いですかい?」

「ああ」

「じゃ」

そう言って伊兵衛は昨日からの顛末を分かりやすく簡潔にまとめて太平に語った。

「すると何かい?お前達はそのお千夏殺しの下手人と留介一家殺しの下手人は一緒だと、そう言うのかい?」

「ええ。おそらくは。まあ、お千夏さんの検分書を見てないんではっきりとは分からないんですが、俺の勘が正しけりゃ、切り殺されてるんじゃないかな、と」

「いや、くびり殺された後に、斬られてる。今回の留介みてぇにな」

太平がそう言った瞬間、虎之助の脳裏につい先程見たばかりの留介の死骸の姿が甦る。

「そいつは……」

「……俺のせいだ」

言葉に詰まった伊兵衛の声が引き金になったかのように、心の呟きが虎之助の口から漏れた。

「若旦那?」

「虎坊?」

「俺のせいだ……」

「何が?」

「留さんとお菊さんが殺されたのは俺のせいだ」

「虎坊?」

「俺が、調子乗って留さん1日連れまわして歩いたから。だから奴ら焦って留さんの口を封じたんだっ!!俺が何もしなければ留さんは殺されずに済んだんだっ」

「若旦那。それは違う」

興奮して大きな声を出した虎之助の耳に、静かな伊兵衛の声が響いた。

「悪いのは、留介さん達を殺した奴らだ。若旦那じゃない。そもそも若旦那が悪いんなら、そんな奴らを野放しにしてたお上はもっと悪いって話になる。お前さんが言ってる理屈はそういう事ですよ」

「まあ、極端な話だか、そういう事になっちまうな」

強引な伊兵衛の慰めに苦笑しながらも太平が同調する。

それでも虎之助の中のやり場のない怒りと後悔は一向に鎮まる気配を見せない。

とその時

「若旦那っ!!」

と総髪頭が番屋に飛び込んで来た。

「千之輔?!」

「千之輔……」

「留介さんが殺されたって……」

「ああ……俺のせいだ……」

「……バカですか?」

「なっ!!」

突然乱入するなり放った暴言にさすがの兄も太平も二の句を告げない。

「それを言うなら俺達のせい、です。そもそも現場をもう一度見てみようと言い出したのは私なんですから、一人で全部背負い込むなんて無駄な格好付けるのは止めて下さい」

「千之輔、てめぇ……」

「しっかりして下さいっ」

ビタンと鈍い音がする。

じんわりと頬が痛い。

千之輔が両手で頬を張って挟み込んだのだ。

「一太さんの知らせを聞いて、すぐにこちらに来て良かったです。どうせそんな事言ってへこんでるんだろうなと思ったら案の定でしたね」

「…………」

「あなたはとても情が深くて熱い人です。良くも悪くもそれはあなたの長所なんです。今はその情の深さと熱さを留介さん達の無念を晴らす方に向けて下さい」

「千之輔……」

「……私だって辛いし、悔しいんです。だから、一緒に無念を晴らして下さい」

「千之輔……?」

「……おう」

「おい、○屋。この威勢の良いチビっこいのは誰だ?」

「あ、すみません。私、下の弟で千之輔と申します」

「下の弟?」

「親分」

「……まあいい。今の様子じゃお前ぇも事情知ってるみてぇだな。詳しく話、聞かせてもらおうか」

「はい」

そうして一刻、虎之助達は番屋に止め置かれ、平助始め南町の同心達に話を聞かれた。

思った以上にキツイ取調べがなかったのは、下手人が明らかに侍の手によるものである事。

そして、虎之助が思う以上に深く奉行所に入り込んでいるらしい○屋、というか主人の伊兵衛の力によるものらしい。

「お前の兄貴って何者だよ?」

「○屋の主人です」

伊兵衛に諭され、千之輔の軽い鉄拳制裁を受け、虎之助はようやく少し調子を取り戻していた。

「いやだからな」

「それより一度うちの店に戻りましょう。皆も心配しています」

「皆?」

「桐ノ屋さんに海道屋さん。それと成次郎兄さんですよ」

「ああ」

「そう気の乗らない返事をしないで下さい。桐ノ屋さんが傷つきますよ?」

「あ?」

「あれで桐ノ屋さんは紀伊屋さんの兄貴分のつもりなんですから」

「はあ?!俺の方が兄貴だろう?!さんざん面倒見てやってんのはこっちだってのっ!!!!」

「……良かった」

「あ?」

「いつも通り、ですね」

「千之輔……」

「戻りましょう」

「おう」

見れば、千之輔はうっすらと柔らかい微笑を浮かべているように見える。

(……っ!!)

思わずドキっとした胸の内を誤魔化すように、虎之助は千之輔の髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。

「ちょっ!!何するんですかっ!!昨日結い直したばかりなのにっ!!」

「おう、そいつは悪かったな」

「ひどいですっ」

「だから悪かったって」

「許しませんっ」

結局、○屋へ着くまでひたすら謝り続けた、虎之助である。




次回更新は11月18日です。

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